第23話
「イリュネア、カルロ! 来るわよ!」
通路を埋め尽くすのは、もはやモンスターとは言えない何か。
〝遺構のダンジョン〟に出現するのは、獅子やドラゴンモドキといった獣が中心。あるいは、それらが混ざり合ったキメラくらい。
だというのに、まるで濁流のように縦横無尽に飛び跳ねながら現れたのは、黒い塊。
爛々と光る双眸に、ギラつくキバ。悪魔としか言い表しようのないほどの異形のモンスターだった。
「コレットさん、サポート頼みます!」
イリュネアがそういいつつ、悪魔たちへ特攻をかます。
〝魔剣ニーズヘッグ〟を引きずるようにして構え、ダッシュ。一瞬にして距離を詰めて、身体全体を使って大剣を振りかぶる。
通路を両断するかのように。五体以上はいる悪魔を力で薙ぎ払った。
だが悪魔の猛攻は、それでは止まらない。
力任せの攻撃で体勢を崩しているイリュネアに向けて、一体の悪魔が襲い掛かる。
そこを、コレットがサポート――ボルトアクションライフルが火を吹く。イリュネアに喰いつこうと口を開く悪魔の眉間を撃ちぬいた。
「負けてられんぞ、アルバーノ」
一方、カルロも悪魔に対して一歩も退いていなかった。
先ほどとは違い、〝光〟で作り出したのは眩しいばかりのグローブ。
独特なテンポで距離を詰め、悪魔の顔面目掛けて拳を繰り出す。グローブが触れ――吸着し――〝光〟が爆発。
ボン、ボンッ、ボンッッ! と悪魔たちを撃破していく。
「カルロ様、後退を!」
カルロのグローブは装填式。再び拳に〝光〟が宿るのに、僅かばかり時間がかかる。
そこをアルバーノがフォロー。
目にもとまらぬ速さで矢を撃ち放ち、悪魔たちを射止めていく。
「――エルザ! ジョット!」
〝黒イ炎〟は、今度はエルザとジョットの通路を指し示した。
ジョットはまだ余裕がある。まさしく盾役のロメオとの連携で抑え込める。
だがエルザはそうではない。コレットはイリュネアのサポートに入っている――彼女もパートナーの窮地に気が付いたが、すぐには動けない。
「エルザ、私のとこまで下がって!」
そこで、ハルモニアは即座に動いた。
エルザは疑問も持たずに、通路の入り口から遠ざかる。
当然、通路から悪魔たちが飛び出し、広場で暴れまわろうとその真っ黒な身体を伸ばす。
ハルモニアは、エルザが二丁拳銃であることを念頭に置きつつ、指示を出した。
「右、左下、右上、左、下、上、右、左上!」
エルザは二丁の拳銃を巧みに操り、一ミリ一コンマのズレもなく銃弾を撃ち放っていく。
悪魔の眉間を貫き、あるいは横っ面に叩き込み。銃弾の力で伸びた体をも引きちぎる。
「いい調子よ、エルザ!」
「フゥ……!」
広場に悪魔が解き放たれるのは防いだ。
ただそれも一時しのぎ。〝黒イ炎〟の警告は鳴りやまない。
「コレットさん、エルザさんのもとへ!」
「ン――リディアナ、スイッチ」
「お願いっ」
「ロメオ、抑えてろ!」
「うっす!」
「ジョット、すまんっ」
「スイッチします――ロメオ、援護します!」
声掛けを徹底し、時に位置を入れ替わって、悪魔たちを相手に立ち回る。
どれだけ倒しても、どれだけ力で圧倒しようとも、〝スタンピード〟は怯まない。
時間がひどく長く感じ、無駄な抵抗とすら思えたが――ハルモニアは、皆にそれを意識させないように、正解を出し続けた。
そして……。
「終わった……?」
どれだけの時間が経ったのか。気が付けば、無限にも思える悪魔たちの波状攻撃はぴたりとやんでいた。
ハルモニアの疑問に答える者はいない。エルザもコレットもカルロもアルバーノもジョットもロメオも、肩で息をして地面に倒れこんでいる。
唯一、〝魔王〟たるイリュネアは〝魔剣ニーズヘッグ〟を握りしめたまま、警戒を怠っていなかった。
「……。どうやら、乗り切ったみたいですね」
「イ、イリュネア……。アンタ、どんだけ体力あんのよ……!」
「ほぼ一人で……。対処してたのに……」
エルザとコレットが荒い呼吸を何とか整えながら言葉を口にする。
それほどに、イリュネアの戦いっぷりはすさまじかった。
ある場面では力任せに。ある場面ではテクニカルに。ある場面ではスピード重視で。隙なく、無駄なく、過不足なく、悪魔たちを屠っていた。
驚くべきは、そのテンポが終始変わらないこと。
機械仕掛けなのかと疑ってしまうほど、最後までその動き方に陰りを見せなかった。
そのすさまじさを目にしていたハルモニアは、二人の驚きに頷くばかりである。
「イリュネアもそうだが……。ニューアーク嬢、君もたいがいだな」
「……はい?」
ぶっ倒れていたカルロがそう口にして、ハルモニアは首を傾げた。
「そうですよ。本当に非常識です……。うっぷ」
「非常識……?」
主がいる手前、寝そべるようなことはないアルバーノ。だが、あぐらをくみ、何度もえづいているのを見ると、限界ぎりぎりのようだった。
「こうして五体満足生きていられるのは、その的確な指示があってこそだ」
人一倍体力があるのか、ジョットはすでに回復していた。
ただ、のっそりと立ち上がったことといい、ふらふらとした足つきで周囲の確認に向かったことといい、見栄を張っているようでもあった。
「ホント、なんで七人分の指示ができるんスか……? そんで、なんで平然としてるんスか……?」
盾役として悪魔の攻撃と脅威を真正面から受け止め続けたロメオは、一番疲弊していた。しかしそれだけに緊張感から解放された快感がすごいのか、疲れた口調ながらも興奮気味に問いかけてきた。
「必死だっただけよ」
ハルモニアはそう返しながら、頭の中では別のことでいっぱいだった。
「問題はこの後よね。この事態をどう説明したものか……」
エルザたちは頭が働かないのか、イマイチ状況を把握できていないようだった。ぽかんとした間抜け面で、不思議そうに見つめてくる。
「私たちはセンパイに脅されて度胸試しにやってきた……という流れの上では、別に問題はないのでは?」
ただ一人、イリュネアだけが考えを言葉にする。
「魔王候補が三人に、悪名高いこの私……。誰が脅せるっていうの?」
ハルモニアが問いかけると、イリュネアは肩をすくめた。
「じゃ、いっそのこと黙っているというのは? 〝スタンピード〟といっても小規模のダンジョンで発生したもの……意外と、誰も気づいてないかもしれませんし」
ずいぶんと〝魔王〟らしくない提案に、ハルモニアは眉間にしわを寄せた。
その違和感は正しかったらしく、目が合うとイリュネアが軽くウィンクしてくる。
エルザたちは反論らしい反論をしない。消耗しきって何も考えられないようだった。
「ほかに言い訳も思いつかないし……。一旦は秘密ということにしておきましょう」
誰も欠けることなく、大きな怪我もなく。どろどろに疲れただけで窮地を乗り越えたことに感謝しながら、ハルモニアはみなとともに〝ダンジョン〟を出た。
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