第22話
「リディアナ、無事だったのね!」
「よかった……!」
〝ダンジョン〟の胎動が収まるのと同時に、モンスターの群れも引いていく。〝スタンピード〟の初動はひとまず収まったといったところだろう。
ハルモニアがほっと一息ついたところで、エルザとコレットが飛び掛かってきた。
「二人とも……なんで……」
きっとイリュネアの言う通りなのだろうと、ハルモニアは思った。
それでも……。
「当たり前じゃない! 友達が危ないんだから!」
「じっと待ってるのは、性に合わない」
それでも。〝ハルモニア〟は、二人の口からその言葉を聞きたかったのである。
そう言ってくれる友達がいるだけで、過去に何があろうとも、今この瞬間を大事にできると思えた。
「で……? 待ち伏せしてた彼はどうしたの?」
思わず泣いてしまいそうなところを堪えるためにも、ハルモニアはカルロに問いかけた。
すると、王子様が口を開くよりも先に、抱き着いてきていたエルザとコレットが口々に報告してきた。
「そうよ、聞いてよ! あいつら、ホント腹立つんだから!」
「エルザ、それじゃわからない。――外で待ってたら。私たち、襲撃を受けた」
「まっ、アタシたちにかかったらあんなヤツら何てことないんだけど!」
「ん。そこの騎士も役に立った」
「でね。とっちめて話聞いたら、そいつらが嫌がらせ犯だったの! リディアナの予想通り、別の学園に通ってる……なんとかって魔王候補の派閥だった」
「イリュネアを魔王候補から蹴落とすために、あれこれと画策したみたい。で、今回も。ダンジョンで勝負をするから待ち伏せした、って」
エルザとコレットが、ぱっと身体を放す。
その温もりがなくなってしまったことに寂しさを覚えていると、二人は今度はイリュネアに飛びついた。
魔王然とした彼女ならば、照れて突き飛ばしていただろうが……カルロたちがいる手前、恥ずかしがりながらも受け入れている。
その様子にほっこりしていると、カルロがようやく話に入ってきた。
「まあ、成り行きとしてはそういうことだ。不可解なのは、彼ら自身もこれほど大事になるとは想定していなかったという点……事実、俺もモンスターがあんな形で融合するとは思いもしなかった」
「……。比較的安全というだけで、ダンジョンはまだ謎が多いもの。その点に関しては、舞台選びを間違ったというべきじゃないかしら?」
「……違いない。相談をすればよかったと、今は思っている」
「ふふ、冗談よ。きちんと反省しているなら結構」
事の真相としては、嫌がらせ犯の策にクリシス率いる〝校正局〟が乗っかったというところだろう。もちろん、キメラが現れたのも偶然ではない。
ただ、それを明らかにすることはできなかった。
つまびらかにしゃべってしまうと、エルザたちが次なる粛清の対象になってしまう。
「無事を喜んでいる暇はないぞ。あの胎動といい、モンスターの現れ方といい……〝スタンピード〟の兆候と合致している」
ジョットは騎士らしさと魔王候補らしさを取り戻していた。顔を合わせてからこれまで、剣を手放すことなく、皆の代わりに警戒を続けている。
「――なら、逃げるわけにはいかないな。食い止めるぞ」
カルロも、〝魔王〟に至る素質を見せた。王子という立場ながらも、それに甘んじることなく、脅威に対して覚悟を決める。
「悪役令嬢じゃ敵わないわけね……」
「? なんだ、それは?」
「いいえ、何でもないわ、カルロ殿下」
「ム……。その呼び方はむず痒いな。呼び捨てで構わん」
「では、そうしましょう」
イリュネアがかかわらなければ、あるいは〝悪役令嬢〟にかかわらなければ。カルロもジョットもまっとうな魔王候補でいられたのだろう。
〝誓約のクロニクル〟の影響か、〝リディアナ転生〟の歪みか……。
だがここにきて、何かが晴れたらしい。エルザもコレットも嫌そうな顔をしながらも従うくらいには、二人ともマシになっていた。
「で、どうすんのよ」
エルザが挑発するように聞き、カルロが少しばかり考えてから答えた。
「通路は四つ。パーティは四組。――広場を背にして戦うのが一番だ」
ハルモニアは改めて広場を見渡し、先ほどの状況を分析する。
〝スタンピード〟の兆候を感じ取ってから、エルザたちは〝ダンジョン〟に入ってきたのだろう。
ペアごとに別々の通路に転送されて、そこからモンスターの奔流に押されるようにして、広場にまで押し込まれた……。
「籠城作戦っていうのは。考えうる限りの中でも最後の手段。それで、本当に勝てる?」
コレットが疑問を呈すると、ジョットが腕を組んで唸った。
「モンスターどもをこの広場に集めてしまえば、再びキメラが生まれるかもしれん……。となると、打てる手は限られてくる」
四つの通路を、四つのペアでふさぐ。
確かに合理的ではあるが……気がかりなのは、エルザたちが広場に駆け込んだ際、モンスターが発生していた通路は三つだけということ。
そこに人がいるとダンジョンが感知したのか、それとも四つの通路のうちランダムで三つが選ばれるのか、規則性はなく偶然なのか……。
そこでハルモニアは、イリュネアに目を向けた。
そもそも〝スタンピード〟は、彼女が意図して引き起こしたもの。
〝時の魔本〟を使うことによって、〝ダンジョン〟にエネルギーを流したのである。
クリシスがいた手前、気にかける余裕はなかったが――意図的に干渉できたのならば、エネルギーの流れは規則的のはずである。
ということは。
「――〝衝喚〟」
ハルモニアは〝闇の魔本〟を呼び出した。するとエルザが、目ざとく問いかけてくる。
「なに、どうしたの? 〝魔本〟なんて……めったに使わないでしょ」
「少し、試したいことがあるのよ」
詳しくは話さず、ハルモニアは〝魔本〟に祈りを込めた。
〝スタンピード〟が間近に迫っているだけあって、派手に力は使えない。
ただ、手のひらの上に〝黒イ炎〟を生み出すだけ。
世にも不思議な真っ黒な炎に、エルザだけでなく、コレットたちも興味をひかれたらしい。皆、近寄ってくる。
すると〝黒イ炎〟がふわりと揺れた。
風で揺れたのかと思ったが、そうではない。まるで何かに引っ張られるようにして、炎の先端が枝分かれしてあちこちへ向いているのだ。
「もしかして。モンスターの出現場所を示してる?」
コレットが言うと、カルロが驚きをそのまま口にした。
「そんな馬鹿な……。だが、この揺れ方は確かに……」
そうしてジョットが、炎の指し示す先を睨んで警告した。
「嫌な気配がする……さっきダンジョンに突入してきた時と同じだ。確かに、炎はモンスターの出現場所を指し示しているんだろう」
どうやら、もう考えるだけの時間はないようだった。
再び〝ダンジョン〟が胎動を始める。先ほどのような小刻みなものではなく、地震と言い表してもいいほどの揺れ。
ハルモニアはたまらずバランスを崩し、そこをイリュネアがさっと支えてくれる。
「時間はありません。リディアナさんの〝魔本〟を中心に立ち回るべきでしょう」
イリュネアに続いて、エルザが素早く作戦を組んだ。
ハルモニアが広場の中央で指示出しをする。そうなるとイリュネアが一人で通路を一人で抑えることになる。
そこで、コレットが一歩引いた位置取りをして、イリュネアとエルザの両方をカバーすることに。
〝魔王〟イリュネアとしては余計なお世話といったところだろうが、さすがにそんな無粋なことは口にしなかった。
「――みんな、覚悟はいいわね」
ハルモニアが口にするまでもなく、全員肝が据わっていた。
〝魔王〟であるイリュネアはいうまでもなく。魔王候補とその従者たるカルロたちも堂々たる立ち振る舞いをしている。
そんな彼らと並びながらも、一つとして弱腰を見せないエルザとコレットもまた傑物だった。
心配すらも失礼になる。
ハルモニアはそれ以上何も言うことなく、手のひらに浮かぶ〝黒イ炎〟の動きを注意した。
エネルギーの流れを追うかのように、炎の先端があちこちに揺れる。
しばらくすると、先端が二股に分かれ、強く震えだした。
「イリュネア、カルロ! 来るわよ!」
〝魔本〟が予見した通り、二人の通路から〝スタンピード〟が発生した。




