第21話
「よそ見してんなァ、オイ!」
イリュネアが、文字通り、一瞬で距離を詰めた。
「……!」
大剣による強襲。
を、クリシスは一歩後退しながら、刀でそらした。
それで終わる〝魔王〟ではない。
〝誓紋〟で得た身体能力をフル活用し、持ち前の剣の才能も併せて、大剣をたたきつけていく。
息もつかせぬイリュネアの猛攻に、それを捌くクリシス。
二人の動きは人間を超えていた。普通であれば、到底目で追えるものではない。
ハルモニアは戦いというものに自信はなかったが、〝リディアナ〟という強い味方がいる。
彼女の動体視力を通して、戦況を把握。
同時に、言葉で思考をぶん回していく。
クリシスは古代族特有の〝力〟を使うそぶりを見せていない。十中八九、イリュネアと近接戦に入っているため。〝魔王〟のパワーを平然と受け流し、隙あらば反撃もしているが、それもこれも距離を離すための布石。そういう意味でもクリシスの方が若干上手。基本的にカウンター狙い。それに対する反応の仕方でイリュネアの癖を分析している。イリュネアが手癖や反射神経でしか反応できない苦手なところを的確についていく。徐々に徐々に、受け手から攻め手へ形勢を逆転していく。あと一手。イリュネアがたまらず後退したところ。
を。
「穿て――〝闇ノ奔流〟!」
ハルモニアがカバーに入り、
「喰らい尽くせ――〝白炎ノ奔流〟!」
クリシスは追撃をかけず、いったん距離を取って〝力〟を解放。
ほぼ同じタイミングで、ほぼ同じ術。
光を飲み込む闇と、闇を払う白炎とが衝突した。
「く……っ」
「む……!」
ただし、状況は五分ではない。
〝闇〟も威力では負けていない。
だが白炎には、空間を歪ませるほどの熱があった。
一瞬にして汗が噴き出る。どころか、〝リディアナ〟の白い肌がやけどで赤くなっていく。
「――イリュネア!」
「わァってる!」
〝ワールドロック〟の影響で、イリュネアは〝時の魔本〟を使えない。
〝誓紋〟のおかげで身体能力は飛躍的に上がっているものの、生身の魔族。ハルモニアと同じように、露出した肌は真っ赤になっている。
〝白炎〟により近い場所にいて、息も苦しいはず。
それでもイリュネアは怯むことがなかった。
〝魔剣ニーズヘッグ〟を携えて、〝闇〟と〝白炎〟の衝突地点を迂回。炎に焼かれながらもクリシスに仕掛けるつもりである。
そこでハルモニアは、〝闇ノ奔流〟を消す。
迫りくる〝白炎〟。
その脅威に目を細めながら、〝闇の魔本〟から別のイメージを引き出した。
「広がれ――〝闇ノ粒子〟!」
広場全体を覆いつくしたのは、煙のごとき〝闇の力〟。
〝魔本〟を介して〝闇ノ粒子〟に干渉し、噴き出す熱ごと〝白炎〟を握りつぶす。空間を掌握したからこそできる芸当だった。
「ハァ……ハァ……」
咄嗟のアイデアは成功。
だが想像以上に負荷が大きい。〝魔本〟に気力も体力も吸われたかのように、脱力感が全身を襲う。
それでもハルモニアは〝闇ノ粒子〟を解除しなかった。
瞼をこじ開けて、戦況から目を離さず、もう一度言葉で思考を回していく。
クリシスは確実に〝闇ノ粒子〟を意識している。〝魔剣ニーズヘッグ〟で対抗するしかないイリュネアに対し〝力〟を使わないのがその証拠。加えて、先ほどのように距離を取る布石を打たない。打てない。それをイリュネアも理解している。ここぞとばかりに人並外れた運動能力で追いつめていく。状況は有利。サポートを入れれば勝利が近づく。だがこれは殺すための戦いではない――三分持ちこたえるための戦い。ゆえに、集中すべきはクリシスの動きではない。
「ふう……!」
イリュネアの合図を、心して待つ。
戦況から目を離さない。脳みそも回転させておく。もちろん、〝闇の魔本〟から力を抜くようなこともしない。
口が乾くほどの緊張感で、目もチカチカとしてくる。
それでもハルモニアは、集中を切らさなかった。
「――やれ!」
今度は、イリュネアが仕掛けた。
パワーで押し切る――ように見せて、急制動をかける。
次いで、とん、と一歩後退。
その瞬間に、ハルモニアは思考した。
何をやるのか。何を期待しているのか。この戦いに必要なのは何か。
考えるのとイメージを固めるのとを並行して行い、〝魔本〟で具現化。
広場全体に広がった〝闇ノ粒子〟を一か所に誘導。
クリシスを取り囲むように、竜巻を発生させた。
クリシスの足止め、彼女の次の一手の警戒、イリュネアが一息つく余裕の確保。それらすべてを同時にこなす。
「これしきで……!」
クリシスが〝力〟を使う、その瞬間を狙って。
イリュネアの〝ワールドロック〟が解除された。
時が動き始め――ダンジョンが胎動を始めた。
「イリュネア、これって……」
「ダンジョンは〝代衝〟を引き寄せる性質がある――って分かってたら、ソイツを利用することも出来らァな」
「スタンピード……!」
「――喜べ、クリシス。〝魔王〟手ずからのプレゼントだ」
イリュネアがニヤリとして言うと、クリシスは苦虫をかみつぶしたような顔つきをした。
そうして何も言い返さず、瞬間移動のごとく姿を消したのだが……その直前、張り詰めた緊張感から解放されたかのように、ホッと息をついていた。
「フン、クソ真面目が……」
おそらくイリュネアは、クリシスを助けたのだろう。
クリシスの言う〝仕事〟が何かはわからないが、その立場があるからこそ敵として現れたのには違いない。
だがダンジョンにおいて〝スタンピード〟が発生した。
世界が恐れるモンスターの一斉暴走。国として抑えねばならない緊急事態。危険度の低いダンジョンでの出来事というだけあって、中で何があったか注目の的となる。
クリシスがなすべきは、目撃者を抹殺するか、その場かすぐさま退避するか。
イリュネアが用意した選択肢に、クリシスはすがった形となる。
だから苦虫をかみつぶし、だからホッとしたのだろう。
「……で? 一体、どうやってスタンピードを止めるのよ?」
「それァ、決まってんだろ。斬って斬って斬りつくすのみ!」
「はあ……。私、あなたみたいには戦えないんだけど?」
「あン? ――そういうときのための仲間だろ」
〝ダンジョン〟がうなりを上げる中、イリュネアは楽しそうに広場の方へ視線を向けた。
「ちょ、ちょ! どうなってんのよ、これ!」
「エルザ、集中!」
向かいの通路から、何頭かのモンスターとともにエルザとコレットが転がり出てくる。
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、
エルザは二丁拳銃を、コレットは狙撃銃を撃ち放ち、それぞれ危なげなくモンスターを倒していた。
「カルロ様! 広場に出ました!」
「アルバーノ、抑えるぞ!」
別の通路からも、決死の声が響いてくる。現れたのは、王子組。
牙をむくライオンはカルロが〝光〟の剣で押し返し、ヤギの禍々しい角をアルバーノが矢で弾く。
じりじりと後退しつつ、息を合わせてモンスターたちを通路へ押し込んでいく。
「ロメオ、耐えられるな」
「もちろんッスよ!」
また別の通路から、ジョットとその従者ロメオが姿を見せる。
通路の出口付近で、ロメオが〝誓紋〟から召喚した大きな盾を構えて立ちふさがる。モンスターたちの突進を一手に引き受け――パッと飛びのく。
そこへ、ジョットが一閃。
群がるモンスターたちを、一気に肉塊に変えてしまった。
「なんで……!」
「――それが友人というものですよ」
こんな状況だというのに、イリュネアは清廉潔白な少女の仮面をかぶり、楽しそうに笑っていた。




