第20話
「フン。ガラクタでは相手にならんか」
頭上に迫る巨大なガイコツキメラ。を目にしても、クリシスは動揺を見せなかった。
ハルモニアが動けない間にも、素早く対応に入る。
超スピードで姿を消し――かと思うと降り注ぐガイコツキメラを飛び越え――その一瞬後に、キメラが真っ二つに斬られる。
一秒にも満たない早業。
ハルモニアは、瓦礫となったキメラを呆然として見上げるだけ。
そのままでは生き埋めになってしまう――ところを、イリュネアが助けてくれた。瓦礫の〝時〟を一瞬だけ止めて、肩に担がれて離脱する。
「あ、ありがと……」
「気にするな。――で、クリシス。結局、何をどうするって? まさか尋問程度で封印が解けると思っちゃいねェよな」
てっきりクリシスは、即座に戦闘態勢に入るものだと思っていた。だからこそイリュネアも、〝魔剣ニーズヘッグ〟を油断なく構えている。
だが、広場の中央に降り立ったクリシスは、何の動きも見せなかった。
万全の構えを見せる〝魔王〟を強く警戒しているのだと思ったが……そうではないのではと、ハルモニアは感じた。
「ねえ……。あなた、迷ってる?」
「……何?」
クリシスが怪訝そうに返したことで、ハルモニアもようやく冷静になれた。
表情やしぐさの変化を一つも見逃さないよう、じっと見つめる。と、クリシスはそれ嫌うかのように目をそらし、身体をわずかに傾けた。
その態度だけで、ハルモニアは確信に至った。
「夢の中で、あなたのことを見たの。あの会議が何だったのかわからないけど……。あなたが、私を尊重してくれたことは知ってる」
「……何が言いたい」
「だから、その……。――私は、あなたの敵なの?」
「……」
何か言葉にして表すでもなく、かといって行動で指し示すわけでもない。
微動だにしない姿こそが、彼女が大きな葛藤を抱えている証拠のように思えた。
「私は、私が思ってる以上に、私を知らない。〝ハルモニア〟って名前も、夢で聞いただけだから……実感もない。でも、それでいいんじゃないって……思ってるの」
「なんだと……?」
「私はハルモニアだけど、〝ハルモニア〟じゃない。その当時の何もかもを忘れてしまってるんだもの。〝座〟を降りた……と解釈してもいいんじゃない?」
「記憶がないから、助けてほしいと……そういうことか?」
「そういうことじゃないのよ。私を殺してお終いならそれに越したことはない――だけど、そうじゃないんでしょう?」
「――いいや」
クリシスは苦悶の末、葛藤を払うように首を振った。
眉間にしわを寄せ、苦しそうに目を細めていたが――細く長いため息をついたのち、一転した。
覚悟を決めたかのような目つきとなり、刀を構える。
「私がやらねば、ほかの誰かが粛清する。ならば――私があなたを屠る。それが私の〝仕事〟であり……あなたへの最後の手向けとなる」
「……!」
どうやらクリシスは、想像以上に強い女性らしかった。
その事実にこそ、ハルモニアは動揺した。
どういう仲間だったか忘れてしまった。どういう経緯があったのかも覚えていない。
だがそれでも、クリシスと繋がりがあったことは事実であり――そんな人に茨の道を歩ませることがどれだけ罪深いか、思い知ったのである。
ならば。
彼女の決意を受け入れねば。
心残りがあるとすれば、〝リディアナ・ニューアーク〟の身体であることだが……〝憧れ〟ならばこうすると、思うことにした。
そうして――。
「覚悟を決めたとこ悪ィがよ。この私が、指くわえて見てるわけねェんだわ」
「え……? ――ちょ」
「〝衝喚〟」
〝魔王〟イリュネアが、魔族の頂点に上り詰めた所以をむき出しにした。
〝誓約のクロニクル〟によれば――〝魔王〟とは、世界で一番〝自由〟に振る舞える人間のことを指すのだという。
自由奔放とはわけが違う。
どんな状況においても、己の成すべきことへ突き進む力。それを正しいと信じ切る脳みそと実力が備わってこその、〝魔王〟。
だとすれば、イリュネア以上の適任はいない。
「……血迷ったか、イリュネア」
クリシスですら、〝魔王〟イリュネアの行動は理解できないようだった。
かくいうハルモニアも、彼女の手元に現れた〝時の魔本〟を見つめるばかりで、頭の中はハテナだらけ。
「正気も正気。あとで感謝してほしいくらいだ」
「死んでも嫌だ」
「不老の種族に言われちゃァ、たまんねェな。――なら聞くがよ。今、この状況において、私とハルモニアが〝魔本〟を躊躇する理由ってあんのか?」
「……」
「〝魔本〟を使ったら、あんたらが……〝校正局〟が出張ってくる。で、粛清だとか言って〝クロニクル〟の綻びを直しにくる。実際、そのトップにいるアンタがここにいるわけだしなァ」
「……。なるほど。もう〝魔本〟を使うのにためらいはない……と?」
「そういうこった。――つうわけで、構えろ、ハルモニア」
ハルモニアは躊躇した。
クリシスと戦うことが本当に正しいのか、わからなかった。
だがその時、〝闇の魔本〟が勝手に〝衝喚〟された。そしてハルモニアも、手のひらに収まる黒い魔本を、当然のように開いていた。
イリュネアを信じるべきだと諭すように……〝リディアナ〟の身体が、導いてくれたのである。
「気合い入れろよ、ハルモニア。相手は古代族――あらゆる〝魔本〟の力を使ってくる」
「――ええ。よく知ってる、というべきかしらね。私もそうだったみたいだから」
「言うじゃねェか。術は小出しにしてけよ」
イリュネアがニヤリと笑い、〝時の魔本〟に祈りを込める。
その様子を見て、ハルモニアは逆に〝闇の魔本〟に込めようとした力を抜いた。数歩下がって、イリュネアの後ろに立つ。
〝リディアナ〟が示した通り、イリュネアには何か考えがある。
それを邪魔しないためにも、ハルモニアは彼女のサポートに徹することにした。
「〝タイム:ワールドロック〟」
〝時の魔本〟からあふれ出ている、眩いばかりの光。
その光が広場を満たすほどに広がり、ありとあらゆるものに浸透した。
天井からこぼれる土ぼこり、地面に積み重なり今に崩れようとしている骨の山、通路から走りこんでくるドラゴンモドキ。
そのすべてが、静止していた。
動きがあるのは、イリュネアとハルモニアだけ。
〝時の魔本〟はクリシスですらも拘束していたが、それも一瞬。
一呼吸をする間に、彼女は〝時〟の支配から逃れていた。
「……その〝力〟は、私には通用しない」
「知ってらァ、ンなこと」
イリュネアは〝魔本〟をアクセサリー化し、〝魔剣ニーズヘッグ〟を〝誓紋〟から改めて呼び寄せる。
構える際、クリシスには見えない位置で、指を三本たてて見せてきた。
おそらく〝時の魔本〟の効果時間。ハルモニアはそれを視線をそらさず読み取り、〝闇の力〟をもって返答とする。
〝闇の魔本〟に祈りを込める――それを、クリシスが見極められた。
〝黒キ茨〟で足止めをしようと思ったのだが、気づかれてしまった。このまま発動しても、簡単に避けられる。
ならばと、ハルモニアは込める祈りを強めた。
最強の術で勝負をつけるつもりで、〝闇の魔本〟から光を引き出す。
ただしこれはフェイク。こうして〝力〟を見せつければ、クリシスは意識を傾けざるを得ない。
そこを――。
「よそ見してんなァ、オイ!」
イリュネアが、文字通り、一瞬で距離を詰めた。




