第18話
「……っ!」
「どうした?」
「いえ、ちょっと頭痛がしただけ……」
「――後で看てやる。急ぐぞ!」
「ええ、わかってる」
――この瞬間、一つ思い出したことがある。記憶の封印が一つ解けた、とでもいうべきだろうか。
世界各地に点在するダンジョンについてである。
イリュネアが言及したように、ダンジョンには歴史がない。
〝遺構のダンジョン〟がそうであるように、見た目や雰囲気から、かつての遺跡がモンスターの巣窟となったかのように錯覚してしまうが……どれだけ歴史をたどっても、人が暮らしていたという事実はないのだ。
ダンジョンとは。
〝魔本〟による〝代衝〟のひとつ。
正確に言えば、〝神鳴り〟の受け皿である。
〝魔本〟が〝神鳴り〟を呼び寄せ、〝神鳴り〟がモンスターを生む。そしてそのモンスターは、世界のどこかのちょうどいい場所にダンジョンに誕生するのである。
まるで、血の巡りを良くする循環機能のように。ダンジョンは、〝魔本〟からあふれ出た〝代衝〟を世界へ流す働きをする。
ということはすなわち、その循環に介入することもでき――。
「キメラ……!」
「思い切った策を使いやがったな……!」
廊下を抜けた先。天井まで何十メートルとある吹き抜けの広場。
そこで、異形のモンスターが暴れていた。
ライオンとヤギとコモドドラゴンの三つ頭。身体はライオンのものだが、その皮膚はドラゴンのような鱗で覆われ、八つに割れた尻尾はどれもがヘビ。巨大な翼はコウモリのそれ。
目を見張るのは、その大きさである。見上げるほどの吹き抜け広場が、窮屈に見える。
キメラが前足を振るえば突風が発生し。翼をぐっと広げるだけで、壁をえぐって広場を拡張する。
そんなキメラを相手に、カルロとアルバーノが戦っていた。
だが、到底相手になっていない。キメラの攻撃を捌くので精一杯。
ドラゴン頭が噴き出す炎を避け。
ライオン頭のかまいたちから逃げ。
ヤギ頭から伸びる巨大な角をそらす。
それでもカルロはアルバーノに的確な指示を出しながら、反撃を試みていた。
〝誓紋〟による〝光の魔法〟を的確に使い、キメラの三つ頭の視界をつぶし、アルバーノが矢を射る。
その矢にしても〝光〟でコーティングして貫通力を高めている――が、キメラの鱗を前にすると無駄でしかない。
「――イリュネア!」
カルロたちはキメラにだけ苦戦しているのではない。
もう一人、知らない生徒を連れているのだ。
腰が抜けて動けないその男子生徒をかばいながら、何とか無傷で切り抜けようとしている。
三人を守るには一つしか手がない。
「そっちで引き付けてて! 私が逃がす!」
「了解ッ!」
イリュネアが〝魔剣ニーズヘッグ〟を召喚し、キメラへ仕掛ける。
その躊躇のなさと言ったら。
まさに〝魔王〟な立ち回りで、厄介なドラゴン頭を切り落とした。
この世のものとは思えない悲鳴が上がる――間に、リディアナはカルロたちのもとへ駆けよった。
だがその瞬間、苦悶で暴れるキメラの腕が迫りくる。
「貫け――〝黒キ槍〟!」
〝魔本〟無しで凌がなければならない――面の技では不十分――点の力で防御するほかない。
一瞬にして思考を回し、〝誓紋〟で〝闇の力〟を差し向けた。
槍と化した〝闇〟で、キメラの腕を貫く。
それでも止まらないが、数秒稼げた。
その間にカルロたちとともに隅の方へ避難。間一髪で腕に弾き飛ばされるのを回避する。
「すまん、助かった……!」
「あら、今度は随分素直に礼を言うのね」
「からかうな……」
「――とりあえず、今は戦いに集中しましょう。何があったかは後で」
あらかた想像はついているが、答え合わせをしている余裕はない。
キメラの意識は、イリュネアに向いている。
ライオン頭が狂ったようにかまいたちを乱発し、ヤギ頭の角が瞬間的に伸びて攻撃を仕掛ける。
そのすべてを、〝魔王〟は捌いていた。
先を見越したかのようにかまいたちを回避し、迫りくる角を大剣で弾く。
彼女がそうやって引き付けているうちに、カルロたちを逃がしたかったが……キメラには死角というものがなかった。
尻尾の代わりにうねうねと蠢く八匹の蛇。その蛇たちにも、それぞれ意思がある。
「私が指示を出してもいいかしら、王子サマ?」
「――従おう」
「ありがと。カルロ、あなたが前線を張って。アルバーノはそこの彼を連れて行って。私が撤退をサポートします。この広場を抜けたら、速やかにダンジョンを出ること」
「! だがそれでは……!」
「私はイリュネアのパートナーなの。一人だけ逃げることはできないわ」
カルロは納得していないようだったが、反論もしなかった。
あるいはその余裕もなかったか。
八又の蛇が襲い掛かる。
魔法使い的な立ち回りをするカルロにはキツイかと思ったが――その心配はいらなかった。
接近戦のための戦い方を、きちんと用意していた。
〝光〟の力を極限にまで凝縮――光り輝く剣を召喚する。
襲い掛かってくる蛇に対し、的確に反撃している。
だが、カルロ自身、まだその戦い方に慣れていないようだった。
迫りくる蛇の頭を正確に切りつけるものの、斬り飛ばすには至らない。せいぜい強打を見舞い、一時的に後退させるだけ。
まだ〝光〟の出力に手間取っている――そこを、リディアナはサポートした。
「――右に一歩!」
「ム……!」
キメラの尻尾である八又の蛇は、火を吹いたり雷を吐いたりといった特異な力を持っていない。
基本的に、突進して、その凶悪な牙で噛みつくだけ。
その攻撃にも、ルーティンじみたパターンがある。
突撃する直前に全身をぐっとたたみ、一秒後に解放――突撃を仕掛ける。
また、蛇はうねうねとランダムに動いているようにみえるが、その位置は変わらない。動いたと思っても、同じ場所にさりげなく戻っていく。
そして、攻撃する順番にもルーティンがある。一番目が動いた後は必ず六番目が動き、二番目が動いたら七番目は制止する、というように。
そのからくりを見破り、リディアナはカルロに指示を出していく。
「次、左側警戒!」
何回か指示を繰り返すうちに、カルロもコツをつかんできたらしい。
予測と反射神経で蛇の動きを見切り、素晴らしい剣筋で何匹かを斬り飛ばす。
するとキメラがギラリと睨んできたが――その大きな隙を〝魔王〟が見逃すはずもない。
〝魔剣ニーズヘッグ〟を手に、ライオン頭の死角へ飛び込み、首を切り落とす。
もうキメラは虫の息。苦悶に呻いて暴れるだけで、攻撃も防御もままならない。
それを沈めることなど、〝魔王〟イリュネアには簡単なはずだが……追撃をかけなかった。
「イリュネア……?」
彼女は何かに気づいた様子で――そんな彼女の異変に気付いたのは、リディアナだけだった。
カルロもアルバーノももう一人の男子生徒も、キメラの暴れっぷりに気を取られている。
実際、リディアナもイリュネアの様子にばかり気を配っている余裕はなかった。
もはや規則性もなく、縦横無尽に牙やら爪やら角やら尻尾やらが襲い掛かる。
その一つ一つの軌道を見極め、〝闇〟の力でそらし、あるいは受け止める。
「そこの通路から脱出を!」
「しかし……!」
「私たちは平気だから、早く!」
「――恩に着る!」
カルロたちを何とか逃がしたところで、イリュネアがスタンと目の前に着地。
キメラのヤギ頭と目があい――広場が揺れるほどの怒声とともに禍々しい角を射出――さらに残りの蛇たちも迫りくる。
それを、イリュネアは。〝魔王〟は。
大剣の一振りをもって、襲い掛かる脅威を一刀両断してしまった。




