第17話
ダンジョン。
それは、〝怨念のたまり場〟。人の負の感情が寄り集まって、洞窟や廃墟をモンスターの巣窟へと変えてしまう。
何かお宝やアイテムが眠っているようなこともなく、モンスターの素材をわずかばかり手に入れるだけ。
その素材にしても、武器や防具に充てられるかと言われれば、そうではなく……。そもそも、戦いを生業にする者は〝誓約〟を交わしている場合が多く、武器の需要はそれほど高くないのが現状。
百害あって一利なしという言葉を体現しているのが、ダンジョンなのである。
しかし、だからといって放置しておくと、〝スタンピード〟が発生する。
ダンジョン内でモンスターがあふれかえり、外界に向かって一気に飛び出すのである。管理を怠ったために街が一つ二つ滅んだことも……。
近年、〝スタンピード〟の発生率が高まっているということもあって、世界各国はその対応に追われている。軍隊を差し向けたり、公的機関を設けたり。
金も人も物資もすり減る中で、人同士で馬鹿な争いをしている暇はなく……モンスターのおかげで戦争がなくなるという、皮肉な平和が生まれたのである。
そんな平和の中で、ダンジョンに対する考え方も変わっていった。
管理体制が整い、ある程度規則性も見えてきたところで、有効的に活用しようという機運が高まったのである。
そのうちの一つが、学園における実践訓練。
モンスターの発生率が低いダンジョンは、〝誓約〟の特性を把握するのにもってこいなのだ。
二人が互いに誓いを立てるのが〝誓約〟。それは裏を返せば、二人がともにいなければ〝誓紋〟が力を発揮できないということになる。
その共存の性質は、〝誓約〟ごとに異なる。一定の距離があると〝誓紋〟自体が封印されたり、身体強化系は使えたり。互いの視界に入っていなければ成立しないピーキーな〝誓紋〟もある。
そういった危険性をつかむのにも、軽めのダンジョン攻略は最適なのである。
しかしもちろん、入学して間もない一年生がダンジョンに挑むことはできない。
〝戦技実習〟で戦闘経験を積み、いくつかの試験をクリアし、それからようやくダンジョン攻略の許可証をもらうことができる。
いかに身分が高くとも、その流れに変わりはないが……。
「イリュネア、これを」
「これは……?」
「二組分、許可証を用意した。つまり、俺とアルバーノ、イリュネアとニューアーク嬢で、ダンジョンに突入する」
「よく手に入れましたね」
「なに。〝第八別塔〟の騒ぎをいろいろと調べていたら、センパイから渡されたんだ」
「脅したんですね……」
「いや、違うな」
「……?」
「ダンジョンに行って来いと、強要された。そういうことになっている」
「ああ……」
〝オースティン国際学園〟の北に広がる湖。
そのさらに北に地下へつながるダンジョンがある。とはいっても、小高い丘に古びた門が鎮座しているだけ。
しかしその門を潜れば、地下深くに広がる迷宮に転送される。
その名も、〝遺構のダンジョン〟。
皮肉なことに、ダンジョン化して初めて発見された地下遺跡である。
「ルールはシンプル……タイムアタックだ。このダンジョンには五種類のモンスターが確認されている。その五種類すべてを倒し、その素材を持ち帰ること。早い方が勝利だ」
「なるほど? けどそれが、自分が倒したという証拠はないでしょう?」
「フン。そんな手を使うほど、俺たちは弱くない」
「……あら。言うわね」
リディアナが言うと、カルロは思わずといったように目をそらした。もう話すことはないというように、腕を組んで〝遺構のダンジョン〟に向き直る。
おずおずと主人をうかがっていた子犬のような少年アルバーノも、その陰に隠れるようにして立ち位置を変える。
「じゃあ、アタシたちは審判ってことね。二人とも、負けないでよ……!」
「この軟弱騎士たちは、私たちが抑えておく」
エルザとコレットは、まるで姉妹のようだった。同じタイミングで足を肩幅ほどに開き、腕を組んで、フンッと鼻息を荒くする。
ジョットとその従者ロメオを睨みつけるタイミングも、その目つきすらも似通っていた。
「ええ、わかってるわよ」
「頼りにしてます」
リディアナはイリュネアと顔を見合わせて笑い、ダンジョンの門へ向く。
〝オースティン国際学園〟の管理下にある〝遺構のダンジョン〟の門は、さらにその外側から〝魔紋ゲート〟で覆われている。
石レンガで周りを囲い、特定の〝魔紋〟にしか反応しない扉で閉ざして、封印しているのである。
〝ゲート〟の中心にある鍵穴のような〝魔紋〟に、カルロが人差し指で触れる。
すると〝魔紋〟が赤く明滅。カルロ組に続いて、リディアナとイリュネアも許可証を掲げた。
まるで考え事をするかのように鍵穴はゆっくりと点滅し……ヴン、という低い音とともに、扉が開き始める。
そうして、まるで水面のように絶えず揺蕩う〝門〟が現れた。
「もうここから勝負開始している。せいぜいイリュネアとはぐれないことだな」
「あら。心配性なのね」
「フン……」
カルロとアルバーノが先行して門を潜り、リディアナもイリュネアと手を繋いで足を踏み入れる。
ざぷん、と。水に飛び込んだかのような音とともに、激流に流される感覚が身を包む。
今までにない独特な感覚に、リディアナは思わず息を止めて目をつむり……手を繋いでいたイリュネアに腕を揺らされて、転送が完了したことを知った。
「はあ……。あまり、良い気持にはなれないわね」
「ま、だろうな。アンタはとくに嫌ってた」
ダンジョンは、程度の差はあれど、迷宮のようなもの。
〝門〟を潜って転送されれば、どこに飛ばされるかはわからない。手を繋いで一緒に入ったところで、その手を引きちぎられる場合もある。
もちろん、学生が挑戦できる〝遺構のダンジョン〟はそんな危険性はない。転送先もバラバラになるとはいえ、四か所に定められている。
「学園の地下にこんな遺跡が広がってるだなんて……。不思議な感じね」
「私も卒業以来久々に来たが……見れば見るほど、違和感だらけだ」
「奇妙?」
「歴史を感じられない」
「そう……?」
リディアナがイリュネアとともに転送された場所は、廊下のようだった。
床も壁も天井もすべて石造り。ひび割れていたり苔が生えていたり、妙にカビ臭かったり。
いろいろと気になるところはあるが……とりわけ目立つのは、天井付近に漂う淡い光の塊である。それが松明の役割を果たし、暗い遺跡の中を照らしている。
「とりあえず、とっととモンスターを狩るぞ。あの馬鹿王子が何を企んでるか……見届けてやんねェとな」
「あら、気づいてたの?」
「当たり前だろ。なんだあの態度……気持ちわりィ」
「辛辣ね。けど、一体どういうつもりなのかしらね?」
「さァな。バカの考えることはわからん」
どこまでも厳しい〝魔王〟に苦笑しながら、リディアナは周囲を警戒した。
「勝負は勝負だから、五種類のモンスターは狩るとして……。カルロたちの様子を見に行く?」
「……まァ。アンタがどうしてもって言うなら」
「素直じゃないわね。気になるんでしょう?」
「フン……。行くぞ。ザコどもなんざ一瞬だ」
驕りがあるわけでも高慢なわけでもなく、〝魔王〟イリュネアにとって〝遺構のダンジョン〟は取るに足らないものだった。
出てくるモンスターは、確かに凶暴性があるものの、猛獣の域を出ないものばかり。
タテガミの立派なライオン。禍々しい巨大な角を持つヤギ。足が速いコモドドラゴン。鳥肌が立つほどに巨大なヘビ。あとは天井付近をちょろちょろと飛び回るコウモリ。
たいていは一発。
ムキッ、と腕の筋肉を膨らませ、拳を撃ち込む。それだけで、モンスターたちの頭蓋骨は砕け、腹に穴があき、血をまき散らす。
それでも立ち上がる根性あるモンスターには、誠意をもって対峙。
〝誓紋〟から〝魔剣ニーズヘッグ〟を召喚――人ひとりの大きさはあろう大剣の一撃で屠る。
「……私、いる?」
「いらねェな。アンタはどっちかっつうと後衛ポジ。後ろから指図してくれりゃあいい。そっちのが得意だろ?」
「どっちにしてもいらなそうだけど」
「すねんなって」
イリュネアが楽しそうにケラケラ笑ったところで、ものすさまじい雄たけびがダンジョン内に響いた。それだけで地面がぐらぐらと揺れる。
続けて、一本道の廊下の先から暴風が押し寄せ――燃え盛る炎が、まるで濁流のようにして迫ってきた。
「私の後ろに!」
リディアナはイリュネアの腕を引っ張り、
「全部防いでよ――〝闇ノ盾〟!」
〝誓紋〟を通して、〝闇〟の力を使う。
間一髪で〝盾〟が間に合い、炎の濁流を防ぐ。
ジリジリ肌が焦げるほどに熱かったが、何とか耐えきった。
「サンキュー。助かった」
「ふう……。こんな強力な力を持つモンスターなんて……いないわよね?」
「コモドドラゴン……〝ドラゴンモドキ〟が火を吹けるが……。まァ、異常事態だわな」
「カルロたちの策……ってわけはないか」
「おそらく、ヤツらが便乗したんだろ」
「ヤツら……? ――〝組織〟?」
「ともかく急ぐぞ――王子サマたちにゃぁ、ちと荷が重い状況だ」




