第16話
「おはよう! リディ!」
「び、びっくりした……」
「へへ。ごめんね?」
「大丈夫よ、アイーシャ。おはようございます」
「ん!」
昨日の今日ではあるものの、クラスメイト達の態度は激変した。
ホームルーム五分前に教室に入ると、まずアイーシャが元気よく挨拶。
続いて、彼女のもとに集まっていたクレルとフレイヤも声をかけてくれる。イリュネアたちともあいさつを交わして、自然とグループを作っていた。
「ニューアークさん。少しいいかしら」
「ええ。数学かしら?」
「ニューアーク嬢。ここなんだが……」
「魔科学……。実技でないなら任せて」
「ニューアーク様。あの……!」
「世界史ね。いろいろと複雑だから、難しいところで……」
授業の合間の休憩時間になると、まだあまり話したことのないクラスメイトがおずおずと話しかけてくれる。
わからないところを教えたり、予習個所を見てみたり、リディアナ自身もあいまいなところを一緒に確認してみたり。
〝悪役令嬢〟の面影なく、リディアナはクラスメイトと仲良く喋れるようになっていた。
「悪評はなくなりつつあるわね……!」
昼休み。第一食堂で、いつものメンバーで昼食をとる。
クラスメイト達から誘われるかと思ったが、意外とそうでもなかった。エルザたちとお昼を取るのは周知の事実らしく、皆遠慮してくれたのだ。
「クラス内だけだけど、もう頭抱えるほどの問題じゃなくなったわね」
エルザの言う通り、良くしてくれるようになったのはクラスメイト達だけ。
同じ学年であっても、別のクラスの生徒たちにはいまだに避けられる。廊下を歩くだけでも、率先して道を譲られる。
食堂で席に着いたとしても、やはり周りには空間ができる。クラスメイト達がいてくれれば、まだ話は別だっただろうが……下手をすると〝ニューアーク〟の悪評が汚染するため、かえってその方がいいかもしれない。
「あとは。皆が少しずつ悪評を払拭するのを待つだけ」
悪評の払しょくのためには、これ以上余計なことはしないというのが総意だった。
〝ニューアーク〟の悪評は侮れない。例えば、この昼休みでクラスメイト達と昼食を取ろうものならば、彼ら彼女らが瞬く間に汚染されてしまう。ともすれば〝ニューアーク〟を懐柔したとみなされるかもしれない。
そういう意味では、クラスメイト達と行動をするのは慎重を要するのだ。
「ねえ……。イリュネア」
「……なんでしょうか?」
「私が言うのもなんだけど……。王子様たちはいいの?」
一年二組の中で例外的なのが、魔王候補とその従者四人組である。
ほかのクラスメイトは様々なタイミングで声をかけてくれるものの、カルロたち四人だけは一向に近づこうとしない。
彼らにも都合やプライドがあるのだろうが……良い状況とはいえなかった。クラス内で明らかに浮いてしまっている。
イリュネアも彼ら四人を放置することが多くなったため、なおさらである。
彼女が〝魔王〟であることを考えれば、その厳しさにも納得はいくが……リディアナ以外からすれば、イリュネアは可憐な少女で、魔王候補で、カルロとジョットの幼馴染である。
そんな彼女がカルロたちから離れれば、クラスメイトは『カルロたちは見限られた』とみなしてもおかしくはない。
魔王候補という立場にあるにもかかわらず、悪評のみで判断し、〝リディアナ〟を糾弾したのだ。孤立したのは自業自得といえる。
だからといって、そんな状況にずっと抑え込んでおくのは酷な話である。
十分すぎるほどに罰を受けたのだと、リディアナは思ったのだが……。
「筋を通さない人間が、私は嫌いです」
純朴な少女の皮をかぶりながらも、イリュネアは遠慮なく言った。
「それを許そうとするあなたも……。嫌いにはなれませんが、頭がどうかしてるのではと思います」
「うぅ……」
直接的な批判に、リディアナは反論もできず呻いた。
しかしそれ以上に、カルロたちの方がダメージを受けただろう。
なにせ、三席ほど離れたところで食事を取っている。カルロもジョットも、食事がのどに詰まったのか、盛大にせき込んでいる。
「イリュネア、アンタ……。ホント、見かけによらないわよね」
「フン……。それよりエルザさんは一体何を注文したのでしょう……?」
「え? これ? イカそーめん」
「イカ……。めん?」
「っていってもお蕎麦の麵とかじゃないわよ。細くスライスされたイカ、ってだけ。食べてみる? ちゅるちゅるってすすれて美味しいわよ」
「いいえ……。遠慮しておきます」
変わったものなら何でも挑んでしまうエルザとは正反対に、イリュネアはわかりやすいものが好物。
すなわち、肉である。分厚いサーロインステーキを、熱々のプレートの上で切り分け、ぱくりぱくりと食べていく。
「イリュネア……。一切れ、頂戴。代わりに、コレあげる」
「ん、コレットさん……。さすがに飽きました?」
「うん……。頼みすぎた。後で別のを頼んでくる」
小柄な割に大食いなコレットは、気に入ったものがあったら集中的に食べてしまう癖があるらしい。
ビッグサイズのてりやきバーガーを三つは、さすがにキツイようで……。二つ目を食べている最中に、イリュネアに一個を渡した。それからコレットは、ステーキを一切れ「あ~ん」してもらった。
「これは思った以上に……。リディアナさん、エルザさん、三等分して食べませんか?」
「ええ、いいわよ。じゃあ、私が……」
「ちょ、ちょっと待った! アタシがやる! ハンバーガーなんてただでさえ切りにくいのに、それを三等分だなんて。無理でしょ!」
リディアナがシュンとしている間に、エルザがイリュネアからナイフを借りて、ハンバーガーを切り分ける。
「リディアナさんは……。食べ合わせは大丈夫ですか? ごはんとお味噌汁と天ぷらを食べているところへ、ハンバーガーって……」
「味噌汁が中和してくれるわよ」
「ム……。お味噌にそんな効果が……?」
「本気にしないで頂戴」
エルザからてりやきバーガーを一切れ貰い、切ってもらったお礼にナスの天ぷらを一つあげる。
羨ましそうに見ていたコレットとは、かぼちゃの天ぷらとナゲットを二つ交換。
イリュネアからはステーキを一切れ。代わりにサツマイモの天ぷら。
そうやって交換会を楽しんでいると……。
「……おい」
カルロが声をかけてきた。
「はい?」
無視するイリュネアの代わりにリディアナが問いかけると、カルロは鼻を鳴らした。
また嫌みの一つでも吐くのかと思いきや。
「君に、決闘を申し込む」
きっぱりと、はっきりとした声で、カルロは言った。
その宣言は第一食堂全体に響き割るほど力強いもので、周りの生徒たちがざわつき始める。
「イリュネアのパートナーとなったのは君だろう? 幼馴染を任せるに足るか、この僕が確かめてやろう」
リディアナに対しても、イリュネアに対しても、ひどく上から目線で余計なお世話。
腕を組んでニヤリと笑う挑発的な態度に、リディアナもカチンと来た。イリュネアも、さすがに幼馴染をいさめようと立ち上がる。
だがその瞬間、リディアナは違和感を覚えた。
カルロの態度が尊大であるというのは間違いない。己の中に募る苛立ちを態度にあらわしたのがわかる。
ただ、それだけではない気がした。
そこで、カルロの背後にいるジョットが目についた。彼もまた、この決闘にかかわってくるはず――なのだが、どこか別の方を向いている。
この決闘には、何か思惑があるのだ。
「ええ、いいわよ。受けて立つわ」
「え……! でもリディアナさん、こんな醜い我儘に付き合わなくても……」
「あら。私の勝利に揺るぎはないのだから、遊んであげてもよいでしょう?」
どうやって言い放つと、カルロはリディアナの想定通りの反応を示した。
いらだつのでも、怒るのでもない。その言葉を受け止めたかのように、悔しそうに唇をかみしめるだけ。
その表情こそが、カルロが馬鹿ではない証拠だった。
「で、決闘方法は?」
「――ダンジョン攻略だ」




