第14話
「エルザもコレットも、お料理できたのね……」
苦手なものは苦手。ということで、結局リディアナは二人から戦力外通告を言い渡され、おとなしく試食係に回ることになった。
「アタシは一通り教わったから。万が一戦争が起こって、家が没落するようなことになっても大丈夫なようにね」
「私も同じ。ただ、どっちかっていうと狩りを教えられた。から、捌いて焼くくらいはできる」
今日の課題は、卵焼きとひよこ豆のサラダ。
結果だけを見れば上出来。
卵焼きは少々形が崩れているものの、焼き加減がばっちり。レタスやトマトなどが盛られたサラダは見栄えが良く、手製のドレッシングもひよこ豆と相性ばっちりのさっぱりとした風味。
惜しむらくは、リディアナの成果が一つもないこと。しいて言えば、キッチン周りの惨状が頑張った証といえるだろう。
「せ、せめて片付けくらいは……!」
「アンタは座ってなさい。その代わり、レポートをお願い。まとめるの、得意でしょ?」
「次、お願い」
食べるだけ食べて終わるのはなかなかに心苦しく、頼まれた通り、グループでのレポートを完璧に仕上げる。野菜の切り方からその栄養まで、習ったことをすべて書き込んでいく。
簡単なイラストでも挿し込めればよかったが、絵心のない人間には不可能なこと。代わりに、簡潔にわかりやすく、見やすいようにまとめた。
完璧な一枚が生まれたと満足したところで、すぐそばで驚いたような声が上がった。
「わ……。ニューアーク様のレポート、すごいですね……」
「あら、リサさん。カンニングかしら?」
「そ、そんな、そんな……」
「冗談よ。……丸写しはいけないけど、参考にしてみる?」
「い、良いんですかっ? 私たちのグループ、みんなこういうのは苦手で……」
「その代わりに、簡単なイラストをお願いできるかしら? あなたの画力があれば、それはもう文句のつけどころのないほど完璧になるの」
「そんなことでよければ、ぜひ……!」
「じゃあ……。ここの卵焼きと、ここの包丁の持ち方、それから……」
リディアナがいくつか注文を付けてグループレポートを渡すと、リサは神託でも受け取ったかのように丁重に扱った。
グループに戻って、友達と楽しそうにレポート用紙を取り囲む。
出来上がりを楽しみにしていると、そこへまた別の声がかかった。
「あの……」
「ん……。サマルトさん。どうしたの?」
薄々気づいていたが、どうもクラスメイト達は名前を憶えられていないと思い込んでいるらしい。
〝リディアナ・ニューアーク〟相手であれば仕方がないこと……リディアナは、それに気づいていない風を装った。リサの様子を見る限り、下手に茶化すと面倒なことになりかねない。
「ワ、ワタシたちも……こま、困ってる。だから……ご教授! 願う!」
「ふふ。レポートね? もちろん、喜んで」
「……! あなた、悪い人?」
「あら。そうやって聞けるのが答えではなくて?」
「! そうかも。代わりに、あの……これ。もらって!」
「おいしそう……! サマルトさんのグループはベーコンを選んだのね」
「そう。それと、アイーシャって呼んでくれたら……うれしい、です!」
アイーシャ・サイーブ・サマルトはパップス王国出身。ウェーブする長めの黒髪に褐色色の肌、そして耳を飾る伝統的なピアスが特徴の、可愛らしい女の子である。
言語体系がかなり特殊なこともあり、レオルディア王国に合わせると、どうしてもカタコトになってしまう。
それでも懸命に意思を伝えんとする様子に、リディアナは心が握りつぶされそうなほどのいとしさを感じた。
挙動不審になりそうなところを何とかこらえて、にこやかに返す。
「では、アイーシャ。私もリディアナって呼んで頂戴?」
「うん! みんな、紹介、するっ」
ずいぶんと積極的なアイーシャに手を引かれて、椅子から立ち上がる。引っ張られる前にエルザとコレットに声をかけて、アイーシャのグループへ。
てっきりパップス王国出身者で固まっているのかと思ったが、そうではなかった。フォード連合共和国出身の男子生徒スコット・ラマー、ラウール教国出身のクレル・ド・ロワール、ノーベル公国出身のフレイヤ・へルネス。
類は友を呼ぶらしく、三人とも〝ニューアーク家〟への恐ろしさを抱きながらも、好奇心が勝っているようだった。
それぞれ簡単に挨拶を済ませて、グループレポートのコツを伝授。
それからまずは自分たちでまとめてもらい、その間に随分と厚切りのベーコンをいただく。味付けは塩と胡椒だけだったが、だからこそベーコンのうまみが引き立つ。
アイーシャにうまく焼くコツを教えてもらいながら、レポートを添削。
気になった個所を一つずつ指摘していると、アイーシャやリサたちとは別のグループが声をかけてくる。
料理と交換する形でグループレポートの面倒を見て……。というやり取りをしていると、女性教諭カランダーにより『ニューアーク禁止令』が発布された。
リディアナとしては普通に添削をしているだけだったが、その様子をこっそりうかがっていたカランダーは自信を失ってしまったらしい。
曰く、「みんな百点満点になっちゃうから! 先生の上位互換が添削してるから! 先生だってニューアークさんに見てほしいもん!」。
カランダーの心の叫びに皆が笑い……レポートを書き直す羽目になったことでブーイングが飛び……一つだけならばアドバイスを貰ってもいいという形に落ち着く。
予想もしていなかった事態に戸惑いながらも、リディアナは各グループを回ってレポートのアドバイスをしていく。その際、一つずつ料理をもらいながら。
もちろん、イリュネアのグループにも声をかけた。
が、カルロにすげなく断られてしまう。イリュネアが陰でものすさまじい顔つきになって睨んでいたが……それだけではなかった。
それほどあからさまではないものの、クラスメイト達が白い目で見るようになったのだ。
カルロもジョットも彼らの従者も、自分たちが浮き始めていることに気が付いたらしい。居心地が悪そうにレポートに集中する。
そこで、リディアナは再度声をかけてみた。
すると今度は遮られることなく、イリュネアが快諾。
彼女としては、この状況を望んでいたのだろう。カルロたちに片付けを任せている間に、こっそりと耳打ちしてくる。
「な? うまくいったろ」
「こうなるってわかってたの?」
「まァな。アンタの不器用さには苦労させられたンでね」
その言葉は紛れもなく〝私〟に向けられたもので……。しかしながらその意味するところをしっかりと汲み取ることはできず……。
クラスに溶け込んでいく嬉しさが、より一層〝私〟の異質さを浮き彫りにした気がした。
◇ ◇ ◇
夢を見た。
薄暗い地下室にいる夢。
明かりは少なく、頼りになるのは古ぼけた四角いテーブルに置かれた一本の蝋燭のみ。
その蝋燭を囲むようにして、三人の人物が話し合っていた。
「で? 策はあるわけ?」
右側にはリディアナ・ニューアーク。
整った顔つきといい、揺蕩うようなブロンドといい、相変わらずビジュアルがイイ。ともすれば掃きだめのような地下室にいても、光り輝く存在感の持ち主だった。
スタイル然り、ルックス然り……剣呑な顔つきをしていることをのぞけば、誰をも魅了する絶世の美女だった。
「ねェな……。行き詰まりだ」
応えたのは、イリュネア・リナーシタ。
リディアナと対面する形で座る彼女は、〝魔王〟そのものだった。
学園時代は可憐で清楚で可愛らしかったが、大人びたことで鋭さが加わり、恐ろしくも美しい女性へと成長していた。
象徴的な銀髪は腰ほどにまで届くロングヘアーとなり、〝ネジレ角〟も禍々しくとがっている。
「我々の見込みが甘かった……と考えるべきだろう」
リディアナの右隣、またはイリュネアの左隣。奥側の席に、もう一人座っている。
〝クリシス〟。そう呼ばれていたことを覚えている。どんな状況でも変わらない声色を持つことも、黒髪の美しい女性であることも。
だが、それ以外のすべてが欠落している。
どんな顔つきだったかも、どんな服を着ていたかも、どんな食べ物を好んでいたかも、記憶から消えている。
「で……。どうするつもり?」
リディアナの問いかけを皮切りに、全員の視線が向く。
誰あろう、その話し合いに同席している〝私〟に。
「フン……。コイツに頼るなんざ、どうかしてると思うがな」
リディアナが期待の視線を向けてくるのと反対に、イリュネアは疑り深い顔つきをしていた。腕を組み、鼻を鳴らして、ケッと悪態をつく。
「我々は同志だ。輪を乱す発言は正すように」
クリシスが嗜めて、場を整える。
「さあ、どうする。〝ハルモニア〟」
名前を呼ばれるのと同時に、その声が遠ざかっていく。
次第に夢を見ているのか、現実に起こっていることなのか、わからなくなっていき……気が付いた時には、ベッドの上で跳ね起きていた。




