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名もなき編集者の異世界改稿録 ~目覚めたら推しの身体だったので、死なせるわけにはいきません~  作者: 宇良 やすまさ


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第13話

 魔科学においては、〝魔紋回路〟が重要となってくる。

 〝魔紋〟専用の文字列と、回路専用の文字列を合わせることで、例えば電灯に光をともす導線を敷くことができるのだ。

 仕組みとしては簡単で、文字列を組み合わせるのも難しくはない。先人たちの知恵により、何がどう作用するのか明らかになっている。


 〝魔紋〟専用のインクで木の板なり金属板なりに〝魔紋回路〟を敷くのが一般的。

 授業で使うのは粘土板。これに爪楊枝で溝を掘り、インクを流し込んで、〝魔紋回路〟を完成させる。うまくいけば、粘土板の横につないだ電球が光る仕組みとなる。

 ただし、非常に繊細な作業となる。

 基本的な回路とはいえ、溝の太さや深さが適切でなければ正常に働かない。しかも、電球が光るかどうかは、最後にインクを流すまでわからない。


「ああ……! また失敗した……!」

「リディアナ……。アンタ、不器用ね」

「うう……。回路は……回路は覚えてるのにぃ……」


 これで六回目。リディアナは、信じられないくらいに不器用だった。

 電球を光らせる文字列はすべて記憶している。どこをどのくらい深く刻めばいいかも、どの位置を太くすればいいかも、全部把握している。間違えたらすぐにわかるくらいに。

 だが、それでも……ことごとく、失敗してしまう。


「……。どこ。失敗したのは?」

「ここ……。この直線の太さ……。0.2㎜細い……」

「それなら動く」

「でもね……。ほら、裏、見て。あ、って思ったら穴開けちゃった……」

「不器用」

「うう……」


 インクを流す前に気づくため、失敗しても粘土をこねて板状に整えればいいだけ。

 だがそれも六回もしていれば、手が痛くなってくる。おまけに油粘土のため、手がべとべとのギトギト。

 一度や二度は手を洗いに行っていたものの、それもおっくうになる。

 しかし汚れた手では、回路を正確に刻むのは難しく……。


「だから手を洗いなさいって……。ほら、指先だけでも拭いてあげるから」

「ハンカチ……汚れる……」

「そりゃ拭くためのものなんだから当たり前でしょ」

「ありがと……ありがと……」

「単語で話すのやめなさい。馬鹿みたいに見える」

「うぅ……」


「コツ。教える」

「どうすればいいの……?」

「まず。多分爪楊枝じゃ無理。だからコッチの竹串がいい」

「けど、それじゃ細さが……」

「削ればいい。あ……え?」

「折れちゃった……!」

「……。不器用すぎ」


 エルザとコレットに世話を焼かれ、さらにはクラスメイト達に見つめられる中、リディアナは何とか完成にまでこぎつけた。

 実に十四回目の出来事であった。


   ◇   ◇   ◇


 続く三限目、美術。

 〝オースティン国際学園〟は、格式高い学園である。ある程度の身分が証明されなければ入学の許可は下りず、在学中は様々な教養を身に着けることになる。

 学園が美術や音楽といった芸術関係に力を入れているのも、その一環。


 生徒たちは卒業後、家督を継いだり国の要職に就いたりと、とにかく教養を試される環境に身を置くこととなる。

 例えば廊下などに飾っている絵画を見て、ちょっとした雑談をするかもしれない。あるいは、先方が絵画を集めるのが趣味で、その話を聞かされるかもしれない。

 何かちょっとした時に輝くのが教養であり、美術という時間はそれを磨く絶好の場であった。


 そういうことならば、リディアナの得意とするところだった。

 絵画を鑑賞するのは単純に好きで、いろいろと感想を持ったうえで時代背景を知るのも好き。そうしてそのギャップに打ちのめされたり、意外と直感が当たることに喜んだり。

 とはいっても、授業である以上、鑑賞だけなはずもなく……。


「ううっ……」

「ひどいわね……。アタシも人のこと言えないけど」

「うん……。三人とも、ポンコツ」


 授業内容はデッサン。

 何人かでグループを作り、ビンを鉛筆で描く。完成したらグループのメンバーと絵を交換して、良かった点や難しかった点を言い合う。

 悪いところや下手なところは控えるようにと釘を刺されたが……リディアナもエルザもコレットも、その段階にすら達していなかった。


 リディアナの描いたビンは、正確に描こうとするあまり、線がブレブレ。

 エルザの方は、形はきちんと捉えているものの、なぜだか極端に小さい。

 コレットのデッサンは、影を書き加えようとして、化け物のような何かに変わり果てていた。


「私たち……これを提出するの?」

「描きなおす時間はあるけど……。直してどうにかなる、これ……?」

「けど。点数に響くレベル……」


 リディアナはイリュネアに助けを求めたかったものの、彼女も彼女で大変なようだった。

イリュネア自身は絵がうまいほうではあるが、カルロとジョットに足を引っ張られている。二人とも絵心がない側の人間であり、珍しくしょげた様子でイリュネアを頼っていた。

 今回ばかりは二人を責める気にはなれず、仕方なくもう一枚の用紙を取り出す。

 そこへ……。


「あ、あの、ニューアークさま……」

 一人の地味めな女子生徒が声をかけてきた。

 丸いメガネと、白い肌に浮かぶそばかすと、三つ編みの茶髪。わずかにぽちゃっとしているが、それもまた愛らしい女の子である。

「なにかしら、フロミスタさん」

「あ、あの、私の名前を……?」

「? クラスメイトだもの。覚えておくでしょう、普通」


 リサ・フロミスタは、何やら覚悟を決めたようだった。

 三つ編みおさげを癖のようにぎゅっと握ってから、声を震わせながら言う。


「その、ぶしつけながら……。わ、わ、私が……その……協力というか、お手伝いをと思いまして……。はい」

「協力……?」

「こ、こう見えても、絵を描くのは昔っから好きでして……」

「……!」


 そっと差し出されたその絵を見て、リディアナは驚愕した。

 リサの描いたビンは、まるで本物だった。思わず指で触れてしまうほど立体感があり、鉛筆で仕上げたとは思えないほどの完成度だった。


「すっっっごおおおおおおい!」

 あまりのすばらしさに、リディアナはひどく興奮した。教室中に響き渡るほどに声を上げ、それを自覚することなくエルザとコレットにも感動を共有する。

「ねえ、見て! これ、これっ!」

「へええ! 額縁に飾りたいくらいの出来ね」

「すごい。すごい。すごい」


 リサは手放しに誉められたのがよほど意外だったのか、ぽかんとしていた。

 それから現実を受け止めたかのようにビクッと肩を震わせて、感極まったように涙目となる。


「もしかして……。私たちをこのレベルに……?」

 リディアナが冗談交じりに問いかけると、リサは困惑してしまった。

「あ、あの、それは……そのぅ……難しい、かと」

「ふふ、わかってるわよ。なにかコツのようなものを教えてくれるのでしょう?」

「はい! 私、絵を描くのが好きで……だから、楽しいと思ってもらえたらと。正確で、綺麗で、美しい絵だけが、全部じゃなくって……自分の直感を信じていただけたら、きっともっとよくなります」

「さすが……。絵心があるわね」

 嬉しそうに笑うリサに、リディアナたち三人はデッサンのレクチャーを受けて……提出しても恥ずかしくないくらいには、何とか仕上げることができた。


  ◇   ◇   ◇


 四時限目、家庭科。

 貴族の子息も多く通う〝オースティン国際学園〟において、軽視されがちな科目である。

 調理や裁縫や家庭菜園が主な授業内容となるが、貴族からしてみればどれも従者に任せておけばいいこと。

 やる気が出るのは、カルロの従者のアルバーノ・ヴィレッタや、ジョットに付いているロメオ・フォルトーレなど、すでに主が決まっている生徒くらい。

 

 それを、学校側も熟知している。

 だからこそ、授業内容にひとつひねりを加える。

 例えば、栄養学について授業する場合、基本的に移動教室となる。調理室で実際に食材を扱いながら、栄養学を学んでいくのである。貴族が通う学園だからこそのお金の使い方である。

 当然、料理に入ることもあり、この日は初めての調理実習となった。

 のだが……。


「ううっ……」

「アンタ……。今日、いいとこなしじゃない」

「たまご……。ぐちゃぐちゃ」


 端的に言って、リディアナは料理ができない人間だった。

 とはいっても、クラスメイトは皆そう。なにせ貴族出身……従者のアルバーノやロメオはともかくとして、誰もかれもが失敗を重ねている。

 阿鼻叫喚の嵐である。


「こうして、こう……!」

「ちょ、ちょ! その包丁の握り方何よ! 危ないって!」

「……ふふ」


 ただ、笑い声も絶えなかった。

 使用人たちの仕事として見下してすらいたというのに、失敗を重ねて躍起になったり、奇跡的な成功に友達と喜んだり。

 そうするうちに、料理というのは知恵と技術と経験とが必要なのだと知り……皆、真剣に取り組むようになっていった。


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