第12話
「さて。作戦会議よ」
すでにそれぞれの手元には注文が届いている。
リディアナは、ブラックコーヒーと迷った末の、エスプレッソ。〝学術国家〟エリアスが研究の友のために生み出した豆をチョイス。
肉がないと嘆いていたイリュネアは、カプチーノと厚切りトーストを注文。
これに触発されたのがコレットだった。大食いの彼女もまたお腹が減っていたらしく、アップルパイとミルクティーを組み合わせた。
そして、作戦会議を取り仕切るエルザはカフェオレ。
「とりあえず、現状の確認ね」
エルザはカフェオレを一口飲み、ほ、と満足そうに一息ついてから続ける。
「まず、お茶会で嫌がらせ犯をあぶりだす作戦。これは成功、って言っていいわよね?」
その問いかけに、まずはエスプレッソの香りを楽しんでいたリディアナはうなずいた。
「名前はわからないけど、四人分、外見的特徴はすべて記憶したわ。あともう二人いたんだけど、それどころじゃなかったから」
「じゃあ問題は、その四人の中に嫌がらせ犯の主犯格がいるかってことだけど……。イリュネアはどう感じた?」
バターとハチミツの乗ったトーストを、イリュネアはまるで飲み込むようにして平らげていた。
ぺろ、と唇をなめてから、眉をひそめて考える。
「連携の『れ』の字もないあいつらが主導していたとは思えねェなァ。リディアナの悪評に乗るような手を考えるヤツだ……戦いに関しても、ちったァやるんじゃねェの」
「アンタ……。ホント、みんながいる前とは性格が真逆ね。いじめられてる本人でしょ?」
「ハッ。私が、いつ、気弱だと言った? 地味で控えめで目立たないヤツが、気が弱いザコだといつ決まった? ――バカバカしい」
「ア、アタシは別に、アンタのこと弱いだとかなんとか思ったことないわよ。ただ……その……ごめんなさい」
「おン? じゃあ謝る必要ねェだろ」
意外とそういうところに敏感なエルザは、途端に委縮してしまった。
魔王然として椅子にもたれかかっていたイリュネアは、バツが悪そうに居住まいを正した。少しばかり淑女らしさを取り戻して、不遜な態度をひっこめる。
折り目正しくきちんと座るだけでも、その印象はガラリと変わった。
「……これでいいだろ。別に怒っちゃいねェよ」
「フフ……。アンタも意外と気にしがちなのね」
「っるせェよ」
「で」
崩れかかった空気がそばにあったにもかかわらず、特に気にした風もなく、コレットはアップルパイをちびちびと食べていた。
特に問題はないことを見越していたかのように、タイミングを計ってから言葉を続ける。
「せっかくの手がかり。素性の割れた四人に仕掛ける?」
その問いかけ方に、今度は正しく皆が沈黙した。しばらく、全員静かにコーヒーないしは紅茶を嗜む。
なにせ嫌がらせ犯たちは、イリュネアを監禁したのだ。それだけでなく、〝誓紋〟を使った実力行使も辞さなかった。
魔王時代の彼女だったからよかったものの、そうでなければもっと大ごとになっていただろう。
「アドバンテージは私たちにあるから……。それをどう活かすか」
リディアナが言うと、イリュネアが頷いた。腕を組んで、鼻を鳴らす。
「たいていの場合、ああいうヤツらは肝心なことは知らされてねェ。影武者の情報をつかまされるだけ。で、ソイツは適当ぶっこいて終わり。そんだけならまだしも、いつの間にかこっちが悪者にされるだろうよ……それこそ、リディアナがらみの悪評を使ってな」
「結局そこに行き着くのね」
「出来上がった噂ってのは便利だからな。乗っかるだけでいい。だからまあ……その四人はクソ王子どもに追わせりゃいいだろ」
「カウンターを食らわないためには」
コレットが静かに言う。
「リディアナの評判をどうにかしないと。何をどうしたって、結局全部そこに結び付けられる」
親友の提案を受けて、エルザがムムッとうなった。
「そうはいってもどうすればいいのやら……。イリュネアと仲良くなったってアピールしたところで、ニューアーク家に取り込まれた、って見方されて終わりでしょ?」
「じゃあ、やっぱり人助け……」
リディアナがそう口にしたところで、エルザが真っ先に否定した。
「だから! アンタのそれは恐怖でしかないの」
「ちぇ……。じゃあ、それ以外にいい方法はあるの?」
「それは……。今から考えるんじゃない」
再び沈黙が訪れる。しばらくの間、時計が時間を刻む音のみが響いていた。
窓の方を見れば、もう夜に差し掛かっている。寮は学園の西部にある……〝喫茶こもれび〟はニュートン南部。住宅街を抜けて、〝学生地区〟を抜けることを考えれば、そろそろ出ないと門限に間に合わないだろう。
歩きながら考えれば何かいい案が思い浮かぶかもしれない。
リディアナが帰宅を提案しようとしたところで、イリュネアが口を開いた。
「味方に引き込むのは難しくても、ダチを作るなら別にそうでもねェだろ。なんなら、顔見知り程度でもいいわけだしよ」
「……どういうこと?」
「実際に話してみりゃァ案外悪くねェヤツだって分かンのは、よくあるこったろ。実際、エルザとコレットはこうして一緒に喫茶店にまで来てる」
「私が普通に話せばそれで済むって? それができないから……」
「だから、状況を見るんだよ。休憩時間に声かけたって、気づかないフリして離れりゃ終わり。だろ?」
「じゃあ……?」
「チャンスは授業中にあるってことだ」
◇ ◇ ◇
翌日。
イリュネアは、いつもの通り、クラスの中心にいた。
リディアナとしてはその輪の中に入りたかったものの、グッと我慢。
というのも、昨日の放課後にお茶会があったというのは、クラスメイト全員が知っている。だからこそ、イリュネアと仲良くしていてもおかしくはないと思ったのだが……イリュネアがそれを却下。
あえて『昨日のお茶会はリュネアの急用によりキャンセル』としておくのだ。
表面的には、嫌がらせ犯の思惑が成功した形となる。
だがここに、『イリュネア自身がリディアナに直接伝えた』と加えることで、『それを快く受け入れたリディアナ』が誕生する。
悪評を払しょくする……とまではいかないものの、リディアナを見る目は少しばかり変わる。噂というフィルターが多少なりとも薄れるのである。
一方で、カルロとジョット、およびその従者たちは、なおも敵対的な姿勢を崩さない。
なぜならば、彼らはお茶会がキャンセルされたものではないと知っている。とりわけカルロは、お茶会の場所が変更された場面を目撃しているのだ。
イリュネアがリディアナに脅されているとすら思っているだろう。
だがそれを、あえて否定はしない。
カルロたちにしてみれば、イリュネアの首にリディアナの手がかかっている状況。
そこでリディアナを糾弾しようものならば、イリュネアの身に何が起こるかわからない……と思い込んでいる。
ならば、カルロたちはどう動くか。
お茶会があった時間、本当は何があったのかを探ろうとする。
聞くところによれば、彼らも〝第八別塔〟の騒ぎを聞きつけて向かったのだとか。ならばなおのこと、イリュネアに時間変更を伝えた生徒から話を聞こうとするだろう。
そうやってカルロたちの目がよそへ向いているうちに、クラスメイト達のリディアナに対する評価を少しでも変える……というのがイリュネアの狙い。
問題は、どうやってクラス内の空気を変えるのか。
攻めるべきは授業中という。しかもどの科目かもあらかじめ決まっており……なのに、リディアナ自身は、いつも通り授業を受けるだけでいいらしい。
――二時限目、魔科学。
「――え~。では、軽く前回のおさらいをしましょう。魔科学とは、一言で表すとどういったものでしょうか。では……アイレンブルク嬢」
「〝魔紋〟を用いた科学です。蒸気機関を用いた従来の科学とは異なり、〝魔紋〟が起動する際に発生するエネルギーを活用するので、機械の構造が大幅に簡略化されるのが特徴です」
「大正解! さすが、ガルドブルク帝国出身、大変詳しい。――では、ベーアバッハ嬢。〝魔紋〟とは、何でしょうか」
「図形と記号と文字を組み合わせたもの。その組み方で、起動する際のエネルギーの特徴が変わる。です」
「はい、正解! お手の物ね。――では最後、リナーシタ嬢に締めてもらいましょう。〝魔紋〟の働き方を説明してください。ちょっと難しいかもしれません」
「はい。〝魔紋〟には始動エネルギーと発動エネルギーがあります。始動エネルギーは〝魔紋〟に流す力、発動エネルギーは〝魔紋〟から流れる力。〝魔紋〟はいわば変換器であり、自分とそれ以外とを繋ぐ役割を果たします。なので、始動エネルギーには、人から発生するエネルギーが当てられます。その代表例が体温や静電気。血や体毛や吐息、祈りなども始動エネルギーに当てはまります。発動エネルギーはそれこそ多岐にわたり――」
「ス、ストップ、ストップ! いやあ、素晴らしい、大変よく勉強していますね。予習も完ぺきです。リナーシタ嬢の言った通り、〝魔紋〟は変換器として考えられています。よく似たものとして、皆さんもよく知る〝誓紋〟があり、これは人と人とを繋ぎます。まとめて〝紋〟と呼称する場合もあるので、覚えておきましょう」
席に着いたイリュネアは、一見すると平然としていたが、その顔つきからは少しばかり動揺が見えた。
彼女は未来人……魔王となるため、すでに猛勉強した身。どうやら、調子に乗って少し先の回答もしてしまったらしい。
「さて、おさらいと、軽く予習模したところで、今日の授業に入ります。今回は、皆さんに〝魔紋〟が実際にどのようなものかを体感してもらいます」




