第11話
自己紹介もそこそこに、とりあえずお茶会をしようという流れとなった。
とはいえ、このまま食堂で、というのも味気ない。そもそも食堂を選んだのは、対嫌がらせ犯のため……お茶会自体は二の次だった。
そういうわけで、街へ繰り出すことにした。意外と情報通なエルザが、落ち着いたカフェを知っているらしい。
「友達と……カフェ……!」
「珍しい反応しますね?」
「リディアナってばボッチだったから」
「……エルザも。人のこと言えない」
〝オースティン国際学園〟を抱える街ニュートンは、世界でも数少ない〝学園都市〟として知られている。
学園が設立される以前は、街というよりかは村だったらしい。
ただ、その当時から景勝地として広く知れ渡っている美しい村だった。平原が広がり、大きな湖があり、山に囲まれ、四季も訪れて、その時々で様々な美しさを見せる。
その美しい景観を崩さないように、しかしそれでいて存在感を示せるように、王城のような〝オースティン国際学園〟が建立された。二百年をかけて、学園は村と折り合いをつけながら、少しずつ発展したのである。
そうして完成した〝学園都市〟ニュートンは、さながら城下町のような風情を漂わせるようになった。
「わ。いいかおりがする……!」
「噂に聞く〝食べ歩き商店街〟……!」
「喫茶店は住宅街のほうにあるんだけど……ちょっとだけ寄ってく?」
「色んな国の色んな露店。……じゅるり」
〝学園都市〟ニュートンは、〝オースティン国際学園〟の南側に広がっている。
学用品を揃えるための〝学生通り〟、国際色豊かな服を楽しめる〝ファッション通り〟、世界各国からブランドが集まった〝プラチナ通り〟など……。合計七本の大通りが並んでいる。
そしてこれらの通りを抜けると大きな広場につながり、そこから住宅街に大小さまざまな道が伸びている。
エルザの言う喫茶店は、この住宅街方面にあるという。
「見て……! この角煮豚まんのボリューム!」
「……。はぐ」
「ああ! なんで食べるの!」
「唐揚げ棒、ふたつやっから」
「……じゃあ許す」
食べ歩きしながら話すうちに、イリュネアもエルザとコレットの人となりを理解できたらしい。
通りを抜けると、すでに本性を明かすようになっていた。さすがに人の目が多くあると猫をかぶるものの、基本的にはヤンキー口調で気軽に話す。
「ねえ。どっちがイリュネアなのよ」
「ン? どっちもだ」
「じゃあ……。なんで使い分けてるのよ」
「エルザもちったあ人によって態度は変えるだろ。それと似たようなもんだ……その方が便利で都合がいいってこともあるんだよ」
「ふうん……。じゃあ、なんでリディアナには真っ先に本性を見せたの?」
「それはだな……。――お。面白れェもんが見れるんじゃねェの」
イリュネアがごまかそうとしたのには、エルザもコレットも気づいていないだろう。
それほどにタイミングよく、とある演説に出くわした。
「――すべては〝神〟によって定められている!」
それは、〝運命論〟を説く〝創成教〟の演説だった。
黒いひげをたっぷりと蓄えた男が、聖書らしき分厚い書物を片手に高らかに説教を垂れている。
修道士とは思えないほど真っ白な修道服を身にまとい、その声の圧もあって、良くも悪くも学生や住民の注目を集めていた。
「ゆえに、人は! 正直に、善く、生きねばならない!」
〝創成教〟は世界に広く普及する宗教組織である。
〝オースティン国際学園〟の学生にも信仰者は多い。国によっては国教として定められ、なじみ深い存在である。
決して、見とがめられるような宗教ではない。
ただし。
国際色豊かな〝学園都市〟ニュートンでの布教活動となると、少しばかり事情が異なってくる。
「見つけたぞ!」
「直ちに演説をやめるんだ!」
様々な国から人が集う〝学園都市〟ニュートンでは、いかなる宗教組織の布教活動を認めていない。
様々な思想が集まる環境で、一つの考えを押し付けるような行いをすれば、反発や混乱を招く。
「ぐ……! 何をする、何をする! 無礼者め慎め!」
「黙れ! ――錠をかけろ!」
「はっ。――おとなしくしろ!」
〝創成教〟は分母の大きい宗教。
ゆえに、ルールやマナーや法律を破ってでも布教活動に勤しむ、いわゆる過激派も後を絶たないのだ。
「貴様ら……! 今に地獄に落ちるぞ――空を見よ!」
過激派の男は、逃げるための嘘をついたのではなかった。
空は快晴で、雲一つない。
というのに、雷が奔ったのだ。
ドドン、と轟音を響かせ、真っ赤に光る雷が。
「〝神鳴り〟だ! 〝神〟がお怒りの証拠だ! 善く生きぬから……このような事態を……ぬわッ」
〝ニュートン治安部隊〟に連れていかれる過激派の男。天の裁きが下るだの、地獄に落ちるだの、様々喚きながら広場から消える。
たびたび、といえるほどの頻度ではないにしろ、〝創成教〟の過激派が何かしら騒ぎを起こすのは珍しくはない。
とはいえ、今回はあまりにも〝神鳴り〟のタイミングが不気味すぎた。
「あれってただの自然現象って思ってたけど……。そうでもないとか?」
「ああいう過激派は。自分に都合のいいようにしか言わない。信じるだけ無駄」
エルザとコレットがひそひそと話しながら歩き始め、リディアナもイリュネアとともにそのあとをついていく。
「……おい」
「……わかってるわよ」
イリュネアにこっそりと小突かれて、リディアナは鼻を鳴らした。
〝神鳴り〟は、確かに自然現象ではない。
〝誓約のクロニクル〟では、厄災の象徴だった。ただ、普通に生きていれば、その正体を知る由もないというだけ。
〝創成教〟がどこまで知っているかはともかくとして……リディアナは、〝神鳴り〟の発生条件を知っている。
〝魔本〟には、〝代衝〟が伴う。
その〝代衝〟の一つが〝神鳴り〟。
そしてこの〝神鳴り〟は、世界各地でモンスターを生む元凶なのだ。
「でも、あれはしょうがないじゃない……」
「お前なら、もっとやりようがあったろ」
「じゃあイリュネアだって使ったじゃない? 助かったけれども」
「仕方ないだろ。あのままだと大怪我間違いなしだったんだから」
「じゃあ……。言いっこなしじゃない?」
「……だな。ともかく、お互いに気を付けるこった」
こそこそと話していると、自然と歩く足が緩んでいたらしい。
先を行くエルザに声をかけられて、リディアナはイリュネアとともに二人に追いついた。
◇ ◇ ◇
「――あら。ここ?」
「そ。〝喫茶こもれび〟。落ち着いてるし、出入りも少ないし、ここなら落ち着いて作戦会議できるでしょ」
ニュートン北部の〝学生地区〟とは違い、南部の〝住民地区〟は複雑に入り組んでいる。
大きな通りはあるものの、真っすぐに突き抜けるような通りではなく、グネグネと曲がりくねっている。
そのうえで、そこから様々に道が枝分かれするのだから、案内なしには迷子になってしまうだろう。
リディアナとしては、こじんまりとした〝喫茶こもれび〟を前に立っているのが奇跡のように思えた。
「〝住宅地区〟は初めて来たけど……。本当に、よく見つけたわね?」
「アタシん家のメイドがニュートン出身なの。で、学園で何があっても逃げ込めるようにって、ちっちゃいころからよく連れてこられてたのよ」
「へえ……。じゃあ、入学は決まってたの?」
「国内で学べることは限られてるから、せっかくなら世界を肌で実感できる学校がいいだろう、って。もちろん、普通に試験は受けたし、普通に合格通知をもらったわよ」
「ふふ、そこは疑ってないわよ」
リン、と軽い鈴の音とともに、喫茶店に入る。
学生四人が訪れることはこれまでなかったのだろう。カップを磨いていた壮年のマスターは随分と驚いていたが、エルザの姿を認めて、嬉しそうに目を細めた。
「いいところね。落ち着くわ」
〝喫茶こもれび〟には照明が少なかった。ぼんやりとしたオレンジ色のランプが、木目の濃い床や壁を静かに照らしている。
店内には他に誰もいない。聞こえる音といえば、時計が時間を刻む音くらい。街中の喧騒から切り離されたような、静かな空間だった。
「でしょ。こっち」
エルザに案内されて、壁際の席につく。二人一組の席であり、リディアナはイリュネアと対面して座った。
テーブルの上に置かれたメニュー表を手に取る。
「エスプレッソ、カフェラテ、カプチーノ……。標準的なメニューだけど、いろんな国のコーヒー豆を使ってるのね……。どれがいいか……むむ」
「肉は……。ねェか」
「当たり前でしょ。とりあえず、何がいいか決めて。アタシが注文してくるから」
「私はミルクティー。コーヒーは苦手……」




