第九話 絵、上手いな
焼肉屋を出て、コインパーキングまで少し歩く。
「……ごちそうさまでした。助かりました」
「あ? あぁ、別に。気にすんな。お前がいないと仕事になんねぇし」
「はい」
「あ、次のとこ行く前に、寄りたいところがある」
時計を見る菅原。
「女の家に行く時間はありませんよ」
「いや、違ぇよ。行かねぇよ」
「わかりました。住所を送ってください」
「オッケー」
♢ ♢ ♢
「文具屋ですか? 何か必要なものがあるなら、私が買ってきますよ」
「いや、仕事には関係ないやつ。俺一人で行ってくるわ」
関係なくはないけど。
店内を一人で歩く。
「メモ帳だと、あれだからなぁ。スケッチブックか? でも、あんまりデカいと邪魔だしな。お、あったあった」
一番小さいスケッチブックを手に取る。
これからは、あいつが見たやつをここに描いてもらおう。そしたら、俺もどんなのが出たのか見られるし。陰陽師として知りたいし? まぁ、あいつに言ったら、冷めた顔で「無理です」とか言いそうだけど。まぁ、いい。
会計をして、店を出て車に乗り込む。
「これ。今度から、見えたやつ、ここに描けよ。どんなのが出たのか俺も見たいし。あと、純粋にお前の絵が見たい」
そう言ってスケッチブックを差し出すと、菅原が目を見開く。
「イヤ?」
「いえ、嫌では……ありません」
そう言って、素直にスケッチブックを受け取る。
白いページをパラパラとめくり、少し微笑んでいる。
……珍しく笑ってる。嬉しいのか?
本当、わかんねぇヤツだな。こいつは。
スケッチブックをカバンに入れ、咳払いをしてハンドルを握り、アクセルを踏む菅原を、俺はしばらく見つめていた。
♢ ♢ ♢
いくつか現場をこなしたあと、スケッチブックを開き、サラサラと描き始める菅原。
「絵描くの、好きなわけ?」
「好きですけど、あまり描く時間がないので、普段は描きません」
「ふぅん。大学はそういう系?」
「美大とかってことですか? 美大に行こうとは思いませんでした。お金もないですし。そこまでの才能はないですし。学部は文学部史学科です」
「へぇ。歴史とか学んだってこと?」
「そうですね。主に、古文書、寺社、地域史、民俗、信仰史……」
「何か、なりたい職業とかあったわけ?」
「いえ、何になりたいとか、そういうのは。ただ、私が育った寺に何か還元できればと思っていました……」
そう言って、少し難しい顔をする菅原。
「ふぅん。でも、才能あると思う。それ、絵。マジで上手い。あ、でも、菅原がいねぇと俺は陰陽師としてやっていけねぇからな。何かやるとしても、副業で頼む」
また耳まで赤くなり、目を伏せる菅原。
マジで照れてやがる、こいつ。
「できました」
菅原が差し出したスケッチブックを受け取る。
「上手いな、マジで。つーか、怖。こんなのが見えて、よく平気でいられんな。俺ならチビッてんな」
「怖いと思う時もありますよ。あの失礼なジジィに憑いていたヤツは、さすがに怖いと思いました」
「失礼なジジィ……へぇ、そうなんだ」
見えるこいつの力を羨んでいたけど、そこまでいいことじゃないのかもしれない。
絵でこんなに怖ぇのに、実際に見たら腰を抜かす自信がある。「破ァッ」とか言ってる場合じゃねぇだろ、こんなん。
「つーか、俺の似顔絵とか描けんの?」
「描けますけど……」
「へぇ、描いてよ。素材はいいだろ」
「そのキメ顔でいいんですか」
「もっとアンニュイな顔もあるぞ」
「いや、それでいいです」
「カッコ良くしか描けないだろうけど、カッコ良く頼む」
菅原に顔をジッと見られて、何か気まずい。
やることもないので、俺も菅原をジッと見つめる。こんな顔してんだ、こいつ。
「できました」
「どれどれ。は!? 俺までホラーテイストになってんじゃねぇか!!! おもろ!!! 完全に悪霊の顔!!! あははは!!!」
「このテイストでしか描けません」
「面白ぇ!!! ははは!!! でも、上手いわ。マジで。すげぇよ、菅原」
「……ありがとうございます」
また照れてる。
舌打ちしたり、無視したり、照れたり。本当、訳がわからないやつだ。




