第八話 ヤバいのが憑いてます
依頼者の元に着く。
パッと見でわかる。嫌味が多そうなジジィだ。
「ふん、こんな若造に何ができるって言うんだ。俺は父親を呼んだんだぞ」
クソ、親父め。厄介なジジィを俺に押し付けやがって……。
「申し訳ありません。父は多忙を極めておりまして。今回は私が……」
「まったく。ちゃんと祓えるのか? 俺はな、お前の爺さんの代から贔屓にしてるんだよ。それが、こんなぺーぺーの若造を寄越しやがって。倅だからってな、俺は容赦しないぞ。大体、お前さん、修行もしてないんだろ? グローバルだかグーグルだか知らねぇがな、留学なんかさせて。何を考えてんだ」
『グーッ』
最悪のタイミングで菅原の腹が鳴る。
「失礼しました」
「おいおい、姉ちゃんよ。人が話しているのに腹なんか鳴らして。まったく、最近の若者は我慢もできないのか。マナーがなってない。マナーが」
菅原をチラリと見ると、能面のような顔をしている。
いや、いつも能面みたいな顔をしているが、いつもよりさらに能面だ。嫌な予感がする。
「お言葉ですが、お腹が鳴るのは生理現象なので、マナーは関係ないと思います。我慢できるものでもありません」
「か、菅原! やめろ。も、申し訳ありません。ちょっと変わったマネージャーでして……」
「おい、なんだ。目上の人間に盾突くつもりか? 女の分際で。マネージャー? ふん、だとしたらどうしようもないな。何の能もない人間が偉そうに」
ヤバい、マジでヤバい。親父にチクられたらヤバい。また御影家の恥と言われる。
「申し訳ありません。こいつには、キツく言い聞かせておきます……」
「まぁ、いいだろう。俺もな、御影家のためを思って言ってるんだ。昔のよしみでな」
は!? 絶対、憂さ晴らしだろ。ぜっったいに。
菅原はまだ能面の顔で、爺さんを見ている。
「(おい、菅原。その顔やめろ。もう、ちゃっちゃと祓って帰るぞ)」
「(紫門さん、ヤバいのが憑いてます。コイツ)」
「(おい、コイツとか言うな。聞こえたらどうすんだ。え……ヤバいって、どんなの?)」
「(デカくて、怨念が強い)」
「(で、デカくて強い!? は、祓えんのか?)」
「(やるしかないでしょう)」
「(いや、そうだけど、無理すんなよ)」
目を閉じて息を吐く菅原。腹がグーッと音を立てる。
不安しかねぇ。でも、信じるしかない。俺は何も見えないし、祓えない。
「では、祓います……」
俺は恐る恐る、依頼者に近づく。
「おう、きちんとやれよ。きちんと」
うぜぇ。本気でうぜぇ。そんなんだから、デカくて強いやつに憑かれんだよ。
そんなことを思いながら手印を組む。祈るような気持ちで菅原を見る。
「破ァッ!」
そう叫んだ瞬間、菅原の顔が歪んだ。苦しそうな顔をしてしゃがみ込む。しばらくして顔を上げ、頷く。
「は、祓えました」
「何だ? 何にも変わった気がしない。本当にちゃんと祓ったのか?」
ブチギレそうな自分を抑え、必死に笑みを浮かべる。
「はい、ご安心ください」
菅原をチラリと見ると、まだ床にしゃがみ込んでいる。
そんなにヤバかったのか?
菅原に近づいて腕を掴むと、力なく立ち上がる。
「また、よろしくお願いします」
「ふん、次は父親の方にしてくれ」
菅原の腕を掴み、引き攣った笑顔のまま爺さんの家を出る。
「だ、大丈夫か!?」
「……はい、すみません」
「顔色悪!!! ど、どうすんだ。生霊のせいもあんのか? な、何か食えばいいのか?」
「に、肉……」
「肉? 肉……焼肉? 焼肉か!!! わかった!!! 焼肉、焼肉……」
スマホを取り出し、焼肉屋を調べる。
「し、紫門さん、あそこに……」
菅原が力なく指差す方向を見ると、焼肉屋の看板。
「ある!!! あった!!! 行くぞ! とにかく、あそこに行くぞ!!!」
菅原の腕を掴み、焼肉屋まで歩く。
「菅原!!! 死ぬな!!! 死ぬなぁ!!!」
「静かにしてください。みんなが見ています」
顔を上げると、マジで見られていた。でも、今はそれどころではない。
「イケメンだから許される。大丈夫だ」
「……」
「おい、菅原!!! 死ぬな!!! あと五メートルだ!!!」
「死にません。お願いですから、静かにしてください」
菅原を引きずるようにして焼肉屋に入る。席に着くと、机に覆いかぶさるように倒れ込む菅原を見て、慌てて肉を注文する。
「白米は!? 白米は食うのか!? 焼肉で白米を食う派なのか!?」
「……食べる派です……」
「サラダ……サラダは!? 野菜を先に食ったほうがいいぞ。血糖値が……いや、今は何でもいい。一応頼むか……すいません! とりあえず、これとこれとこれで。急ぎ目でお願いします」
「かしこまりました」
「待ってろ、菅原。今、焼いてやるから。待ってろよ!」
「……すみません」
やけに素直だ。いつもみたいに舌打ちもしてこない。
しばらくして、肉が運ばれてきたので焼き始める。
「菅原! 起きろ! 死ぬぞ! ほら! 食え!」
菅原の皿に、次々と肉を放り込む。
力なく食べ始める菅原。どんどん消えていく肉。追加で何度か注文する。
しばらくすると、菅原の顔色がマシになってきた。
「大丈夫か?」
「はい、ご心配をおかけしました」
二杯目の白米を食べながら、そう答える菅原。
「あの爺さんに憑いてたヤツ、そんなにヤバかったのか?」
「はい。割とヤバめでしたね」
「へぇ……怖ぇけど、そんなにヤバいなら、ちょっと見てみてぇな」
「……ちょっと待ってください」
そう言ってカバンを漁り、メモ帳とペンを取り出す菅原。メモ帳を開き、サラサラと何か描き始める。
「こんな感じです」
そう言って菅原が差し出したものを見て、驚く。めちゃくちゃ絵が上手い。
「菅原、お前、めちゃくちゃ絵上手いな!!!」
そう言って菅原を見ると、ポカンとした顔をしている。
「これが、さっきの爺さんに憑いてたヤツか? めちゃくちゃ怖ぇな! てか、お前、才能ある。才能あるわ。すごい。マジですごい」
まじまじと絵を眺める。マジで才能がある。つーか、こいつはこんなのが見えて、こんなのを祓ってんだ。
「これ欲しい。もらっていいか?」
そう言って顔を上げると、耳まで真っ赤にした菅原がいた。
え……赤……何で? まさか、照れてる? こいつ、照れてんのか? こいつが!?
「……いいですけど……」
マジで照れてるっぽい。何なんだ、こいつ。
財布を出して、その中に絵を入れる。
真っ赤な顔で白米を食べる菅原。
なんか、めちゃくちゃ気まずい……気まずかった。




