第十話 彼氏?いるわけない
生霊飛ばし三日目。
「……おはようございます」
「クマ、ヤバすぎだろ。生霊のせいか? 飯食ったのか?」
「はい、一応食べました。ですが、おにぎりを作る気力が……」
「いや、いやいや。マジでヤバいだろ、その顔は。あ、いや、顔がヤバいとかじゃなくて、その顔色というか、クマというか」
「……」
「おい、マジで大丈夫なのか? 休んだほうがいいんじゃねぇの?」
「……いえ、大丈夫です」
「いや、大丈夫じゃねぇよ。わかった。運転代われ。今日は俺が運転する。事故ったら困る」
「免許あるんですか?」
「あるに決まってんだろ。舐めすぎだろ、俺のこと」
財布から免許証を取り出し、見せる。
「……ペーパードライバーではない?」
「できるわ。ほら、代われ」
車を降りて運転席に座ると、菅原が助手席に座る。
「いや、後ろじゃねぇのかよ」
「不安なので、横で見ています」
「舐めやがって」
菅原がカーナビに目的地を打ち込む。
「ここです。安全運転でお願いします」
「オッケー。見とけよ、俺のドライビングテクニックを」
ハンドルを握り、アクセルを踏み込む。
しばらくすると、寝息が聞こえてくる。
「……は? 寝てる?」
「……」
寝やがった。
……いや、生霊飛ばしも、もう三日目だし、さすがに疲れてるか。おにぎりも作れなかったとか言ってたしな。コンビニでも寄るか。
コンビニの駐車場に車を停める。菅原を見ると、背もたれが直角のまま眠っている。
「……仕方ねぇな」
運転席から身を乗り出して、助手席の背もたれを倒す。ウィーンという音と共に、ゆっくり背もたれが倒れる。
近い。柔軟剤の匂いがする。俺よりまつげが短い。
車を降りて、コンビニに入る。
「あいつ、何のおにぎり食うんだ? 鮭か? ツナマヨ? いや、昆布だな。ぜってぇ昆布。他にも色々買っとくか。パンとかも食うかもしれねぇしな。飲み物も……」
パンパンの買い物袋を片手に、コンビニから出る。窓から覗くと、菅原はまだスヤスヤと眠っている。車に乗り込み、ハンドルを握る。
「マジで昆布だったらウケるな。起きたら聞くか」
しばらく車を走らせ、目的地に到着する。
「まだ時間あるから、もう少し寝かせておくか」
背もたれを倒して、スマホを開く。溜まった通知を見る。
そういや、最近忙しくて全然返信してねぇな。返さねぇとみんな怒るし、面倒くせぇ。付き合ってもねぇのに。
菅原も彼氏とかいんのか?
ガバッと起き上がり、菅原を見る。
「こいつに彼氏? ないない。ないだろ」
また背もたれに寄りかかり、トーク画面を開いて適当に返信する。
こんな愛想がないヤツに、彼氏がいるわけがない。俺に舌打ちしてくる女だぞ。
いや、もしかしたら、彼氏には優しいのかもしれない。手料理とか作りそうではある。
意外に尽くすタイプなのかもしれない。
俺のこと無視したり、舌打ちしたり、舐めてるくせに、彼氏には優しい?
俺に優しくしろや。俺が気持ちよく仕事できるように。
ま、どうせ彼氏なんていねぇだろ。
……いや、彼氏がいたとして、男からしたらこの状況ってアレだよな。仕事とはいえ、同い年の男女が毎日一緒にいるって。漫画だったら、恋が芽生えてもおかしくはない。いや、芽生えるわけがねぇ。
こいつが俺に恋? ないない。ないよりのないだろ。舌打ちしてくるヤツを好きになるわけがない。そうだ。そもそも、コイツに彼氏なんかいるわけがない。
もし、こいつに彼氏がいたとして、同棲とかしてたらウケるな。こいつと同じ柔軟剤の匂いがすんのか。そいつは。
公園のベンチで、でっけぇおにぎりを二人で食ったりすんのか?
――こいつはそいつの前で、笑い転げたりすんのか?
菅原のスマホが鳴る。
ガバッと起きて、電話に出る菅原。
……ビックリした。どんだけ仕事人間なんだよ、こいつは。
だとしたら。こいつが、仕事人間なんだとしたら、やっぱり彼氏はいねぇだろ。朝から晩まで働いてんだぞ。俺は「破ァッ!」って叫ぶだけだけど、こいつは俺のその他全部を一人でやってんだぞ。だから、彼氏なんか作ってる時間はねぇ。そうだろ。
「……はい、はい。承知しました。失礼いたします」
電話を切る菅原。
「よく寝たか?」
「すみません……申し訳ないです……本当に……」
「菅原、おにぎりの具、何が好きなんだよ」
「昆布……」
やっぱり、昆布だった。




