第六十話 変わらないでほしい
俺の記事が載った週刊誌が届き、恐る恐る開いた。
「何だこの短ぇ記事。表紙にすら載ってねぇじゃん」
菅原が覗き込む。
「夏草や兵どもが夢の跡……ですかね」
「は?どういう意味だよ」
「おくのほそ道ですよ」
「わかんねぇよ!何の話だよ」
「はぁ……」
「教えろよ」
「陰陽師の名家というのも、過去の栄光なのかもしれないということですよ」
「悪口か?それは」
「陰陽師という特殊な世界にいる我々にはこの家はとてつもなく大きなものに見えますが、外の世界から見るとそこまで大きくない。むしろ小さい。いや、存在すら見えない。そんなところでしょうか」
「わかんねぇ。わかんねぇよ。何を言ってるか」
「とりあえず、この程度で済んでよかったですね。きっと誰も気づかない。ご贔屓にしてくださっている方々には謝罪回りを、他の方々にはお手紙で。それで終わりです」
菅原の読みは外れた。
有名な配信者は、俺の記事を見つけSNSで批判した。万バズもいいところ。炎上に次ぐ炎上。大炎上だ。菅原はSNSに疎い。読みが外れるのは当然ではあった。
俺のSNSのアカウントは晒され、御影家には苦情の電話が殺到。俺のマンションの住所までネット上で公開された。
マンションの前では、配信者たちが俺が出てくるのを待っている。
“終わる”ってこういうことなんだ。そう思った。
御影家を背負うのは俺だと思っていた。俺しかいないと思っていた。でも自分がそれをぶち壊す側になるなんて思いもしなかった。
菅原からの電話も、インターホンの連打も無視した。合わせる顔がない。というか、俺といることを誰かに見られたら菅原にまで火の粉が飛ぶんじゃないか。それも怖かった。
カーテンを閉め、薄暗い部屋でただ茫然としていた。
親父が生きてたら、俺に何て声をかけたんだろう。
「だからお前はポンコツなんだ」とか言ったのか?自分だって隠し子がいるくせに。でも親父ならきっと上手くやるんだろう。こんな記事が出ることもなかったと思う。そう考えると俺はやっぱりポンコツなのかもしれない。
インターホンが鳴り、ドアの前に置かれた食事を取りに行く。
外にも出られない。菅原にも会えない。食べることでしか紛らわすことができない。
「便利な世の中だな。玄関まで飯が運ばれてくるんだから……」
そう呟いても何も返ってこない。当たり前だ。俺のこんな姿を見たらあいつは何て言うんだ。
「何を落ち込んでいるんですか」とか?
会いたい。菅原に。隣にいるのに。隣にいるのに会えない。会うことができない。
何をやってんだよ、俺は。俺のせいであいつは仕事を失うかもしれない。俺のせいで。
腹がいっぱいになってソファに寝転がる。気づいたら眠っていた。
インターホンの音で目が覚める。
菅原だ。
画面に映る菅原を指で撫でる。
今外に出れば、そこにいる。
話したい。抱きしめたい。
でも無理だ。もう無理なんだよ。
ドアを叩く音がする。
ゆっくりと近づき、ドアに掌をつける。菅原がドアを叩く振動が身体に響く。
それだけで十分な気がした。
♢ ♢ ♢
今が朝なのか昼なのか、それすらもわからない。ただ食って寝て。それだけを繰り返した。
突然、電話が鳴る。菅原か?
友達だ。“碌でもない友人”。菅原がコンビニでバイトしてるのを教えてくれたあの。
「……もしもし」
「もしもし?じゃねぇよ紫門。何やってんだよお前。大炎上じゃん。マジでウケる。だから女の子たち怒らせんなよって言ったんだよ。リスクマネージメント力皆無だな。親父さんのこと、落ち着いたら連絡しようと思ってた。大変だったな」
「お前、週刊誌と繋がってねぇよな?」
「俺?俺~?繋がってまーす!嘘嘘!」
「は?ふざけんなよ。そういう嘘はやめろよ。つーか、お前、見かけによらずいいヤツなんだな……」
「見かけによらず?見かけによるだろ。今日電話したのはさ、あ、ちょっと、ちょっと待っ」
「紫門さん?何をやってるんですかぁ!」
菅原だ。思わず黙る。
「ひかりっち!ひかりっち!事情を説明してからじゃないと!俺が騙したみたいになっちゃうから!おい!」
後ろから友達の声が聞こえる。ひかりっちって何だよ。何でお前ら仲良しになってんだよ!
「紫門さんが電話に出ないから、お友達を探して電話してもらったんですよ!もしかしたら出るかと思って!」
心配してる。菅原が俺のことを心配している。
「紫門さん、よく聞いてください!第二弾が出ます!週刊誌、第二弾が!」
目の前が真っ暗になる。思わず電話を切った。その後、何度かかかってきたが、出る気にはなれなかった。
この世界にいる人間は、そんなにも俺のことが嫌いなのか?俺を不幸にしたいのか?
わからない。
動画サイトを開くと流れてくるのは俺を批判するショート動画だ。
「陰陽師の御曹司、下半身がすでに呪われていた!?」
思わず笑う。
コメント欄を開くと、みんな同じように笑っていた。
そうか、おもちゃにしたいのか。かつて炎上していたヤツらも、いつの間にか忘れられ、話題にすらならない。俺もそいつらと同じでただおもちゃにされ、笑われ、忘れ去られるのか。
罪を犯したわけじゃない。ただ女と遊んだだけで。俺は悪くない。俺は。
「この方たちも苦しんでいたかもしれない。あなたからの連絡を待ち、泣いていたのかもしれませんよ」
ふと菅原の言葉がよぎる。
あいつらみんな苦しんでいた?俺のことが好きで、連絡を待って泣いていた?
でも、だからって、週刊誌に俺を売っていいのか。そんなの許されるのか。
わからない。俺も悪いのかもしれない。でも、じゃああいつらは俺の本当を一度でも見ようとしたのか。俺のことを知ろうとしたのか。いや違う。俺が見せなかった。見せられなかった。見えないこと、祓えないこと。一番の秘密を隠してどうやって俺を見せる。見た目だけ。家柄だけ。それに飛びついてきたお前らも、俺と同罪だろ。
こんなことになっても、女たちに申し訳ないと思えない自分が嫌になる。
じゃあ、どうすればいい。一人一人に謝罪する?何を。何を謝ればいい。そんな気もないのに抱いて悪かった。連絡しなくてごめんね。彼氏でもないのに?
菅原に言ったら引くのか?「最低ですね!」とか言うのか?わからない。
もう終わってんだから、どうでもいいだろ。
俺の人生は終わった。始まってもないのに。
あぁ、菅原と沖縄に行きたかった。夜通し映画を観たかった。ポテチを食って、コーラを飲んで。
……いや、待てよ。もう菅原と会えないのか?
会えないだろ。俺はもう陰陽師として活動できない。活動できたとしても、何年先かもわからない。菅原がその間、俺を待つわけがない。あいつは俺のマネージャーで、俺のことを何とも思っていない。仕事がなくなれば俺の元から去っていく。未練もなく。
そうだ。親父の遺産で、菅原の寺を買うか。そしたらあいつ、もう俺から離れられない。それならいいじゃん。
でも、きっと怒る。絶対に怒る。そんな考えで買ったと知られたら、嫌われるかもしれない。自分が気持ち悪い。ただただ気持ち悪い。
そもそも、俺はなぜこんなにも菅原に執着している?俺の秘密を知っているから?
あいつが離れていくことがなぜこんなにも耐えられない?
スマホを開く。墓参りに行った日、菅原が撮った写真を見る。サングラスをかけた俺たち。笑う菅原。俺も笑っていた。
わからない。なぜこんなにも執着しているのか。
執着。
その言葉をスマホで検索する。
「仏教における執着?」
『世の中は常に変化し(無常)、人の気持ちや状況は移り変わる。しかし、執着している心は「変わらないでほしい」「思い通りにしたい」と願う』
「つまり俺は、あいつに変わらないでほしいと願ってるのか?俺たちの関係を?マネージャーと俺のままで?それが思い通りにしたいってことなのか?」
スマホを床にぶん投げる。
「あぁ!わかんねぇよ。もう何もわかんねぇ……」
そう叫んで頭を抱える。やっぱり返事はなかった。




