第五十九話 俺には望めよ
「紫門さん、週刊誌から事実確認の連絡が来ています」
朝、車に乗り込むと菅原がそう言った。
「……は?何だって?」
「週刊誌から事実確認の連絡が来ています。一旦、御影家の事務所に行きましょう。反論等あればそこで」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待てよ。反論って何だよ。何を反論するって?」
「とにかく事務所に向かいます」
菅原がアクセルを踏む。
御影家に着くと、菅原がセカセカと歩いて行く。その背中を追いかける。
「だから何だって?週刊誌って何だよ。隠し子の話か?嗣御の話?“御影家の御曹司、もう一人いた!”とかそんな話か?」
「違います。紫門さんのことです」
「お、俺?俺が何?イケメンすぎる御曹司シリーズとか?」
「……」
「ふざけてる場合じゃねぇってことか」
「はい」
菅原が差し出した資料を見て驚く。
俺の写真だ。俺の写真というか、数多の女が撮った俺の写真だ。
半裸で眠る俺。女を抱きしめて眠る俺。
俺、女、俺、女。
「な、何でこんなのが表に出てるんだよ」
「これを撮った人々が売ったんでしょう。ある程度報酬があるのでは?」
「いや、いや、こんなのは昔の話で。今は。今は」
「今はそうでなくても、かつてはそうだった。それを拾われたんでしょう」
こいつら、俺のこと好きとか言ってたよな?それなのにどうして写真を売った?
「俺、こいつらに何か悪いことしたか?」
「既読無視、突然関係を切る。そういったことをしたとか?」
「親父が死んだ夜、全員をブロックした。呑気に連絡をしてきて……俺の苦しみも知らずに……」
「この方たちも苦しんでいたかもしれない。あなたからの連絡を待ち、泣いていたのかもしれませんよ。好きが執着に変わり、執着が恨みに変わる」
「だからって、だからって」
菅原が写真をペラペラとめくる。
「見んなよ。見んなって」
見せたくない。俺のそんな姿。他の女を抱いて眠る姿。こいつにだけは見られたくなかった。
「すみません。一応マネージャーとしてAIで生成されたものではないか確認しようと思いまして」
何とも思わねぇのかよ。俺のそんな姿を見て。少し胸が痛んだりしねぇのかよ。
「ど、どうすんだよ。どうやったら取り消せる?」
「取り消す?取り消すとは?」
「こんなのが世に出たら俺はどうなる?」
「どうなる。どうなる……叩かれる?法を犯しているわけではないんですけどね」
「そうだろ。ただ女遊びが過ぎたというか……でもマジで今はこんなことしてない。こんなこと!」
机の上の資料をバンと叩く。
「しかし、過去からは逃れられない、ということなのでしょうね」
「お前さっきから何なんだよ!マネージャーだろ!何を悟ってんだよ」
「これが事実なら事実と答えるしかない。事実ではないなら事実ではないと答える。そのどちらかなのでは」
「じ、事実だよ。これもこれもこれも、全部俺だ。女に撮られた俺だ」
「では事実ですと答えるしかない」
「どうにもなんねぇの?」
「うーん。事実なら難しいのでは?訴えるという手もあるんでしょうけど。敵が大きすぎる。ここは素直に認めて嵐が過ぎるのを待つしかないのでは?」
「人生がかかってんだぞ。嵐が過ぎるのを待つって……」
「人生がかかってる?」
「そうだろ。俺の人生が」
「なるほど」
「なるほどじゃねぇよ」
「では、事実と回答しますよ」
そう言ってスマホを手に取る。
「待ってくれ。マジでどうにもなんねぇの?つーかヤバくねぇか?見たことあんだろ。不倫で叩かれてたヤツら。あんな風に俺も叩かれんのか?」
「その可能性はあります」
「どうすればいい?菅原、俺どうすればいいんだよ」
「認めるしかありません。認めるしか」
「無理だろ。どうなっちまうんだよ俺」
手が震える。俺だけの話じゃない。御影家の話でもある。菅原の話でもある。だって俺の仕事がなくなれば、こいつの仕事もなくなる。
「お前だって影響があんだぞ。依頼がなくなったらどうすんだよ」
「どうしましょうかね」
「おかしいだろお前。わかってんのか?この状況」
「紫門さんが蒔いた種ですよ」
「今何つった?」
「紫門さんが蒔いた種ですよ」
「お前マネージャーだろ!マネージャーならもっと、もっとさぁ!」
「可哀想に……とか言ってほしいんですか?私が今同情しても紫門さんが数多の女を抱いてきた事実は変わりませんよ」
「カッ!お前!お前マジで!」
菅原が机の上の写真を指差す。
「事後、これも事後、これも事後でしょう!」
「事後とか言うなよ!」
「男と女が裸で抱き合うなんて事後でしょう」
「そういうこと言ってんじゃねぇんだよ。事後とか事後じゃねぇとか。お前にも影響があんだぞって」
「じゃあこの引き出しから過去に戻って女を抱こうとする自分を止めてきたらいいじゃないですか!」
菅原が引き出しをバーンと開けて叫ぶ。
「お前はマジで何を言ってんだよ」
「認めるしかないでしょう!この引き出しに入ることはできない。過去に戻って自分を止めることなんてできない。なら認めるしかない。今できるのはそれしかない」
「マネージャーなら何かしら手を打とうとするだろ!弁護士を頼んだりとか」
「弁護士に頼もうが、事実は事実なんですよ。今もライターたちは、紫門さんに抱かれた女から写真を集めているかもしれない。これよりヤバい記事がこの後ろに控えているかもしれない」
「ヤバい記事?」
「はい」
「俺に力がないとか?」
「さすがにそれはないかと。知っている人間が限られている」
「じゃあ何だよ」
「そんなのはわかりません。だから今、火が小さなうちに認める。それが今できるベストだと思います」
「なるほど……」
「では、回答しますよ」
「待て、待ってくれ。菅原、ひとつだけ聞いてくれ。俺マジで今は誰とも連絡を取ってない。誰とも。ほら見ろよ」
菅原にスマホを差し出し、フレンド一覧を見せる。
「女はお前だけだ。お前だけなんだって」
「わかりました。でもそれが何だって言うんですか?」
「何って。お前だけなんだって」
「私だけだから何だって言うんですか?」
「だ、だからお前だけなんだって!」
「マネージャーだから当たり前ですよ」
マネージャー。そうだ。マネージャーだから残した。連絡ができなくなると困るから。
「そうだったな。そうだった」
「じゃあ回答しますよ」
そう言って電話をかけ、片方の手で俺の写真を机の上に広げる。
情けない。こんな姿をこいつに見られて。女の腕に抱かれ眠る情けない顔の自分にただただ腹が立つ。
電話を切った菅原が写真と資料をまとめ、封筒にしまった。
「失望した?」
「いえ、別に」
失望される方がずっと楽だった。平気そうな顔をされるより。
「失望しろよ。マネージャーだろ。お前にも影響があんだぞ」
「失望というのは、望みを失うと書きます」
「何だよ、説教か?」
「あなたには何も望んでいません。だから失うものは最初からありません」
「な、何だよそれ!」
傷ついた。マジで傷ついた。何も望んでない?
「紫門さんに対してだけではありません。誰にも何も望んでいない。それが私の生き方なんです」
「どうして望まない。俺には望めよ」
「失望しないように。望みは叶わないから。望んでも願っても母は迎えにこない。望んでも願っても育ての親は死ぬ。望んでも願っても寺は買われる。私の望みは叶わないようにできている」
「な、何だよそれ。そんなことねぇだろ。テオが欲しいって言ってただろ。酔っ払って。じゃあ俺がなってやるよ」
「その話はやめてください。恥ずかしいので。酔っている時の発言はノーカンですよ」
「望みがねぇとか言うなよ。俺はお前を裏切らねぇよ」
「いや、こんなものの前でそんなことを言われましても……」
そう言って封筒を指差す。
「これは、これはそうなんだけど。いや、そうだよな。俺は、俺はこんな人間なんだ」
「こんな人間だった、でいいんじゃないでしょうか。今は違うんでしょう?自分がそう思うなら、それでいいと思います」
「綺麗事言うなよ。俺がそれでよくても、世間は許さねぇだろ。お前がたった今事実ですって言っちまったしな!」
「そうですね。言っちまいましたね。そして世間は許さない」
「煽ってんのか?」
「これからのことを考えるいい機会なのでは?しばらく忙しかったし」
「ふざけんなよマジで」
「ふざけてませんよ。写経とかしますか?教えますよ」
ニヤリと笑い、俺を見る菅原に腹が立った。明日から俺の人生が変わるかもしれないのに、他人事みたいに笑うこの女に。
「どうすんだよ」
「どうしましょうかね」
どうしようもない。やっぱり俺はどうしようもない男だ。ポンコツだ。
でも、いつも通り菅原がいる。
菅原がいた。




