第五十八話 こんな感じだろ
久々の依頼だ。いや、親父が死んで初めての依頼。相続とかそのへんのゴタゴタは片付いているようで片付いていない。
嗣御とはあれから会ってすらいない。
菅原がナビに住所を打ち込んでいる。
「あれ、この道ナビには表示されない」
「最近できた道なんだろ。もうこのナビも古いし、スマホの地図でもいいんじゃねぇの。ダッシュボードにスマホ付けられるやつ買うか?」
「スマホの地図だとわからなくなるんですよ。車のナビは地図だけだけど、スマホは色々じゃないですか」
「何を言ってんだお前は」
「私的にスマホは地図じゃないんです」
相変わらずよくわからない。
「ナビを更新するのはどうでしょう。三万円ほどかかりますが。毎日使うものですし」
「いっそ車を買い替えるとか?社用車だし。心機一転さ」
「まだ乗れますよ。それにこの車、気に入っているので」
「何で?」
「免許取って初めて運転した車がこれなので。相棒みたいな」
「は?じゃあ、マネージャーになるまで人を乗せて運転したことなかったのか?」
「教習車では乗せてましたよ」
「それは当たり前だろ。でも最初から運転上手かったな、お前」
ドヤ顔でこっちを見てくる。
「センス、でしょうね」
「へぇ。じゃあ俺はセンスある?」
「運転ですか?運転はまぁ」
「それ以外は?何かセンスがあるって思うこと」
「それ以外?うーん」
腕を組み、口を尖らせ考えている。
「何でもいい。悪いことでもいいぞ」
「悪いこと?余計に難しい」
答えなんてなくてもよかった。俺にセンスがあってもなくても。ただ、菅原が俺のことを一生懸命考えているこの時間がずっと続けばいいと思った。
ポツポツと音がし始める。フロントガラスに雨粒が付いている。
「雨が降ってきた!早く行かないと」
慌てたように菅原がそう言った。
♢ ♢ ♢
「この度はご愁傷様でした」
依頼人がそう言って深々と頭を下げる。その日から、生前の親父の話を嫌というほど聞いた。そしていつも通り、俺が祓ったフリをして、菅原が祓う。
「俺は親父みたいにできる気がしねぇわ」
ハンバーグとステーキのセットを食べる菅原が顔を上げる。
「お父様みたいにやろうと思ってたんですか?」
「いや、そういうわけじゃねぇけど」
「じゃあいいじゃないですか。あ、ドリンク取ってきましょうか?」
「いい。俺が取ってくる。菅原は何飲むんだ?」
「野菜ジュースで。野菜が足りてないので」
ドリンクバーの前、野菜ジュースをコップに注ぐ。
「野菜ジュースで野菜食った気になってんのか、あいつ。こんなの野菜って言わねぇだろ」
足にドンと衝撃が走る。
振り返り、下を向くとガキが鼻を押さえて立っていた。
「いたい」
「お前がぶつかってきたんだろ」
ガキとはいえ容赦しない。それが俺だ。
「痛いか?見せてみろ」
しゃがんでガキの顔を覗き込む。
気が付くと、スープのカップを持った菅原が横に立っていた。
「何をしているんですか?」
「こいつがぶつかってきた」
菅原がガキに話しかける。
「お父さんか、お母さんはどちらにいらっしゃいますか?」
敬語で話しかけられ、黙るガキ。
「もっとガキ扱いしてやれよ」
「ガキって言わないで!」
ガキが叫ぶ。
「じゃあなんだ。Young manか?」
「何を言っているんですか」
「は?」
「危ないから走ったらダメですよ。すっ転んで頭が割れます。私も経験があります。あれは六歳の頃。お寺の床。その時縫った傷、まだあるんですよ。触ってみます?」
ギョッとした顔で首を振るガキ。
「ここはお寺の床よりずっと滑りますから」
何度も頷いて席に戻っていくガキの背中を見つめる。
「お前、何か変だろ」
席に戻り、菅原の前に野菜ジュースを置く。
「ありがとうございます。変?何が?」
「注意の仕方?」
「注意ではありません。共有です。己の失敗をあの子と共有した」
「へ、へぇ……」
「あれは痛かった」
「傷はどこにある?」
「髪の毛で見えづらいですが、多分このへんに」
「触ってもいい?」
「え?あ、はい」
菅原が頭を差し出す。髪の中に手を入れ、傷跡に触れる。少しだけボコッとしていた。
「マジじゃん」
「マジですよ。縫ったんですから」
「泣いた?」
「泣いてません」
「強……」
「泣いてもどうにもならないんで」
そう呟き、野菜ジュースを飲む。
「でも墓の前では泣いてたじゃん」
「墓の前?」
「前に行っただろ。一緒に。育ての親の尼さんの墓。線香あげて、手を合わせて。その時泣いてただろ」
「そうですね。それが何か?」
「別に何ってわけじゃないけど」
「俺がいたから泣いたのかなって」
「紫門さんが?」
「前に車の中で泣いた時もそうだ。どうしたらいいのかわからないって。あれも俺がいたから泣いたんじゃ?」
「そこがイコールになる意味がわかりません。あなたに見せていないだけで、他の場所でも泣いているかもしれませんよ」
「泣いてないだろ。だって俺たちずっと一緒にいるし」
「あの時、どうして自分が泣いたのかわかりません。理由を問われても、勝手に涙が出たからとしか答えられない。というか、紫門さんがいたから泣いたとして、それに何の意味が?」
「意味……わかんねぇけど、頭が割れてんのに泣いても仕方がないと思うようなヤツが、俺の前でなら泣けるなら、それはいいことなんじゃないかって」
「いいこと?」
「そうだ。あぁ、わっかんねぇ。自分でも何が言いたいのかわからねぇ。でも、俺の前では我慢すんなってことだ。俺が菅原の前で我慢できないみたいに」
「私はマネージャーなので、あなたが私に頼るのは当たり前のことです」
「俺だってお前のマネージャーみたいなもんだろ。最近は何もやってねぇけど」
「マネージャー(仮)ですよ」
「何だよ(仮)って」
「正式に雇ったわけじゃないですし」
「いや、そうだけど」
「それに最近は一人で色々できるようになってるし。こないだSNSに上げたやつなんて二万いいねもありましたよ」
「は!?」
「あ、見せてなかったですよね。紫門さん、忙しかったから」
「ちゃんと言えよ。寂しいだろ、そんなの」
「寂しい?何を言ってるんですか?」
菅原がスマホを差し出す。
「うわ、マジだ。ちょっと読むわ」
あぁ、やっぱり面白い。マジで才能があるわ、こいつ。
「続きが気になりすぎるわ。漫画家になれんじゃねぇか」
「そうですね」
ふと思う。こいつにマジで才能があるとして、俺がマネージャーでいろと言うことが、こいつの未来を邪魔することになるんじゃないか。
「菅原、マネージャー辞めたい?」
「辞めて何をするんですか。金を稼がないといけないんですよ、私は」
「だよな」
安心する。安心してしまった。
さっきのガキが親とレジに歩いていくのが見えた。俺と菅原をチラリと見て、目を逸らす。
「家族連れが多いな」
「ファミレスですからね」
「菅原って結婚したいとか思うわけ?」
「結婚?想像がつかないですね」
「俺も……」
おしぼりが入っていたビニールの袋を細長く折りたたんで輪っかを作って縛る。
「菅原、左手を貸せ」
「え?はい」
菅原が左手を差し出す。
その薬指に、おしぼりの袋で作った指輪を通す。
「こんな感じだろ。結婚って」
掌をかざし、マジマジと指輪を見る菅原。
「こんな感じなんでしょうね。ドリンク取ってきます。次は何にしようかな」
指輪を付けたまま、菅原が立ち上がる。
「俺も行く」
「取ってきますよ」
「いい。俺も行く」
ドリンクバーの前、透明のコップにオレンジ色の野菜ジュースを注いだ。




