第五十七話 ふたりぼっち
「つーか、何で親父は車をあげたんだ?大学の金も出さなかったのに」
「仕事を辞めようと思った」
「は?どういうこと?」
菅原をチラリと見ると、サンドイッチに齧り付いている。
「仕事を辞めようと思って、就職先を求めて親父に泣きついた。恥を忍んでな。初めてだった。あいつに何かを求めるのは」
「なるほど……親父ならいくらでも伝手がありそうだしな。俺でもそうするわ。いや、だからそれと車、何の関係がある?」
嗣御がシャツの袖を捲る。時計だ。親父の時計。
「その時に、この時計と車を貰った」
「意味がわからねぇ」
「これを元手に金を作ってみろって。そう言われた」
「……は?就職先を求めたのに、渡されたのが時計と車?それで金を作れと?」
「そう。俺の息子ならできるだろうって」
「親父らしいな、マジで」
「贈与税はどうしました?生前贈与でしょう」
菅原がサンドイッチを置き、そう尋ねた。
「税理士が来て、何か色々手続きした。多分払ってる」
「それで?どうしたんだよ。二つとも手元にあるってことは金にはしなかったってことか?何で売らなかった?」
「できなかった。これらをどう売ったらいいかもわからない。金ができても、それをどう増やしたらいいのかもわからない」
あぁ、親父の金を作り出す能力を俺もこいつも引き継げなかったんだ。
「あの、さっき株のことを知らなかったって言っていましたけど、御影家が株式会社になったのは嗣御さんが生まれてすぐなんです。お二人とも、赤ん坊の頃から株主なんですよ。お父様が資金贈与して、お二人は出資金を払った。しかし、赤ん坊がそんな手続きをすることは不可能です。つまり、嗣御さんのお母様が法定代理人としてその手続きをしているはずです。お母様から何も聞いていなかったんですか?」
「やけに詳しいな。そうだ。母親は俺に何も言わなかった」
「なぜ?」
菅原の顔をジッと見る嗣御。
「わからない。菅原だっけ?マネージャーにしておくには勿体ないんじゃないか?あんた、一人でも稼げるだろ」
「何を言ってんだよ。こいつは確かに仕事ができる。でも俺たちは補い合ってんだよ。俺だってこいつのマネージャーみたいなもんなんだよ」
「どういうことだ?」
「言わねぇ。俺たちだけの秘密だ」
店長も母さんも知ってるけど。
「秘密?意味がわからない。二人で陰陽師以外にも何かやってるってことか?」
「言わねぇっつってんだろ。でもそうだ。他にもやってることがある。言わねぇけどな」
漫画のことをこいつには言いたくなかった。バカにされるから?わからない。別にバカにされてもいい。でも、漫画を描いている菅原をバカにされるのは腹が立つ。
「へぇ。じゃあ、菅原は陰陽師になりたいわけじゃないんだ?」
「おい!呼び捨てにしてんじゃねぇよ」
「はい。私は陰陽師になりたいわけではありません。元々」
「じゃあ何で御影家に来たわけ?」
「知りたかった。この力の意味を。でも別に意味なんてなかった。というか、そんなこと考えていられないくらい忙しいんですよ」
「意味なんてない、ねぇ。俺には意味がある。金を稼ぐ力はないとわかった。仕事は辞めたい。でも力はある。ならこの力を使う場所が欲しい」
「……なるほど」
しばしの沈黙。
「何が言いてぇんだよ。乗っ取るつもりか?御影家を」
「乗っ取る?無理だろうな。お前がいる。お前が。俺がのこのこ出て行ったところで俺を選ぶ人間はいない」
「たしかに!たしかにそうだな!」
やっぱり御影家を継ぐのは俺しかいない。俺しか。俺しか……菅原がいる、俺しか……。
「まぁ、いつまでも二人でやってけるかって話だろ?いつまでもこいつのマネージャーでいるのか?死ぬまで?」
そう言ってニヤリと笑う嗣御。親父に似ている、この笑い方。
「先のことはわかりません」
菅原がそう言った。
「先のことはわからない……」
ソファ席に深く座り込み、そう呟く。
「傷ついてんじゃん。そうだよな。菅原がいないとどうにもならないもんな」
「そうだ。俺は菅原がいないとどうにもならない」
「プライドとかねぇのか?」
「雇ってほしいということですか?紫門さんが継いだ御影家に。陰陽師として雇ってほしい。違いますか?」
菅原が嗣御をジッと見つめる。
「プライドがあるからな、俺には」
そう言って肩をすくめ、笑う嗣御。
「兄貴に雇われて陰陽師をやる。それは俺のプライドが許さない。そうだろ?こいつは好き放題金を使ってきた。そんなヤツの下で働く?そんなの無理だろ。反吐が出る」
「紫門さんだって苦悩してきたと思いますよ。確かに金は好き放題使っていたかもしれません。でも、留学していたのも力がないことを隠すためです。お父様が決めたことで、紫門さんの意思ではありません」
あぁ、わかっていた。菅原は。それだけで今日はもう十分だった。
「じゃあどうすんだよ。個人で陰陽師をやんのか?」
「お前には言わない」
「何だよそれ。お前マジで何しに来たんだよ」
「さっきも言ったけど、見に来たんだよ。兄貴と、力のあるマネージャーを」
「わけがわからない……」
「俺はわかった。色々と。じゃ」
テーブルに千円札を叩きつけ、店から出ていく嗣御。
「何だったんだ、マジで」
「見にきたんでしょうね、色々を」
「俺とあいつって似てる?」
「紫門さんと嗣御さんですか?うーん、まぁ雰囲気は似てるかもしれませんね。でも中身は違うと思います」
「だよなぁ!」
「はい」
「じゃあどっちがタイプ?」
「何を言っているんですか。ふざけたことを言ってないで早く食べてください」
「何だよ。教えろよ」
「ハッキリ言って、どちらもタイプじゃありません」
鉄板でぶん殴られたような衝撃が頭に走る。
「な、何だそれ……」
「好きなタイプとかないんですよ、そもそも」
「そもそも……?」
「逆に紫門さんはあるんですか?あるんでしょうけど」
「俺……?」
前は、綺麗な女がタイプだった。スタイルがいいとか。タイプというか、そういう女が寄ってくる俺が俺には必要だった。見た目だけが俺の誇れる部分だったから。その誇りを見失わないために、綺麗な女を求めていたんだと思う。じゃあ、今の俺は。
「俺は……変なヤツがタイプかもしれない」
「何ですかそれ。変なヤツって。紫門さんみたいな人間がタイプってことですか?」
「お前、俺のこと変なヤツだと思ってんのか?」
「はい」
「俺、変なんだ」
「はい」
「なんか嬉しいわ」
「それはよかったです」
菅原がアイスティーの氷をストローで突く。
「変なヤツ、見つかるといいですね」
「いるだろ」
「どこかしらにはいると思いますよ」
「もういる」
「彼女さんですか?」
「違ぇよ」
何もわかってねぇ。この変なヤツは。
待て、俺はこの変なヤツがタイプなのか?この目の前で氷を突くこの女が?
俺が?
この俺が?
「菅原」
菅原が顔を上げ、こっちを見る。
「違ぇな。違う。そんなわけがない」
菅原の顔を見ながらそう呟く。
「何が違うんですか?」
「何でもない」
「でもよかったですね」
「何が?」
「弟がいて。ひとりぼっちじゃない」
「そうか?」
「私にはいないです。一人っ子だし、父親は行方知らずだし、母親はあんなだし。育ての親も死んじゃったし。私ずっとひとりぼっちなんですよ」
「俺がいるだろ。俺が」
「紫門さんが?」
「そうだ。お前は俺のマネージャーなんだよ。それに俺はお前のマネージャーだ。漫画家のお前のな」
「確かにそうかもしれませんね。でもまぁ、ひとりぼっちも嫌いじゃないんです」
菅原がそう言って笑う。でも俺は知っている。墓の前で泣いていた菅原を。一人でどうにもならなくて涙を溢した菅原を。酔っぱらってテオが欲しいと言った菅原を。
「ふたりぼっちはどうだ?」
「何ですかそれ」
「二人でぼっちだよ。俺もお前も、二人でぼっち」
「意味がわからない。さくらんぼってことですか?」
「さくらんぼ?」
「上で繋がってるけど、分かれてるみたいな」
「よくわかんねぇけど多分そうだ。喫茶店のプリンの上に乗ってるやつな」
「独特な味がするやつだ」
菅原が笑う。
さくらんぼでも何でもいい。菅原が俺の横にいれば。




