第五十一話 明日も明後日も
「ひかりちゃん、あの……父さんはそんなこと一言も私に言わなかったわ。息子に力があるなんて。妾がいることも、その人に子どもができたこともあの人は馬鹿正直に私に言ったわ。いえ、違う。違うのよ。私より先にあの人は父さんと出会って、そして関係があった。きっと結婚するつもりだったのよ。でも、家の決まりで私と結婚して……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。言ってることがよくわからない。もう少し整理させてくれ。親父は母さんと出会う前からあの愛人と付き合っていて結婚するつもりだった。でも、御影家の決まりで選ばれた母さんと結婚したってことか?そして親父はそれを馬鹿正直に母さんに全部話してた。それなのに、息子に力があることは母さんに言わなかったってことか?」
「そ、そう。そうよ……」
「何でそんなにはいはい受け入れてんだよ!!!プライドとかねぇのかよ!!!マジで。俺は何も知らずにここまで生きてきたってことかよ。おい!俺がどんな気持ちで生きてきたかわかってんのか!俺が、俺が!!!俺に力がないことでどれだけ悩んだか!!!」
「紫門さん、落ち着いてください」
菅原がそう言って俺の腕を掴む。
「落ち着けるわけがねぇだろ!!!」
そう怒鳴って菅原の手を払いのける。
「ごめん。ごめんなさい……ごめんなさい……」
そう言って泣き崩れる母を睨みつけることしかできない。責めたいわけじゃない。泣かせたいわけでもない。でもこの感情をどこにぶつけたらいいかもわからない。
「お母様にだって紫門さんと同じように葛藤はあったはずです。お母様にだってきっと好きなことや、やりたいことがあったはずです」
「そんなのはわかってんだよ。でもだからって他に女がいるとか、そいつに子どもがいるとか受け入れてんじゃねぇよって。何も知らねぇんだぞ、俺は。俺だけが!」
「紫門、本当にごめんなさい。ごめんなさい。でも聞いて。あなたを産んだことを後悔した日なんて一度もないわ。それだけは本当よ」
「何だよそれ……」
そんなことを言われたらもう何も言えねぇだろ。
「お父様がなぜ愛人の息子に力があることを黙っていたのか、それはもう誰にもわかりません。死人に口なしです」
「相変わらず容赦ねぇな、お前」
「しかし、愛人の息子に力がある。この事実は変わりません。この事実をどう捉えるか。それがこれからの問題です」
「大問題じゃねぇか」
「と、父さんは、この家を、御影家を紫門に継がせると言っていたわ。ずっと、ずっとそう言っていた」
「そりゃそうだろ。“実の息子に力がないから愛人の子に継がせます”なんて親父が言うわけがねぇだろ。俺に力がないことをみんなに黙っていた。そして愛人がいた。そんなことを周りの人間に言うわけがない。親父は自分の株が下がることはしない」
「なるほど、お父様も詰んでいたのですね」
真剣な顔でそんなことを言う菅原に思わず吹き出す。
「お前、マジでさっきから何なんだよ。はは……ははは……」
「何を笑っているんですか?こんな時に」
「お前に言われたくねぇよ」
「ひかりちゃん、私たちこれから、ど、どうしたらいいのかしら。どうしたら。情けない。情けないわ。何も浮かばない自分が情けないわ」
そう言って頭を抱える母さんをただ見つめることしかできない。俺もわからない。何をどうしたらこの問題が解決するのか。
「まず、あの息子について調べる必要があります。これから相続についての話し合いが始まりますよね?まずはあの息子について調べる。そして、お父様の遺言状を確認する」
「ひかりちゃん、あの。あの人、遺言状残してないの。残してなかったの。私もてっきりあるものだと思っていた。でも、うちの行政書士に聞いたらないって言われて」
「……ない!?」
菅原が叫ぶ。
「……ない!?」
また菅原が叫び、母が頷く。
「この規模の家で、ない!?」
もう一度菅原が叫び、また母が頷いた。
「マジで詰んでたっぽいですね、お父様。考えてはいたんでしょうけど……。視える祓える私が現れなかったらどうしていたんでしょうか」
ボソボソと呟き頭を抱える菅原。俺はその言葉に固まった。菅原が現れなかったらどうなっていた。親父だけじゃない。俺も詰んでいた。菅原がいなかったら俺は今頃何をしていたんだろうか。ポンコツのまま何もできず、何も知らないまま生きていたのか。店長にも会えず、自分が何者かもわからず。いや、自分が何者かは今でもわからない。
怖い。そんなのは怖い。菅原がいてよかった。菅原がいなかったら。
「とりあえず、愛人の息子について調べましょう。御影家の色々は使えませんよね。バレたら色々と困るので」
「ケンちゃん、ケンちゃんに頼む。あの人なら多分やってくれる」
「ケンちゃん?あぁ、ケンジさんね。私が連絡するわ。私もね、あの人にはお世話になっているから」
「え、そうなの?知らなかった。じゃあ頼んだ。母さんに頼む。いいよな?菅原」
「はい。お願いしましょう」
「それで俺たちは何をするんだよ」
「これからどうするか、考える」
「これから……?」
「はい」
「待って、二人とも。今日は寝ましょう。もう遅いわ。家に帰って寝なさい」
「いや、俺はここに泊まる。一人じゃ心細いだろ」
「大丈夫よ。今日は二人にさせて。父さんと。言えなかったこと全部言ってやるわ。どうせ何も返ってこない。何も返ってこないけど、言いたいの」
そう言って母さんは白い布に包まれた骨壷の入った箱を見つめる。
「帰りましょう、紫門さん。帰って寝ましょう」
そう言って俺の肩に手を置く菅原。
「わかった」
車に乗り込みマンションに向かう。
「コンビニで何か買って帰りますか?」
「いや、いい」
「わかりました」
「菅原。俺、家に帰りたくない」
「なるほど。じゃあ河原で寝ますか?橋の下とかおすすめですよ」
「何を言ってんだよお前は。本当変なヤツだな。一人で眠れる気がしねぇんだよ」
「一人で眠れない?じゃあ紫門さんの部屋に泊まりましょう。紫門さんはベッドで、私はソファで寝ましょう」
「アシタカみてぇだな」
「何を言ってるんですか?意味がわからない」
「は?サンは森で、わたしはタタラバで暮らそうってセリフがあるだろ」
「知りません」
「は!?お前観たことねぇの!?もののけ姫」
「ないです。寺にテレビはなかったので」
「マジかよ。おい菅原、レンタルするぞ」
嫌がる菅原を引きずり、DVDを借りてマンションに戻る。
自分の部屋でシャワーを浴びた菅原が俺の部屋に来る。
「もう眠いんですけど」
そう言って不機嫌な顔で俺を見る菅原。
「いいから。眠かったら途中で寝ていい。少しでいいから」
暗い部屋。二人でソファに座り再生ボタンを押す。
菅原は何も言わずただ見ていた。
いや、何度か「私もヤックルで移動したい」とか何だとか言ってた気がする。
俺はただ菅原を見ていた。
エンドロールが終わる頃、菅原は俺に寄りかかり眠っていた。
菅原の頭をゆっくり自分の膝の上に乗せる。その髪をしばらく撫でたり指に絡めたりしていた。
「明日は別のやつ見るか?俺が好きなやつ。興味ねぇか」
そんなことを聞くが返事はない。
「明日も明後日もその次もここにいろよ」
菅原が「ん?」と言った。多分寝言だ。でもそれが返事みたいに聞こえた。菅原の唇を指でなぞる。ふと込み上げた感情に慌てて指を離す。
「何だよ。別に何でもねぇよ」
そう呟くと、また菅原が「ん?」と返事をした。




