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陰陽師の名家のイケメンなのに霊力ゼロな俺。全部マネージャーの女が祓ってるけど、アイツ全然可愛くない  作者: かにえR
【第四章 天禍為福】

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第四十七話 それだけで十分だった


菅原はその日、文字通り俺のそばを離れなかった。さすがに男子トイレにまで着いてこようとしたのは止めた。


どうしてそこまでするのか聞いたら、きっとこう言うんだろう。


――マネージャーなので。


通夜が終わり、控室は母さんと俺と菅原の三人だけになった。


「ひかりちゃん、ありがとう。助かったわ。二人とも疲れたでしょう。今夜は帰っていいわ。私はここに泊まるから」


「お母様もお疲れなのでは?」


「私はいいのよ」


「いえ、何かあったら大変です。私たちもここに泊まりましょう。お風呂もありますし」


菅原が指差す方向を見ると、確かに風呂があった。


「菅原の言う通りだ。母さん一人じゃ、何かあった時大変だろ」


「私は……私はいいの」


「いえ、泊まりましょう。店長が先ほど差し入れをたくさんくれたので。何か食べましょう」


菅原がそう言って、レジ袋をガサガサと漁る。


「店長……?」


「あ、お母様はご存じありませんよね。私のバイト先のコンビニのオーナー兼店長です。紫門さんとも仲良しで、一緒にご飯を食べたり、お家に遊びに行ったりしています」


「サンタクロースみたいだよな」


「そうですね。笑い方がフォッフォッフォッフォみたいな感じで」


菅原の店長の物真似に思わず笑う。


そんな俺を見て、母さんは疲れたような顔で微笑んだ。


「よかったわね。色んな出会いがあって」


「そうだな。まぁ、菅原経由だけど」


「ひかりちゃんはどうしてコンビニで?」


「あぁ。菅原が育った寺が売りに出されててさ。それを買い戻すために金を貯めてる。昼も夜も働いて……な?」


頷く菅原。


「そうだったのね……何も知らずにごめんなさいね」


「いえいえ、お父様にも隠していたので。年末調整までには言おうと思っていたのですが……」


「不快に感じてしまったらごめんなさいね。その、お金は貯まりそうなのかしら」


菅原は諦めたような顔で微笑み、首を振った。


居た堪れなくなり、思わず口を開く。


「でも今さ、漫画を描いてて。な? それがSNSで結構話題になってて。収益化の申請もして。もう少しで稼げるようになるんじゃないかと思ってる」


「紫門も一緒にやってるの?」


「あ、俺? うん、まぁ。今はこんな状況だから菅原に任せてるけど。俺も一応」


「紫門さんが見つけてくれたんです。私の才能を。それで、やってみようって言ってくれて」


「そうなのね。いいじゃない。なんだかワクワクするわね」


「早く寺を買い戻せたらいいんだけどな」


「お寺を買い戻したら、ひかりちゃんはお寺に戻ることになるのかしら?」


痛いところを突かれる。


俺は多分、祈るような顔で菅原を見ていたと思う。


「わかりません。まだちょっとわからない。向こうに行って何をするかも決まってないし。それに、それにというか、そもそも買い戻すのがいつになるかも本当にわからなくて。額が大きいですし」


その返答にホッとしている自分がいる。


「じゃあ、しばらくはここで働くつもりなのかしら」


「そうですね。紫門さんのマネージャーとして」


顔を上げると、母さんと目が合った。


何を考えているのかはわからなかった。


俺と同じく、菅原がどこにも行かないことに安心しているのか。


それとも。


「じゃあ、しばらくはこの子をお願いね」


「はい」


シャワーを浴びて風呂場を出ると、菅原が畳の上に布団を敷いていた。


きっちりしている。


旅館みたいだ。


「いや、三人で並んで寝るのかよ」


「ここしかスペースがないので」


「いいじゃない。川の字で。ふふ」


母さんがそう言って笑うのを見て、少し安心した。


親父が死んで悲しんでると思ったから。


「では、消灯いたします」


菅原がそう言って電気を消す。


「なんだよ。消灯いたしますって」


「おやすみなさい」


すぐに菅原の寝息が聞こえてくる。


当たり前だ。


朝から晩まで俺から離れず、絶えず動いていた。


「明日も早いんだっけ?」


「そうね。明日は告別式だから」


「あのさ、母さんは何かやりたいこととかあったわけ? その、親父と結婚しなかったら。普通の家に生まれてたら……」


「そうね、あったわ」


「え!? あったの? 知らなかった……」


「母さんね、珈琲が好きなのよ。でもほら、お父さんはこだわりが強かったでしょ。自分で淹れた珈琲しか飲まない。だから言うに言えなくて。私が淹れる珈琲、美味しいのよ。あの家に生まれなかったら、カフェで働きたかった。美味しい珈琲とケーキ。手作りのケーキよ。海の見える場所で。それが夢だった。許されない夢だった」


「そうだったんだ……俺、何も知らなかった」


「言ってないもの。知らなくて当たり前だわ」


「それ、親父に言ったことはあった?」


「ないわ。だって、きっとこう言うもの。『カフェ? 飲食業の廃業率は十年以内で九割だぞ。金の無駄だ』って。だからね、大事に隠してたのよ。それだけは、その夢だけは貶されたくなかった」


「言いそうだな。マジで言いそう。貶されたくなかった、か。それもわかる気がする。俺も許せなかった。菅原の寺を貶されて」


「ひかりちゃんがお寺を買い戻して向こうに戻ったら、紫門は陰陽師としてやっていけなくなる。それでも、あの子の夢を貶されて怒ったのね」


「自分でもわからない。わからないんだよなぁ」


「わかってないみたいね、本当に」


「わからない。全然」


「何かやりたいことがあるんじゃないの。ひかりちゃんと」


「いや、それはある。さっきも言ったけど、菅原の漫画をたくさんの人に読んでほしい。それはある。あいつ、楽しいって言ったんだ。描くことが。そんなの応援したいだろ。俺は一番のファンだしな」


「どんな漫画を描いてるの?」


「ホラー漫画。『ぼじそわか』って名前。変な名前だよな。般若心経から取ったらしい。意味わかんねぇ。あいつさ、何を描いてもホラーテイストになっちまうんだよ。マジ怖い。まぁ、実際に見えてるからな。めちゃくちゃリアルでさ。漫画になるとマジで面白い。毎度楽しみにしてる」


「そうなのね。楽しそうね、本当。見たことないくらい生き生きしてる」


「誰が? 菅原?」


「紫門が」


「あ、俺? まぁ、そうかもしれない。生まれて初めて俺ができることを見つけたような、そんな感覚はあるかもしれない。あいつは俺のマネージャーだけど、俺もあいつのマネージャーみたいな? 面白いよな、そんなの」


「面白いわね。羨ましいわ。やりたいことを見つけられて」


「母さんだってあるんだろ。カフェ。やりたいって。あ、そういえば店長もカフェっていうか喫茶店? あと珈琲も好きだからな。今度四人で喫茶店行くか」


「いいわね。もう少し落ち着いたら」


「だな。つーか、諦めなくてもいいんじゃね? 親父、もういないし……いや、そんなこと言ったら親不孝だけど。好きなことしてもいいんじゃないかって。母さんも。俺が御影家を背負うわけだし……」


自分でそう言ったくせに、一気に肩に御影家がのしかかる。


「紫門だって好きなことをしてもいいのよ」


「そうはいかない。千年続いた御影家を終わらせることはできない。そうだろ」


「そうね。そう。でも、母さんは紫門には生きたいように生きてほしいと思うのよ。思ってしまう。母親としてね。本当、酷い人間よね。父さんが生きている時はそんなこと言えなかったのに。あの人に従って、あなたに力がないことをひた隠しにして。留学までさせて。あなたにも、ひかりちゃんにも嘘をつかせて。悪いことをした。そう思う。母親である前に、妻であることを優先してしまった。逆らえなかった。あの人に。本当に悪いと思っているわ。今さらそんなことを言ったって、我が子の苦しみが消えることなんてないのに。ただの罪滅ぼしにしかならないのに」


初めて聞いた母さんの本音だった。


何を返したらいいのかもわからない。


ただ黙っていた。


「今日はもう寝なさい。疲れてるでしょ」


「わかった」


「おやすみなさい」


「おやすみ」


シーンとした部屋の中、菅原の小さな寝息が聞こえた。


思わず手を菅原の布団の中に入れる。


指先に手が触れ、その手をギュッと握る。


菅原の指先が少し動いた。


握り返されることはない。


でも、それだけで十分だった。


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