第四十三話 テオにはなれませんよ
菅原の漫画が万バズしたあの日から、どんどんフォロワーは増えていった。
いいねも平均して一万近い。
読者からもリプライで感想が届く。
誇らしかった。
俺が見つけたんだ。こいつの才能を。
そして、菅原の部屋で作業することも増えた。
「菅原、読者からの感想読んだか?」
「読んでいません」
そう言ってペンを握り、画面を覗き込む菅原。
「は? 読めよ。ほら、これとか。次回はこうした方がいいとか。参考になるだろ」
俺が差し出したスマホの画面をチラリと見て口を開く。
「私はそうしたくない」
「何を言ってんだお前は。読者の意見を取り入れるのも大事だろ。お前を好きでフォローして、“いいね”して、感想を書いてんだぞ」
「……」
「ほら、これとか。めっちゃ参考になるぞ」
「……」
漫画を描く菅原の手が止まる。
「どうした?」
「描きたくない」
「は?」
「みんなの言う通りに描けって言うなら、描きたくない!!!」
そう言って立ち上がり、キッチンに行く菅原。
慌てて追いかける。
「どうした? 何を怒ってんだよ」
冷蔵庫を開け、勢いよくビールを取り出し飲む菅原。
「おま、お前は何をやってんだよ。酒強いんだっけ?」
「別に普通ですけど!?」
またグイっとビールを飲む。
「いや、飲みたいならいいけど。いいんだけどさ」
菅原はビールの缶を持ったまま何も言わず、怒りと戸惑いの間のような顔でリビングの床に座った。
その横に腰を下ろす。
「どういう表情だ、それ」
「わかりません」
「怒ってる? 読者の感想がどうとか言ったからか?」
「え? あ、はい」
「いや、怒らせたなら悪かった。マジで良かれと思って」
「わかってます。わかってます。わかってます」
「自分に言い聞かせてんのか、それは」
「なんか私って頑固だなぁって、思って」
「今さら……?」
「喧嘩売ってます?」
「いや、いい意味での頑固だ。そうだろ。寺を買い戻すためにあそこまでやれんのは良い頑固だろ」
「褒めてます?」
「褒めてる。すげぇなって。俺にはできない」
「できてるじゃないですか。私の漫画をまんばず?させようとして、そしてちゃんとまんばず?させてるじゃないですか」
こいつは未だに万バズが何かもわかっていないのか。
「まぁ、それはそうだが」
「まんばず?して、たくさんの人が読んでくれるのは嬉しい。怖いとか面白いとか言われるのも嬉しい。でも、次はこうした方がいいとか言われるのは苦しい。もしそう描いたら、私のものじゃなくなっちゃう気がして」
そう言って、ビールの缶をギュッと握る菅原。
「溢れるぞ」
思わず缶を掴むと、菅原が手を離す。
俺はそれを一口飲んだ。
間接キスだ。
いや、そんなのはどうでもいい。
「そうした方が良くても、私は私が面白いと思うものを描きたい」
それを聞いて思う。
俺の目的とこいつの目的が、多分ズレていた。
俺は菅原が寺を買い戻せるように金を稼ぎたい。
菅原は自分が面白いと思う漫画を描きたい。
俺も親父に似てるところがあるんだな。
「悪かった、菅原。そうだよな。お前が描くやつが一番面白れぇよ。古参なのに忘れてたわ」
「こさん?」
「そう。古参。ファン歴が長いやつのことをそう呼ぶ」
「たしかに古参ですね」
そう言ってクスクス笑う菅原。
思わず頬に手を伸ばす。
やっぱり冷たい。
「あったかいですね、紫門さんの手」
俺の手に頬を摺り寄せる菅原。
猫みたいだ。
いや、酔っぱらってんな! こいつ!!!
菅原がこんなことをするわけがない。
しばらくすると、菅原が床に寝転がる。
「めんどくせぇ! ぜーんぶめんどくせぇ」
そう叫んで笑っている。
「酔っぱらってんじゃねぇか。そんなに飲んでねぇよな? めちゃくちゃ酒弱いじゃねぇか」
「……」
「どうした?」
「吐きます」
「は?」
「あと十五秒で吐きます」
「は!?」
火事場の馬鹿力だった。
菅原を持ち上げ、トイレに連れて行く。
「おえええ」
背中をさする。
「大丈夫か? もう少しか?」
本気で酒が弱いヤツってこんなにすぐに吐くんだな。
もうこいつには酒を飲ませない方がいいのかもしれない。
つーか、飲めないのになんで冷蔵庫にあるんだ。
菅原が手を伸ばし、トイレを流す。
律儀な女だ。
立ち上がる菅原の腕を掴むと、ヨロヨロと歩き出しベッドに向かう。
「水飲むか?」
そう尋ねると、かろうじて頷く。
キッチンに行ってコップに水を汲む。
「ほら、飲めるか?」
菅原は水を一口飲み、ベッドに寝転がる。
「世界が回転してる」
「多分お前が回転してんだよ」
「すみません。もう帰って大丈夫です」
「いや、危ねぇだろ。いいから寝てろ。落ち着くまでここにいる。最悪、床で寝ればいいし」
「床で? 硬くて身体が痛くなりますよ。明日も仕事なのに。ソファがなくてごめんなさい。ソファ、買おうと思ったんですけど意外と高いんですね。紫門さんの部屋にあるやつはフカフカですよね。いいなぁ。あんなのが欲しい」
「あとは何が欲しいんだよ」
床に座り、ベッドに肘をつく。
「あと? えーっと、テオが欲しい。ずっとテオが欲しかったんです」
「テオ? 何だそれ。キャラクターか?」
「ゴッホの弟ですよ」
「意味がわかんねぇ。あの絵描くやつだよな。ゴッホって。つーか弟いたんだ、ゴッホ」
「いますよ。ゴッホの一番のファンです。誰よりもゴッホを信じていた。誰よりも。私には兄弟もいないし、父親もいないし、母親もあんなだし。育ての親は死んじゃうし。いいなぁって。私を信じてくれる人がどこかにいるんじゃないかって。でも、そういう人がいたからって、頼りたくはないんですけどね」
「いるだろ。お前のことを信じてるヤツが。お前の一番のファンが」
「いますかねぇ」
「いる。目の前にいんだろ」
目を細めてジーッと俺を見る菅原。
「本当だ。いましたね。一番のファンが。でも、紫門さんはテオにはなれませんよ」
「何でだよ」
「紫門さんも私と同じじゃないですか。紫門さんもそういうテオみたいな人間を求めてますよね。だから女の子を囲ってるんじゃないですか? みんなに愛されるって、どんな感じですか?」
何も言い返せない。
図星だった。
「俺がみんなに愛されてるとでも思ってんのか? お前は」
「はい」
腕を伸ばし、指に俺の髪を巻き付けてクルクルと遊びだす菅原。
まだ酔ってんな、こいつ。
「俺はあいつらにとってアクセサリーみたいなもんだ。金持ちで。イケメンで。俺の中身なんて関係ねぇんだよ」
「そんなのわからないじゃないですか。みんな本当に紫門さんのことを愛しているかもしれませんよ」
机の上にある俺のスマホを指差す菅原。
スマホが震え、通知音が鳴る。
会いたいとか、寂しいとか、そんなのだ。
スマホを手に取り、電源を落とす。
「もう返信もしてねぇし、会ってもねぇよ。女とは。そんなことしてる暇がねぇからな。陰陽師の仕事と、菅原の漫画で手一杯なんだよ」
「大変ですね」
ウトウトした顔でそう呟く菅原。
「横で寝てもいいですよ。床は硬いし。私、寝返りとかしないんで」
ズルズルと壁側に寄る菅原。
「いや、さすがにそれはダメだろ」
「真面目ですね」
鼻で笑い、俺に背を向ける。
酔って言っているのか、本気で言っているのかもわからない。
悩んだ末に、菅原の横に寝転がった。
しばらくすると寝息が聞こえる。
菅原の肩が呼吸に合わせて、ゆっくり上下に動いている。
抱きしめたい。
そう思った。
でも菅原がさっき言った。
「紫門さんはテオにはなれませんよ」
こいつは俺をテオにする気はないらしい。
ただのマネージャーだからだ。
だから横で寝るのも何とも思わない。
そうだよな。
ため息をついて、寝返りを打つ。
菅原に背を向けて。




