第四十一話 小さい傘がな
四人で喫茶店の席に座る。
いつもの喫茶店だ。珈琲が美味い。
店長がいないか店内を見渡す。
いない。大丈夫だ。
「何か注文しますか? ここは俺が出すんで」
そう言うと、ぺこりと頭を下げてメニューを開く女。隣に座る女に「どれがいい?」と聞く。
この女はわかる。でも、横の女は誰だ? マネージャー? 神社の娘にマネージャーって付くのか?
「サンドイッチと、アイスティーで」
そう言ってメニューを閉じる菅原。
「お前この状況でサンドイッチ食うのかよ」
「ダメですか?」
「いや、ダメだろ。まぁ、でも、いい。腹減ってんなら」
本当、何なんだこの女は。まぁでも仕方がない。
「アイスティーを二つ、ミルクでお願いします」
女が言った。
店員を呼び、注文する。
注文を終えると、女が口を開く。
「あの、そちらの女性は彼女さんですか?」
そう言って菅原の方を見る女。
「いえ、私は紫門さんのマネージャーです」
「マネージャー、なるほど」
「あの、失礼ですがそちらの女性は……お友達でしょうか?」
俺が聞こうと思っていたことを、いや、気まずくて聞けなかったことを菅原が聞いてくれた。
「彼女です。私の」
そう言って不安そうな顔でこちらを見る女。
「お似合いですね!」
間髪入れずに言う菅原。
目の前の二人が照れたように微笑み合った。
俺は状況が理解できていない。
目の前にいるのは、勝手に決められた俺の結婚相手とその彼女。
二人は付き合っている。女同士で。
「突然来て驚かせてしまってすみません。父に結婚相手が見つかったと言われて、それで焦ってしまって。私は恋愛対象が女性なんです。生まれつき、なんだと思います。でも、それを説明しても理解してくれる親じゃない」
そう言って俯く女。
「つまり御影家側から、いや、紫門さんの方から縁談を断ってほしいということですか?」
と言う菅原。
さすが、菅原。まとめるのが上手い。
「勝手なお願いですけど、そうなりますね」
と返す女。
いや、最初から断るつもりでいた。でも、じゃあ俺は親父に何て言えばいいんだ?
「だそうです。紫門さん」
「い、いや、俺も最初から断るつもりで。勝手に決められたことだし、それに」
そこまで言って、思わず止める。
"それに"って何だよ。俺は今、何を言おうとした。
「それに?」
と言って俺をジッと見る女。
何だよ。探ろうとすんなよ。
「いや、何でもないっす」
「それにって何ですか?」
そう言ってサンドイッチを齧る菅原。
空気を読め。読みやがれ。
「何でもねぇって言ってんだろ」
「何を怒っているんですか? お腹空いてます?」
そう言って、サンドイッチの端っこを俺に差し出す菅原。
こいつ、端っこが一番好きなのに。その端っこをまた俺に渡しやがった。
「そっちでいい。端っこ好きなんだろ?」
「そうですか?」
そう言って真ん中のサンドイッチを掴み、差し出す菅原。
「仲良しなんですね」
と言って意味ありげな表情で俺を見る女。
何だよ。何なんだよ、その顔は。
「まぁ、マネージャーなんで」
そう返すしかない。だってそうだし。
「お二人はどちらで出会ったんですか?」
と聞く菅原。
たしかにそれは気になる。
「大学ですね。入学式で隣の席だった。そこから仲良くなって」
そう言って見つめ合う二人。
「素敵な出会いですね」
そう言ってまたサンドイッチを齧る菅原。
「ありがとうございます。お二人の出会いは?」
と言う女。
「出会い? いや、私が御影家の求人を見て応募して。事務職希望だったのに、なぜかマネージャーにさせられて今に至ります」
「嫌々みたいに言うなよ」
「嫌々でしょう」
「は!?」
二人で小競り合いをしていると、女がクスクスと笑いだす。
「仲良しですね」
「普通です」
「普通って何だよ。仲良しだろ俺たち」
ちょっと嫌そうな顔でこっちを見る菅原。
仲良しだろ。隣に住んでるんだぞ!
一緒に朝飯だって食ったし、毎日一緒にいるし、漫画の投稿だって一緒にやってる。
どう考えても仲良しだろ。仲良しじゃねぇのか。俺たちは。
「仲が良さそうに見えますよ。すごく。ね?」
そう言って彼女に同意を求める女。
微笑みながら頷く彼女。
「そうですかねぇ」
「そうだろ。仲良しなんだよ俺たちは」
何を言ってんだ俺はさっきから。
「話は変わりますが、お二人は抗う感じですか?」
と言う菅原。
いや、変わりすぎだろ、話。
「抗う? うーん、そうですね。あの家にいたら私たちの関係は許されない。古い価値観に縛られていて。だから、家を出ようと思っています」
「なるほど。いい選択ですね」
「ありがとうございます。まぁ、前途多難ですけど。でも全部捨ててでも二人でいたい」
そう言って頷き合う二人を見て、なぜか自分を恥じた。
俺は何をやっている。
親父にどう言い訳しようか考えていた。
どうすれば丸く収まるかを考えていた。
最低だな、俺。
少し話した後、二人が喫茶店を後にする。
水滴の付いたグラスを手に取り、アイスコーヒーを一気に飲む。
はぁ、とため息をつくと、菅原が俺の肩に手を置く。
「紫門さん、あの……パフェもいいですか?」
「お前、マジで……」
店員を呼び、パフェを注文する。
「ここのパフェ、小さい傘が付いてるじゃないですか。アイスに刺してあるやつ。あれがなんか嬉しくて」
「たしかにあるな。小せぇ傘が」
「可愛くないですか? あれ」
「あ? まぁ、可愛いかもな」
「かもって何ですか? 小さいものは何だって可愛いというのが世の常でしょう」
「じゃあ俺が小さくなったら可愛いのか?」
「それは見てみないとわからないですね」
「は? 何だよ。じゃあ見せてやるよ。ガキの頃の俺」
そう言ってスマホを開き、写真を探す。
あった。
小さい俺。三歳くらいか?
「ほら、見てみろよ」
画面を覗き込む菅原。
「わぁ、可愛いですね。面影がある」
そう言って今の俺と昔の俺を見比べる菅原。
「菅原がガキだった頃の写真はねぇのか?」
「ないですね」
即答する菅原。
「母親なら持ってんじゃねぇか?」
「あるかもしれないですね」
「ケンちゃんに連絡してみるか?」
「いや、そこまでする必要はありませんよ。写真なんかなくても生きていけるので」
「俺が見てぇんだよ」
「見てどうするんですか? しかめっ面してやがるとか言って笑うんですか?」
「しかめっ面してたのか? 子どもの頃」
「そうですね。今もそうですけど」
「そうか? 俺はしかめっ面だとは思わねぇけど」
パフェが運ばれてくる。
今日は小さい傘が付いていない。
悲しそうな顔をする菅原を見て、思わず店員を呼び止める。
「あの」
「はい?」
「あのパフェに付いてた小さい傘、やめたんすか?」
「あぁ! 忘れてた。ごめんなさいね」
そう言って裏から小さい傘を持ってくる。
「はい、どうぞ」
と言って菅原に小さい傘を渡す。
そのあと、
「お兄さんもどうぞ」
と言って俺にも渡してきた。
「え? あ、ありがとうございます」
「二人でお揃いね。お似合いよ、あなたたち」
そう言って去っていく店員。
「菅原、お似合いだってよ俺たち」
「小さい傘がですか?」
紙と爪楊枝でできた傘を開いたり閉じたりする菅原。
「はは、そうだな。小さい傘がな」
そう言って俺も小さい傘を指でつまんで開いた。




