第三十七話 約束
「このスケッチブックの絵をSNSに上げると?」
「まぁ、そういうことになるな」
店長と別れたあと、菅原の部屋で作戦会議をする。相変わらず何もない部屋。
でもテレビの横、小さなスペースに俺があげたキャラクターのグッズが綺麗に並べられていた。
「写真に撮って上げるってことですか?」
「まぁ、そうだろうな」
「本当にちゃんとわかってます!?」
「わかんねぇ。でもやるって決めたからな。やるしかねぇだろ」
「菅原、そもそもお前SNSやってんの?」
「やってません」
まぁ、だよな。やってる時間もねぇだろうし。
「紫門さんはやってそうですね」
「やってそうってなんだよ。まぁやってるけど。最近は全然やってねぇし、見てねぇよ」
前は暇さえあれば眺めていた。充実した人間を見ると焦る。挑戦している人間を見ると苦しくなる。でも、あえてそれを見ていたような気もする。俺にもこいつらみたいに、何か向いてることがあるんじゃねぇかって。そして、無理だなと思うことで安心していた。
女から来るDMと、いいねが、その“無理だな”と思う自分を肯定する。
そういう使い方をしていた。
「写真に撮ってみましたけど、なんか良さが半減したような……」
「まぁいいだろ。とりあえずアカウント作って試しに上げてみようぜ。つーか、名前はどうする?」
「ペンネームってことですか?」
「まぁ、そうだな」
「うーん、全然考えつかない」
「こんぶのおにぎりとか?」
「ダサすぎません?」
「まぁ、ダセェけど」
「“ぼじ そわか”にしようかな」
「なんだそれ」
「般若心経の最後にあるんです。ボージーソワカーって」
「なんか意味とかあんの?」
「あるかもしれない。でもなんか、意味を固定したら仏教の意味ってないんじゃないかと思って」
「何を言っている?」
「寺で育ってきて、そのままを受け入れることが仏教だって思ったんです。というか、そう教えられた。だから、意味を固定した瞬間にそのままではなくなってしまう。意味なんて、人それぞれ何個でもあっていいと思って」
変なヤツだ。ペンネームの話をしていたのに、いつの間にかこいつの仏教観の話になっている。でもまぁ、それが菅原だ。
「じゃあそれでいいんじゃねぇの」
「変ですか?」
「変だけど、まぁ菅原らしいっつーか」
照れたように笑う菅原。
その顔を見て思わず抱きしめそうになる。
何を考えている。俺は。
「じゃあ、それにします」
ペンを手に取り、スケッチブックにでっかく「ぼじ そわか」と書く菅原。
「じゃあ、登録するぞ」
「お願いします」
あーだこーだ言い合いながら、最初の、初めての投稿が完成した。
「じゃあ、押すぞ」
「はい」
送信ボタンを押す。
「初っ端から万バズするかもしれねぇな。まぁ、明日の朝期待しておけよ」
「まんばず……?」
「話題になるってことだよ」
自室に帰り、シャワーを浴びてベッドに寝転がる。
今日は色んなことがあった。親父に怒鳴った。店長に話した。菅原と色々始めた。
「明日の朝が楽しみだ」
そう呟き、スマホを握ったまま眠りについた。
アラームが鳴り、目を開ける。
「やべ、ジムに行かねぇと……あ、てかどうなった? スマホ……」
SNSを開く。通知はない。
いいねが一個もついていない。閲覧数は十一。
「は……?」
菅原に何て言えばいい?
あいつ、期待してるよな?
♢ ♢ ♢
ハンドルを握り、菅原にどう言い訳すればいいかを考えていた。
ドアが開き、菅原が助手席に乗り込む。
「おはようございます。本日もよろしくお願いします」
「え? あぁ、よろしくお願いします」
怪訝な顔で俺を見る菅原。
「どうしたんですか?」
「……菅原、悪い。全然ダメだった。お前の絵、いいねどころか全然見られてねぇ」
「そんなもんでしょう。最初から上手くいく人間なんて一握りですよ。まだ一日目じゃないですか」
「なんで俺はその一握り側だと思ったんだ」
「なんで? なんででしょうね。それだけ賭けてたってことじゃないですか?」
「賭けてた。賭けてたんだ。だって俺、これならやれるって初めて思えた。菅原の絵をSNSに上げて金を稼げるって。俺ならできるって思った。思っちまった」
「じゃあ、もう少し頑張りましょう。昨日あの後調べたんですけど、ペンタブとかそういうのを買って描くのも楽しそうだなって。スケッチブックももちろん大事だけど、でもそっちもなんか楽しそうだなって」
「……楽しそう?」
「はい」
「金儲けじゃねぇってことか」
「はい?」
「菅原は金儲けをしたいんじゃなくて、描くのが楽しいってことか?」
「まぁ、楽しいですね。今まではそうでもなかったけど、紫門さんというファン? ができて。あ、あと店長か。人に見られるって嬉しいなってちょっと思いました」
俺がこいつの一番最初のファンなのか。こいつは、俺を自分のファンだと思ってんのか。可愛い。いや、可愛くない。こいつは無愛想で可愛くない。
「そうか。そうだよな。金とかじゃねぇよな。まずはお前の絵の良さを知ってもらう必要があるってことだな。じゃあ、買いに行くぞペンタブを! それが何かはわからねぇけどな!」
「店長ならそういうの詳しそうなので連絡しておきます」
店長、どこまでも敵わねぇな。
依頼を終え帰る頃、店長から菅原に電話がきた。
「店長何だって?」
「なんか見せたいものがあるから家に来てくれって言ってます」
「店長の家? まぁ、行ってみるか」
店長の家に着く。なんか洒落た家。
インターホンを押すと店長が出てくる。
「おぉ! 待ってたよ! 入って入って!」
中に入る。
「す、すげぇ! こ、これ、あの映画のやつ!」
所狭しと置かれたグッズに興奮する。
「そうだろ! いいだろぉ? これとか、ほら!」
「うわ! やべぇ! かっけぇ!」
「店長、見せたいものってなんですか?」
一人冷静な菅原が口を開く。
「あ! そうだった! これこれ。前に買ったんだけどね、使ってなくて」
そう言って箱を取り出す店長。
「ペンタブ!」
菅原が驚いた顔で叫ぶ。
「そう、絵を描いてみようと思ったんだけどね、うん、僕見るのが専門だって忘れていた! 可哀想だから使ってあげてよ。ひかりくん」
「いいんですか?」
「うん、いいよ。この家で箱に入ったまま埃を被っているよりずっといいだろう?」
「店長、ありがとうございます」
「泣くな、泣くなよひかりくん」
「泣いてませんけど」
そう言って、ペンタブの箱の埃を払う菅原。
「君たち、夕飯はまだだろう? 食べて行かない? 僕のスペシャルディナー」
「はい、食べます」
「菅原、お前遠慮って知ってるか? でも、俺も食べたいっす」
「いいよ。もうほとんどできてるからね。用意するからそこに座ってて?」
店長の鼻歌を聴きながら部屋を見渡す。
「店長ってマジでサンタクロースだよな」
「そうですね」
そう言って、箱を開けペンタブを手に取り眺める菅原。
「よかったな、それ」
「はい。あの、漫画を描こうと思って」
「漫画? ホラー漫画ってことか?」
「はい、上手く描けるかわからないけど」
「すげぇじゃん! 早く読みてぇ! 俺に一番に読ませろよ!」
また照れたように笑う菅原。
危ない。また抱きしめそうになった。
店長の美味しすぎる手作りディナーを食ったあと、家に帰る。
部屋の前、菅原が口を開く。
「紫門さん、ありがとうございます。なんか、初めてやりたいと思えるようなことができたような。これでちょっと描いてみます」
そう言って、大事そうにペンタブを抱きしめる菅原。
「いや、俺は何もしてねぇだろ。絶対に見せろよ。まずは一ページ描けたら見せろ。絶対だ。約束だぞ」
「はい、約束」
約束だ。俺と、菅原の。




