第三十六話 やってみます、紫門さんと
菅原がくれたサンドイッチの端っこを齧りながら、考えていた。
サンドイッチを食べ終わった菅原が、アイスティーを飲んでいる。
店長が店員を呼び、パフェが運ばれてくる。
「食べます?」と言って、細長いスプーンを渡してくる菅原。
「あ? あぁ……」
菅原と一つのパフェを食う。
パフェなんて食うの、何年振りだ?
「僕とは食べてくれなかったのに」
そう言って、拗ねたような顔をする店長。
いや、俺と店長がパフェをつつき合ってたらなんかキモいだろ。
「美味しいですか?」
「あ? あぁ、甘い」
「たまには糖分を摂った方がいいですよ」
「あぁ」
「そうだよ。ひかりくんの言う通り。筋肉も大事だけどね、自分を甘やかすことも大事だと思うよ」
「甘やかす?」
「そう、甘やかす。まぁ、二人ともね」
そう言って、パフェを一口食べる店長。
菅原が自分を甘やかした方がいいのはわかる。頑張っている。働き過ぎだ。でも俺は?
俺はわからない。俺は自分を甘やかしている。
「俺は別に頑張ってない。甘えてると思う」
「ふーん、なるほどねぇ。あ、そういえばお寺の買い手がどうとかいうメールを見せてくれる?」
菅原がカバンからプリントしたメールを出す。
「どれどれ」と言って目を細める店長。
「We have recently received interest from another potential buyer.」
メールを読み上げ、しばらく考える店長。
俺は、菅原のパフェをまた一口食べた。コーンフレークのゾーンだ。
「うーん、紫門くん。これねぇ、買い手がついたとは書いてないねぇ」
「は!?」
「関心を示しているとしか書いてない。つまり急かしたいんだろうね、君を」
「は? じゃあ、嘘ってことっすか?」
「いや、嘘ではない。嘘ではないよ。けれど、本当とも限らない。英語って怖いねぇ」
「いやぁ……俺、こんなのに踊らされて親父のこと怒鳴ったのかよ……」
思わず頭を抱える。つーか、俺の英語力が菅原の役に立ってるなんて思った自分が恥ずかしい。ポンコツじゃねぇか。やっぱり。
「でも、怒鳴ったことは間違いじゃないと思うよ。君、お父さんに逆らったことなかったんだろ?」
「いや、まぁ、はい。初めての反抗的な……」
「カッコよかったですよ」
そう言って、パフェを食べる菅原。
あぁ俺、あの時確かにカッコよかった。菅原の寺をバカにした親父にブチギレた。
「すごいことじゃないか。紫門くん。僕は君を誇りに思うよ」
「私も誇りに思います」
そう言って、パフェを食べる二人。
あぁ、なんだよ。なんなんだよ。こいつらは。
サンタクロースと、無愛想なマネージャー。
満たされたことがない部分が満たされる。
俺のダメな部分をこれでもかと見ているのに、それでも俺を誇りに思うと言う人間がここにいる。
「店長、チーズケーキが食べたいです」
「奇遇だね! 僕もチーズケーキが食べたいと思っていたんだ!」
「店長、血糖値とかそういうのは大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、問題なしだよ!」
「紫門さんはどうします? チーズケーキ、食べます?」
「食べたい。菅原と半分こしたい」
「嫌です」
「クソ! クソが!」
「三つ頼もう。紫門くん、チーズケーキはさ、結構小さいんだよ。ギュッとしてるだろ」
店員を呼び、チーズケーキを三つ頼む店長。
運ばれてきたチーズケーキを一口食べる。
甘い物をこんなに食ったことってあったか? いや、ない。食べたいとも思わなかった。
「うめぇな」
「そうだろう! あのでっかくてフワフワしたケーキも美味しいんだよねぇ。なんて名前だったかなぁ」
「シフォンケーキですか?」
「あぁ! そうそう! ひかりくん、さすがだねぇ」
くだらない会話をしながら、チーズケーキを食う。
ただそれだけのことが楽しい。楽しかった。
しかし、ふと疑問が浮かぶ。
「つーか、菅原。またこういうことが起きたらどうすんだ? 寺を買いたい人間が現れたら。無きにしも非ずだろ」
「……わかりません。お金が貯まるまでまだあと何年もかかる。どう頑張っても」
「そうだよな。店長はどう思いますか? 何かいい方法があると思いますか?」
俺がそう聞くと、うーんと腕を組み考える店長。
「投資、とかもあるけどね。ひかりくんには向いていない気がする」
「まぁ、確かにそうっすね」
「何か得意なことを伸ばすというか、やっていく方がずっといいと思うよ、僕は」
「菅原の得意なこと……絵か?」
「えっ! ひかりくん、絵が得意なのかい?」
「へぇ、教えてねぇんだ。店長に」
優越感を感じる。俺だけしか知らない菅原。
「得意かどうかはわかりませんけど」
そう言って俺があげたスケッチブックをカバンから出し、店長に見せる菅原。
「こ、こ、これは! これは! す、素晴らしい! 素晴らしいよ! ひかりくん、すごいじゃないか! これ、これは、これはいい!」
だろ? 才能があんだよ、こいつには。俺が思った通りだ。
「そうですか?」
そう言ってチーズケーキを一口食べる菅原。
その姿を眺めていたら、ピーンと来た。
「菅原、お前この絵をSNSに上げろよ。人が集まったら、収益化して。いや、俺がやってやるよ。そういうの、苦手だろ? お前は描けばいい。今まで通り、祓ったやつを。俺がそれをSNSに上げる」
「こんなのがお金になるんですか?」
「わからねぇ。でも、やる価値はあるだろ」
「やる価値はあるよ。ある。二人でやってごらんよ。ダメならまた、考えればいい」
「ほら、店長もそう言ってるだろ。菅原、やるぞ。俺と二人で」
「……わかりました。やります」
「よっしゃ、そうと決まれば今日からやるぞ」
「今日から!?」
「ったりめぇだろ! “Make hay while the sun shines.”だろ」
「な、なんて?」
「思い立ったが吉日ってことさ、ひかりくん。これはね、ビッグウェーブだよ」
「そうだ。Big Waveだ」
「無駄に発音がよくてイラつく……でも、やってみます。よくわからないけど、やってみます。紫門さんと」
「おう、やるぞ」
「いいね! いいねぇ! いいよぉ! 投資なんかより、ずっとずっといいよぉ!」
店長が立ち上がり叫ぶ。
本当に変なヤツらだ。
でも、俺も同じくらい変なヤツなのかもしれない。
悪くない。変なヤツでいることも。そう思った。




