第三十五話 端っこが一番好きなのに
「初めて親父に怒鳴ったかもしれねぇ」
ヤバいことをやってしまったという気持ちと、ようやく俺になれたという気持ちがぶつかり合う。
「ヤバいですね。すごく、ヤバいです。でも、すごくカッコよかったです」
「……は?」
カッコよかった? カッコよかった……。
カッコいい。そんなのは、死ぬほど言われてきた。というか、それがスタンダードだ。カッコいいというのは当たり前で。俺にはそのカッコいいに上乗せできるものがない。いや、そんなのはどうでもいい。菅原が俺をカッコいいと言った。
今まで向けられていたカッコいいともまた違う、カッコいい。
「よくやりましたね!」
「よくやった?」
「はい、よくやりました。お父様相手に。いや、クソジジィ相手に!」
そう言って、手を差し出す菅原。
その手を握る。
菅原がギュッと握り返す。
「よくやった!」
そう言って笑う菅原。
鼻の奥がツーンとする。ヤバい、俺なんか、泣きそうになってる。
ヤバいことをした。親父を怒鳴った。
これから先、どうなるかわからない。
どうなるかわからない。
どんな扱いをされるかわからない。
でも、菅原がいればどうにかなるんじゃねぇか。
こいつが俺の横にいれば、どうにでもなるんじゃねぇか。
そう思った。思ってしまった。
菅原が離そうとした手をギュッと握る。
「ありがとな。お前もカッコよかった。親父に謝れって言ったの」
「こちらこそありがとうございます。お寺のこと、侮辱された時に怒ってくれて」
菅原の顔をジッと見る。
可愛いとか、可愛くないとか、そんなんじゃない。ただ、菅原だ。ただ、菅原だった。
「寺の件は、どうする?」
「わからない、どうしたらいいか」
そう言って、困ったような顔をする菅原。
見たい。こういう困った顔も。怒った顔も。笑った顔も。泣いた顔も。バカにしたように俺を見る顔も。それがなぜかはわからない。多分、菅原だから。
「サンタクロースに聞くか」
「店長にですか?」
「そうだ。店長なら何か教えてくれるかもしれない」
「たしかにそうですね」
「今から行くぞ」
「今から!?」
「そうだ。今から」
菅原の手を握ったまま、立ち上がる。
事務所を出て、車までの道も、菅原の手を握っていた。
離したくない。できたら、ずっと。
マネージャーだから。マネージャーだから? マネージャーだから……
車に乗り込む前、菅原が手を離す。
♢ ♢ ♢
コンビニに着くと、店長がコンビニの前をホウキで掃いている。
「あれ? ひかりくん、今日はお休みでは? あっ! 紫門くん! やぁ、こないだぶり!」
俺たちに気づいた店長が満面の笑みで話しかけてくる。
しかし、俺たちの表情を見た店長がどんどん青ざめていく。
「ま、ま、まさか、ひかりくん、僕を怒りに? 紫門くんに言ってしまったことを怒ってるとか? あ、あぁ、ごめん。ごめんよ。ウッウッ、不徳の致すところ。切腹、切腹しかないのかもしれない。あぁ、だから、だからダメって言ったんだぁ」
そう言って両手で顔を覆い、地面にヘナヘナと座り込む店長。
菅原と顔を見合わせる。
「はは……あははは!」
菅原がしゃがみ込んで笑いだす。
店長が顔を上げ、菅原を見たあと、俺を見る。
「は、初めて見た……ひかりくんが大爆笑しているとこ」
いや、大爆笑ではねぇだろ。爆笑くらいで。
つーか、俺も初めて見たわ。
涙を拭い笑う菅原。
つーか、また店長だ。菅原を爆笑させた。俺じゃなくて、店長が。
「笑ってるってことは、怒ってるわけじゃあ、ないよね?」
キュルンとした瞳で俺を見る店長。
それを見てまた笑う菅原。
まぁ、いいか。こんなに笑う菅原もレアだしな。
「怒ってないっす。ちょっと、緊急事態で。少し話せますか?」
「ちょっと待ってて」
そう言って一瞬で真面目な顔になり、店内に入る店長。レジの店員に何度も謝り、こちらに戻ってくる。
「オッケー! じゃあ、こないだの喫茶店に、レッツゴー!」
そう言って歩き出す店長。
まだ笑ってる菅原の腕を掴む。
「行くぞ」
フラフラと立ち上がる菅原。
♢ ♢ ♢
喫茶店に着き、三人で席に座る。
「好きなものを頼みなさい。今日は僕の奢りだよ~!」
そう言って腹を揺らし、サンタクロースみたいに笑う店長。
「サンドイッチとパフェ、アイスティーで」
そう言ってメニューを指差す菅原。
「お前、遠慮って知ってる?」
「遠慮してこれです」
「はっはっは! やっぱり面白いよねぇ。ひかりくん。面白いよぉ~」
「ありがとうございます。店長も面白いですよ」
変なヤツと変なヤツが集まってしまった。
サンドイッチを黙々と食べる菅原を見る。
腹が減ってたのか、こいつは。
「それで、緊急事態って何があったんだい?」
サンドイッチを食べながらそう尋ねる店長。
「菅原のあの寺? あそこに買い手が付きそうだとメールが来て。でも、菅原もまだ金が貯まってないし、俺も親父に反対されて、買えないっつーか」
「どうして君が買うんだい、紫門くん」
「えっ、いや、だって、え……金が、あるから?」
「金があるって言ったって、君には何のメリットもないだろう」
「え? いや、あ、菅原にはある。俺に金を返せばいいわけだから……」
菅原を見ると、一心不乱にサンドイッチを食っている。
マジで腹減ってたんだな、コイツ……。
「お金の貸し借りはね、簡単にするものじゃないよ。それに、額があまりにも大きいだろう? それは、お父さんも反対すると思うよ」
親父の肩を持つのか、店長。
「わかってます。わかってますけど。わかってますよ!!!」
思わずデカい声を出してしまった。
今日はなんかダメだ。抑えられない。
菅原がハッと顔を上げ、俺を見る。
「落ち着いてください、紫門さん。どうしました? お腹空きました?」
そう言って、サンドイッチを差し出す菅原。端っこだ。端っこじゃねぇか。何で端っこなんだよ!
「端っこじゃねぇか!」
思わず叫ぶ。ダメだ。やっぱり今日はダメだ。
「えっ……端っこが一番好きなのに……好きだから残しておいたやつ、あげたのに……」
「えっ」
「紫門くん、君にとってはただの端っこかもしれない。でも、ひかりくんにとっては、宝物なんだよ」
何か、大事なことを言われたような気がした。
ものすごく大事なこと。
でもそれが何なのかわからない。
いや、なんの意味もないのかもしれない。
菅原がくれた端っこを受け取り、一口齧った。




