第三十四話 クソジジィすぎる
朝、御影家の事務所で事務処理をしていた。
菅原の仕事を減らすために最近やり始めた。
「ん? なんかメール来てんな」
あの寺を売ってる外資系からのメールだ。
「なんだ? 勧誘か?」
メールを開く。
「……は?」
♢ ♢ ♢
「おはようございます。本日もよろしくお願いします」
そう言って助手席に乗り込む菅原。
「か、菅原、ヤバい。あの、て、寺。買い手が付きそうってメールが来てて」
「……はい?」
「いや、あの寺。菅原の故郷の。買い手が付きそうって、売れちまうかもしれねぇって、メールが来たんだよ!」
「……なんで紫門さんにメールが来るんですか?」
「こないだ! ほら、繋がったって言っただろ。あの時、金額を問い合わせたんだよ」
「……なるほど」
「ど、どうすんだよ」
「えーっと、もう一度言ってください?」
菅原もパニックになってるっぽい。
もう一度説明する。
「……ど、ど、どうしよう。ど……」
真っ青な顔でそう呟く菅原。
必死で脳みそを回転させる。どうする? どうしたらいい?
「ろ、ローンを組むとか」
「無理でした。勤務年数も足りない。奨学金もある」
「カッ……無理か……」
「ど……どうしよう……」
頭を抱え、項垂れる菅原。
大丈夫だとも言えない。
「お、俺が、俺が買うとか!」
「それだけは無理です。本当に。それだけはできません」
「お、俺に返せばいいだろ! 俺に返せば! 俺に返して、返し終わったら、寺に帰る、とか……」
最悪だ。最後の方は俺の欲じゃねぇか。
「いや、無理です。そんなことはできない。できません。絶対に」
だろうなとは思う。思った。こいつはそういうヤツだ。
「じゃあ、どうすんだよ……」
「とりあえず、依頼をこなしましょう。それから考えます」
「わかった……」
依頼を何件かこなした後、菅原が口を開く。
「そのメール、見せてもらってもいいですか?」
「あー、事務所のパソコンだ。このまま行くか」
「お願いします」
事務所に到着し、パソコンを開く。
「これだ」
「全然読めない」
「は!? あー、えーっと、こんにちは! 紫門さん、いかがお過ごしですか?」
「さすがにそのへんは読めます」
「あ!? あークソ! 本当お前ってヤツは!」
菅原に一通り説明する。
「……なるほど」
店長の言う通り、俺の英語力が役に立っている。役に立っている!!!
その事実に、口元が緩む。
「何をニヤニヤしているんですか」
「いや、何でもねぇよ。そんで、どうすんだよ」
「……わかりません」
二人で考えていると、事務所の扉が開く。
顔を上げると、親父が立っていた。
「お疲れ様です」
菅原がそう言うと、チラリと菅原を見て頷く。
そして怒ったような顔で口を開く親父。
「おい、紫門。お前、何をしようとしている? メール見たぞ。何を買おうとしている?」
「……は? メール?」
「寺だか何だかわからないが、何か買おうとしているだろ」
「は? 何勝手に見てんだよ!」
「当たり前だろ! 何をしでかすかわからない。勝手にやらせておくわけにはいかないだろ」
「何もしてねぇだろ! 今までも!」
「そうだ。お前は何もしていない。祓っているのはひかりちゃんだしな」
ブチギレそうになるのを必死に抑える。
「それで? お前は何を買おうとしている? 投資か? だとしたら、センスがなさすぎるな。リゾート計画が失敗した土地? しかも、ボロい寺付き。いわくつき。バカなのか? どこまでもどこまでも、センスがない」
菅原を見ると、目を見開いて親父を見ている。当たり前だ。大事な場所を侮辱された。
「おい!!!」
生まれて初めて親父を怒鳴った。もう、止まらなかった。
「センスがねぇのはてめぇだろうが。投資でもなんでもねぇよ。金、金、金。なんなんだよマジで。うぜぇんだよ。お前になんてわかんねぇだろうな! この寺の価値なんて!!!」
「お前、誰に何を言っているのかわかっているのか?」
そう言って、俺を睨みつける親父。
「わかってるよ。わかってんだよ。わかって言ってんだよ!!!」
そう怒鳴った瞬間、菅原が俺の腕を掴む。
「紫門さん、落ち着いてください」
「ひかりちゃん、マネージャーなんだからさ、もっとちゃんとこいつを見ておかないと」
「おい!!!」
そう叫んだ瞬間、喉から血の味がした。菅原が俺の腕を引っ張る。
「俺とオメェの問題だろうが!!! 菅原は関係ねぇだろ!!!」
わざとらしくため息をつく親父。
「どこまでも、どこまでもポンコツだな。視えない、祓えない。顔だけだな。母さんと同じで」
怒りで眩暈がした。それと同時に何かがガラガラと崩れていく。
「あ、あ、あ、謝ってください! 紫門さんと、お母様に!」
菅原が震える声で叫ぶ。
「ひかりちゃん、何を言っているんだい。いや、誰に何を言っているんだい?」
そう言って、優しい顔で微笑む親父。
鬼だ。多分こいつは鬼だ。そう思った。
「あなたに、言っています。あなたに、謝れと言っています」
俺の腕をぎゅっと握り、震える声でそう言う菅原。
「紫門さんは、頑張っています。視えないし、祓えない。でも、頑張っています。お母様も、あなたに尽くし、あなたの息子を生んでくれました」
「ひかりちゃん、なんか失望したな。君はもっと、なんだろう、感情に左右されない子だと思っていた。まぁ、でも。君がいないと紫門はただのポンコツだからね。まぁ、これからも頼むよ。もっとちゃんと、マネージャーとしての自覚を持ってね」
そう言って、部屋を出て行く親父。
崩れ落ちるように椅子に座る。
「クソジジィすぎる……」
立ち尽くした菅原がそう呟いた。
思わず、ははと笑った。




