第三十三話 一緒に考えようぜ
朝、菅原が助手席に乗り込む。
「すみません。今日も運転お願いします」
「あのさ、あの」
「はい?」
「お前、あの寺買い戻そうとしてる?」
「は?」
「あの、寺。外資系から買い戻そうとしてんだろ。だから、金貯めてんだろ」
「……」
しばらくの沈黙。聞いたことを後悔しそうになる。でも、きっと今聞かなかったら聞けないような気もした。
「誰に聞いたんですか? もしかして店長?」
「……違う。いや違くはないけど。でも違う」
「どういうことですか?」
「店長は、俺にヒントを与えた。それだけだ」
「言ってるじゃないですか!」
「違う! 違う。店長は言ってない。違う。俺、店長に、俺の秘密を言ったんだ」
「え……?」
「俺の秘密を言った」
「え、その、力がないことを?」
「そうだ」
「ど、どうして?」
「お前の、菅原のヒントをもらうために」
「い、意味がわかりません。何でそんなに私のことを知りたいんですか?」
心底意味がわからないという顔で俺を見る菅原。
疲れた顔をしている。昨日休みだったけど、こいつはちゃんと眠れたのか。
「何でだろうな。パートナーだから? お前は俺のマネージャーだろ」
「い、いや、そうですけど。だって、その、自分から誰かに秘密を言うことってなかったのでは?」
「ない。初めてだな。菅原にそれを言ったのも親父だしな」
「店長だから? あの人は……目の前にいると、何でも話してしまうような……」
「だよな。マジでなんなんだろうな。なんか、サンタクロースに似てるよな」
「ははは」
菅原が疲れた顔で笑う。笑っている。
「サンタクロースみたいだから、何でもしゃべっちまうのか」
「私のこと言わないって約束したのに」
そう言って、少し怒った顔をする菅原。
「いや、店長はマジで悪くない。怒るなら俺を怒れ。つーか、俺自分で考えたんだ。店長のヒントは二つだけ。俺の英語が役に立つこと。あとは、菅原の地元。それだけだぞ? 俺、めっちゃ考えた。それで繋がった。菅原が何でこんなに頑張るのかとか」
「別に頑張ってませんけど」
本気で言ってやがる。自分は頑張ってないと。
「それで頑張ってねぇなら、俺はどうなっちまうんだよ」
「紫門さんは、頑張ってますよ。よく考えましたね」
菅原ひかり、こいつはマジでこういうヤツだ。
「……寺を買い戻してどうするつもりなんだよ」
「……また、あそこに住みたいなぁって、思って」
そう言って、座席に深くもたれかかり、窓の外を眺める菅原。
「……マネージャーを辞めて?」
「まぁ、そうなりますね。でも、全然まだまだですよ」
そう言って鼻で笑う菅原。
『まだまだ』か。菅原にとっては地獄なのに、俺にとっては天国だ。
「でも、寺に戻って何すんだよ。あんな田舎で。お前、なんつーか、接客業とか向いてねぇだろ」
はぁとため息をつく菅原。
「悪い。ちょっと言い過ぎた」
「いや、紫門さんの言う通りだと思います。寺に戻って何をするか決まってない。接客業も向いてないのもわかってます。お客さんに怒られて、店長にも迷惑かけてるし」
疲れた顔で、また「はは」と笑う菅原。
その顔を見て、胸が痛む。でも、俺にできることは何もないような気がした。
「こんな生活続けてたら、マジで身体おかしくするぞ。俺が運転してる間、寝てるとはいえ、昼も夜も働いて。あと十年くらいはかかんじゃねぇの」
「そうですね」
「なんか、俺にできることはねぇのか」
「ないですね」
ねぇよな。ポンコツの俺にできることなんてない。金を出すなんて言ったら、こいつは絶対怒る。つーか、親父が許さねぇだろうし。
「はぁ、どうすんだよ」
「どうしてあなたが悩んでいるんですか? 私が悩むならわかりますけど」
「いや、悩むだろ」
「私にマネージャーを続けてほしいなら、お金なんて貯まらず、寺も買い戻せないほうが、あなたにとって都合がいいと思いますけど」
「確かに! 確かにそうだな」
心底意味がわからないという顔で俺を見る菅原。
「何がしたいんですか? 私の秘密を知って。悩んで」
「知りてぇんだよ。お前のことを。パートナーだし。知りたかった。だって、フェアじゃねぇだろ。お前は俺の一番の秘密を知ってんのに、何で俺はお前のことをなんにも知らねぇんだよ。おかしいだろ」
「おかしい?」
「おかしい。俺はお前のことを何も知らない。昆布のおにぎりが好きだとか、変なキャラクターが好きだとか、そんなことしか知らねぇ」
菅原のカバンにジャラジャラと付いているキーホルダーを見る。全部、全部俺があげたやつだ。
「知ってどうするんですか? 昆布のおにぎりを好きだとか、変なキャラクターが好きだとか、それ以外を知ってどうするんですか?」
そう言って、俺が一番最初にあげた小せぇぬいぐるみを指で撫でる菅原。
「わっかんねぇ。わかんねぇよ。でも、なんかそれでようやく真ん中だろ」
「真ん中ってなんですか?」
「フェアだよ。フェアになる」
「意味がわからない」
「俺だって意味がわかんねぇよ。俺だって」
「私もわかりません。わからない、ことだらけで……」
そう言って、またため息をつく菅原。
初めて菅原の弱音を聞いた気がする。
「だったら、一緒に考えようぜ。俺、暇だし」
なんだよ。“俺暇だし”って。もっとあんだろ。
「暇かぁ」
「そうだ。暇だ。暇なんだよ」
「はは」
「一緒に考えてやるよ」
「……」
困ったような顔で、目を伏せる菅原。
手を伸ばし、頬にかかった菅原の髪を耳にかける。
菅原が顔を上げる。でも、前みたいに手を払われることはなかった。
「一人で抱えんなよ。パートナーだろ。仕事の。お前は俺のマネージャーだ」
身体を反らし、窓の外を見る菅原。
菅原がどんな顔をしているのかわからなかった。でも、伝わったんじゃねぇかとは思った。
菅原がものすごい勢いで、こっちを向いた。
「結構です!」
涙目だった。なんだこいつ。マジでなんなんだ。言ってることと、顔が真逆だ。
「泣いてんじゃん」
我ながら最悪だと思う。こいつが絶対言われたくない言葉をピンポイントで言ってしまった。
菅原の目から涙が零れる。
思わず手を伸ばし、それを拭った。
菅原が俺の手を掴む。
「結構です!」
そう言って俺を睨みつける菅原。
「悪い」
そう言うと、菅原が手を離した。
「一人でできます」
そう言って涙を拭い、鼻を啜る菅原。
「そうか」
「……でも、助けてほしいときは言います。英語がわかんない時とか」
「……おっけ」
そう返すと、菅原は勢いよく座席を倒し、「運転お願いします!」と言って、目を瞑る。
後部座席に手を伸ばし、ひざ掛けを取り、菅原にかける。
「……ありがとうございます」
目を瞑ったまま、そう言う菅原。
「おう、じゃあ行くぞ」
ドライブに入れ、サイドブレーキを引き、ゆっくりアクセルを踏む。
こいつは多分、俺に助けを求めてこない。でも、助けてほしい時は言うと言った。それは、菅原的には大きな一歩なんだと思う。いや、俺にとっても。




