第三十二話 いなくなることの方が怖い
「もう一つ、ヒント、ダメですか? 俺のとんでもない秘密……教えたんで……」
「その前に、もう少しだけ、聞いてもいいかい? 君のその、ヘビーな、秘密の話」
「え? あぁ、はい。いいっすけど」
「その、えーっと、そもそも、君の家系は代々そういう力があるのかい?」
「そうっすね。あります。もう死んじゃいましたけど、祖父もあったし、父もある。女が多い家系で。男にだけその力が宿るとか、なんだとかで。まぁ、それで有名な神社の娘である、母が選ばれて、父と結婚して……まぁ、俺が生まれたんすけど。何の力もない。それで、たまたま、菅原が来て。それでそんな感じになって……」
「苦しかっただろうね。そんなのは」
「え? あー、まぁ、はい。そうっすね」
「教えてくれてありがとう。それで、ヒントだけどね。うーん、なんと言ったらいいだろう。えーっと」
店長が唸りながら、長考に入った。
俺は少し氷が溶けたアイスコーヒーを飲んだ。確かに美味いな、ここのコーヒー。
まだ考え中の店長をジッと見る。
不思議な人間だ。この人の前にいると、何でも話してしまう気がする。菅原が懐くのも、少しわかる。そして、ほんの少し腹が立つ。俺もこんな人間だったら、菅原も話してくれたのだろうか。
というか、そもそも、今までの人生で誰かと深く関わろうとしたことなんてあったか? いや、ない。話せば話すほど、空っぽの中身がバレる気がして。関わりが深くなる前に避けたり、切ったり。そんなんばっかりだった。
そもそも、陰陽師として生まれたのに力がないという一番の秘密を隠して、誰かと深い関係を持つことが難しい。うっかり言ってしまったらと思うと、怖くて酔っぱらうこともできない。店長には、言っちまったけど……。
菅原は、最初から知ってた。知ってる状態から、俺たちの関係は始まった。
だから、菅原の前では素でいられるような、そんな感覚があった。初めはめちゃくちゃムカついてたけど。いや、今でもムカつく。でも、そのムカつきすらも、心地がいい。なぜかはわからない。
「もう一つのヒントなんだけどね」
店長が静かに口を開く。
「はい……」
「ひかりくんの、故郷」
「はい」
「以上!」
「え……それだけ?」
「うん、そうだね」
「いや、あいつの故郷は知ってますよ。こないだ行ったんで。墓参りに」
「それなら話は早いじゃないか!」
「パフェを。パフェを奢るので……」
「そんなんで、僕が釣られるとでも!?」
パフェを食べる店長を見つめる俺。
絶対好きだと思った。
「一口食べるかい?」
「いや、大丈夫です」
店長と俺が、一個のパフェをつつきあってたらちょっとキモいだろ。
「それで、その、もう少し、こう、ヒントみたいなものを……」
「うーん、ほら、ひかりくんの故郷、見ただろう? どうなってた?」
「うーん、閉鎖? されてた。リゾート事業で?」
「うんうん、そうそう」
「あー、全然わからない。俺、マジでポンコツなんすよ」
「紫門くん、君はポンコツじゃない」
「は? いや、ポンコツっすよ。本当、見た目だけで」
「紫門くん。ひかりくんが、君のことポンコツって言ったことあったかい?」
「いや、ない。言ってない。“頑張ってますね”とか、言ってた」
「僕にも言ってたよ。紫門くんが、頑張ってるって」
「マジか……あいつは、なんか、俺のこと、ちゃんと見てる気がして。誰も見つけてくれなかった俺を見つけてくれる、気がして……」
「だったら、君も自分のことちゃんと見てあげるのはどうだい? “俺はポンコツだから”って言うと安心するんだろう?」
「安心、いや、そんなんじゃ……」
いや、あるかもしれない。ポンコツだから仕方ないといつも諦めていた。
「君はポンコツじゃない。よく考えてごらん。ひかりくんが何をしようとしているのか。どうして、君の英語が彼女を助けるのか」
「はい……」
「あっ、もうこんな時間だ! そろそろドロンしなくては」
「あ、ありがとうございました!」
俺が奢ると言ったのに、店長はドヤ顔で全額払って帰っていった。
「歩いて帰るか……」
そう呟いて、家までの道を歩く。
「税金とか、土地や建物の取得のアドバイス、俺の英語、菅原の故郷……」
店長のヒントを頭の中に並べる。
「あー、わかんねぇなぁ」
そういえば、いつだったか、ストーカー男を懲らしめた時。あの時、菅原がストーカー男の色々を御影家の何かを使って調べたとか言ってたな。それで調べればわかるかもしれない。
その足で御影家に向かう。事務所に入り、パソコンを開く。
パソコンを開いたものの、何をどう調べればいいかわからない。
「とりあえず、菅原の故郷。あそこを調べるか」
御影家の何かを使わず、普通に検索する。
リゾート開発、工事の中止。
「ここまではわかってんだよな~」
ふと寺の写真が目に入る。それをクリックすると、不動産売買のサイトが出てくる。
金額とかは書いてない。問い合わせのボタンはある。
「あー、もうどうにもなんねぇから、リゾート諦めて売ってんのか?」
その瞬間、頭の中で店長のヒントと、菅原の行動が繋がる。
「菅原は、この寺を、買い戻そうとしている……?」
だとしたら、すべて繋がる。
ボーナスが欲しいこと。家賃無料に飛びついたこと。夜のコンビニでバイトしていること。クタクタのTシャツを部屋着にしていること。
でも、俺の英語が菅原を助けるってのが、よくわからない。
でも、ここに答えはある気がする。
寺の売主は……法人か? しかも、社名的に日本の企業じゃねぇな。外資系か?
また、頭の中で繋がる。
そういえば、前に菅原が言っていた。
『これから英会話を学ぶ必要がある』と。
そういうことか。そういうことか!
背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。
「菅原は、外資系企業からこの寺を買い戻そうとしている。そのために、深夜にコンビニでアルバイトをして、お金を貯めている」
あー、ヤバい。生まれて初めて、自分で答えを導き出した気がする。
「いや、待てよ。そもそも、この物件はいくらなんだ? 書いてねぇなら、問い合わせるしかねぇか」
なんとなく、英語で文章を打ち込む。
送信ボタンを押す。
一時間くらいで、返信がくる。
「二千六百八十万……いや、なんかリアルだ。つーか、あいつの財力を考えると、十年近くかかるだろ……つーか、買い戻してどうすんだ? 住むのか?」
そう呟いて、また天井を見上げる。
もしかして、買い戻せたらここを辞めて、そこに戻るのか?
ガタっと立ち上がる。
そうなったら、俺はどうなる。あいつがいなかったら、俺は。
その時初めて、ポンコツに戻ることよりも、菅原がいなくなる方がずっと怖いと思う自分がいることに気づいてしまった。




