第三十一話 俺の命、預けました
結局、一睡もできなかった。
車に乗り、ハンドルを握る。
菅原が助手席に乗り込み、ナビに場所を打ち込む。
「すみません、よろしくお願いします」
「あ? あぁ。座席倒しておけよ。そして、寝ろ。せっかく俺が運転するんだから」
恩着せがましい言い方。嫌味なヤツだ。俺は。
菅原が座席を倒す。しばらくすると、寝息が聞こえてくる。
「やっぱり、疲れてんじゃねぇか」
コンビニの駐車場に入り、車を停める。
コンビニで、栄養剤とか、飲み物とか色々買う。車に戻り、ひざ掛けを菅原にかける。
エンジンをかけ、アクセルを踏む。
その日からしばらく、菅原とは必要最低限の会話しかしなかった。
まぁ、俺が運転中は菅原は寝てるし、仕方がない。
でも、菅原が寝ていると、なぜかホッとした。
あんなに働いて、身体でも壊されたら、たまったもんじゃない。
あいつがいないと、俺はただのポンコツだ。あいつがいないと、仕事にならない。ただ、それだけだ。そう、自分に言い聞かせた。
♢ ♢ ♢
次の休み。
菅原のバイト先のコンビニに向かう。
店長に借りたTシャツを返しにいこうと思った。
菅原には言わなかった。言ったら、“私が返します”って言うだろうし。
それに、店長に聞きたいことがあった。
コンビニに着くと、店長は店先をホウキで掃いていた。
「あの……」
「ん? あ! 君、こないだの、陰陽師の! 何だったかな、名前。えーっと、し、し、紫門くん!」
「はい。Tシャツを返しにきました」
「あぁ! ありがとう! それね、限定のやつ。もう手に入らないやつでね、気に入ってたんだ。返してくれてありがとう」
「あ、いえ。はい。あの……」
「なんだい?」
「ちょっと、色々聞きたいことがあって……」
「聞きたいこと? あー! そう、僕もね、君に聞きたいことがあるんだ。どうだい? この近くにね、珈琲が美味しい喫茶店があるんだ。そこで一杯、どうかな。まぁ、僕はサンドイッチも食べちゃうけど」
「コンビニはいいんすか?」
「大丈夫大丈夫! みんな、シゴデキだから。僕が何で掃き掃除してるかわかるかい? ほら、あそこ、レジにいるパートさん。あの人に邪魔だから外に出てろって言われちゃったんだ。ふふ、ふふふ」
「なるほど……」
喫茶店に移動する。
店長は珈琲とサンドイッチ、俺はアイスコーヒーを頼んだ。
「あ、僕はね、こういう者です」
そう言って、名刺を差し出す店長。
「あ、俺今名刺持ってなくて」
「大丈夫、大丈夫! ひかりくんから聞いてるから、君のことは知ってるよ」
ひかりくん。まぁ、ひかりちゃんよりはマシか。
店長がくれた名刺を見る。
「オーナー?」
「そう、オーナー兼店長。ここ以外にも何店舗かやってるんだ」
「なるほど……」
お前もシゴデキじゃねえか。
「それで、あの、失礼な質問だったら申し訳ないんだけどね、紫門くん。君はひかりくんの“彼氏”なのかね?」
「違います。仕事上のパートナー? みたいな。そんな感じです」
「そうかぁ。そうだよねぇ」
「あの、菅原はいつからここで?」
「四月から働いているよ。就職してすぐだったかな」
「そうなんだ……あ、もしかして、菅原の誕生日にスタバのカードあげたのって」
「あー、僕、僕。誕生日にね、渡したんだ。『若い女の子、プレゼント』で検索したら出てきたんだ。あんまり変なのあげて、使わないのもアレだからね」
あー、これまでの色々が繋がった。
「ひかりくんが面接に来た日のこと、今でも覚えているよ。本当は断ろうと思ったんだ。ひかりくん、彼女、あんまり接客が得意じゃなさそうに見えて」
「そうっすね。向いてない」
「そしたらさ、僕の腰に霊が憑いているって言うんだ。僕ね、肝試しとか大好きで、しょっちゅうそういうとこに行っているんだ。だから、もうびっくりして。そしたら、ひかりくんが祓ってくれてね。またまたびっくり。慢性的な腰の痛みがなくなっちゃったんだよ。いやぁ、もうびっくりしちゃって。しかも、陰陽師のマネージャーをやってるなんて聞いちゃったら、オカルト好きの血が騒いじゃってね」
「なるほど……」
「ひかりくんから、何も聞いてないのかい?」
「はい。何も。何も聞いてません」
「そうかぁ。僕が言っていい話か、わからないけど。いや、うーん、怒られちゃうかなぁ」
店長が菅原の色々を知ってるんだとしたら、なんかめちゃくちゃ腹が立つ。なんで、こいつに言えて、俺には言えないんだよ。
「うーん、あのね、僕はひかりくんにアドバイスを少ししているんだ」
「アドバイス?」
「そう、例えば、まぁ、なんだろう。税金のこととか。土地と建物の取得とか。そういうこと」
「へ、へぇ……」
意味がわからない。だからなんだよ。
店長が俺をジッと見る。
あぁ、どうせ俺はポンコツだよ。そういう目で見んなよ。
「紫門くん、君は何か得意なこととかあるかい?」
「得意なこと? あー、えー、うーん。まぁ、英語? 留学してたんで。高校から大学まで」
日常会話程度しか話せないことは言わなかった。俺にもプライドがある。
「英語! それはいい! その力はね、ひかりくんの助けになると思うよ!」
「俺の英語が、あいつを救う?」
「いや、救うとは言ってないよ。助けになるって言ったんだ」
「すみません、マジで言ってる意味がさっぱりわからなくて。もう少し、ヒントとか、もらえません?」
「ヒント? そもそも君、なんでそんなにひかりくんのことを知りたがってる?」
「は? あ、いや、ほら、仕事のパートナーなんで。あいつがいないと、困るし」
「なるほどねぇ。紫門くん、君、ひかりくんのことを救いたいのかい?」
「え? あー、いや、その、えーっと」
サンドイッチが運ばれてくる。
店長がそれを豪快に齧る。
「美味い! あ、一個食べる?」
「あ、大丈夫っす……」
「紫門くん、ひかりくんを救いたいなら、ひかりくんに聞くか、調べるしかない。僕が話したら、彼女を裏切ることになる。僕はね、誰のことも裏切りたくないんだ」
「じゃあ、俺の秘密を話したら……もう少しヒントをくれませんか?」
「君、僕の話を聞いていたかい? でも、いいね。そういうの。ヤバい話かな」
「とんでもなく。もし、誰かに言ったら、俺は終わる」
「おいおい、そんなのは重すぎるよ。でも、気になっちゃうなぁ」
もう言うしかない。俺と菅原の秘密を。こいつなら信用できる。だって、菅原が信用している人間だ。
「……俺には、何の力もない。見えないし、祓えない。祓ってるのは、菅原で」
「し、紫門くん、き、君はとんでもないことを、僕に教えてしまった」
「はい。俺の命、預けました」
「重い、重すぎる! That sounds pretty heavy.」
「Weight has nothing to do with it.」
「おー! わかってるね、キミ!」
「バック・トゥ・ザ・フューチャーっすよね? 好きなんで」
店長は嬉しそうに「フォッフォッフォッ」と腹を揺らして笑った。
サンタクロースかよ。
誰にも言ったことがない秘密を打ち明けた。それなのに、なぜか心は晴れやかだった。




