第二十九話 由々しき事態!?
夜、仕事のあと、また菅原が出かけて行った。
深夜一時過ぎ。フード付きのパーカーを着て、部屋を出る。
タクシーを呼び、友達が教えてくれたコンビニに向かう。
タクシーを降りて、パーカーのフードを深く被り、遠くからコンビニを覗き込む。
深夜だからか、レジに店員がいない。なぜかホッとする。菅原はここにはいない。友達の作り話か、勘違いか。多分、そうなんだろう。いや、でも、一応中に入って確かめるか。
コンビニに入る。警戒しつつ、一番奥の棚まで行く。
棚の影からチラリと見ると、いた。
菅原が、いた。
コンビニの制服を着て、おにぎりを並べている。
なぜか、胸がズキッと痛んだ。
バレたら困る。でもなぜか帰れなくて、雑誌を手に取り、開いた。
自動ドアが開いて、ジジィが入ってきた。
酒臭い。離れているのに、アルコールの臭いがする。
しばらくすると、「いらっしゃいませ」という菅原の声が聞こえた。
「ホットコーヒーのLサイズが一点。お会計二百二十円になります」
酔っぱらったジジィが、ヨロヨロとコーヒーを淹れている。
「あ? なんだこれ。少ねぇぞ」
何かブツブツ言っている。
コーヒーを片手に、レジに向かうジジィ。
不穏な雰囲気を感じ、雑誌を読むフリをして耳を澄ませる。
「おい、ねぇちゃん。これ、なんか少なくねぇか。オレ、デッカイの買ったんだぞ」
「え? あー、LじゃなくてRのボタンを押していませんか? 間違っていますよ。大きいカップなら、Lを押さないと」
「あ!?!? 俺が間違えたって言ってんのか!!!」
ジジィが大声で怒鳴った。
ビビった……心臓が止まったかと思ったわ。突然音量上げんなや。ジジィ……。
「怒鳴らないでください。あなたが間違えたんです。もう、どうにもなりません。次は間違えないようにしてください」
「なんだとぉおおおお!?」
火に油を注ぐとは、まさにこういうことなんだろう。そう思った。
「だから、次からは気をつけてください。大きいカップの時はLのボタン。小さいカップの時はRのボタンですよ? わかります?」
菅原、お前多分、接客業向いてねぇよ。
「おい! 責任者を出せ!」
「あの、これ以上騒ぐなら警察を呼びますよ?」
「なんだとぉおおおお!?」
いや、マジでそろそろやめた方がいい。そう思い、雑誌を置き、少しだけレジの方に近づく。
影から覗くと、カウンターの中にいる菅原に、ジジィがコーヒーをかけようと腕を引いたのが見えた。勝手に身体が動いた。
走ってジジィの腕を掴む。
勢いよく掴んだせいで、反動で俺にコーヒーがかかった。
「熱ッ!!!!!!」
普通に熱くて、思わず叫んだ。
ジジィと菅原が呆然とこちらを見る。
「あ……あ……」
菅原が目を見開き、聞いたことがない声を出す。多分、パニックになっている。
俺がここにいること、俺にコーヒーがかかっていること。
「て……てんちょ〜……」
菅原が、助けを求めるような声で、そう言った。
俺が助けた。菅原に熱いコーヒーがかかると思って、ジジィの腕を掴んだ。
俺が助けたのに、目の前の菅原が助けを求めたのが、俺じゃなかった。
「ひ、ひかりくん、どうしたァッ!?」
小太りの白髪のジジィがバックヤードから飛び出してきた。
菅原、ジジィ、そしてコーヒーがかかった俺を順番に見る店長らしき男。
「ンンッ!? 由々しき事態!?」
と叫ぶ店長。
「け、警察!」
と叫ぶ菅原。
その瞬間、ジジィが俺の手を振り払い、走って逃げていく。
ジジィの後ろ姿を呆然と目で追う三人。
「紫門さん!」と菅原が叫び、どこかに走っていく。ロックアイスを両手に抱えた菅原が、戻って来る。
「こっちに、こっちに来てください!」
そう叫んで、俺を引っ張る菅原。されるがままの俺。
バックヤードに入り、椅子に座らせられる。
「大丈夫ですか!? これ、パーカー脱いで、こ、この氷を!」
そう叫びながら、俺のパーカーを無理やり脱がし、ロックアイスを袋ごと肌にくっつける菅原。
「冷た!!! 冷てぇよ!!! 大丈夫だ。大丈夫だって。まじで冷てぇ!!! 地肌はヤバい。菅原、マジで、ちょっと」
「や、や、や、火傷は、最初が肝心なんです!!!」
「いや、まじで大丈夫だ。パーカー分厚かったし。マジでその冷てぇほうが無理だって」
「君、いい筋肉だね! 僕も鍛えようかな」
そう言って、自分の腹をブルブルと揺らす店長。
マジでなんなんだこいつ。
「店長! なんか、服ないですか!? 紫門さんが風邪引いちゃう!!!」
焦ったようにそういう菅原。
「あ、あるある! あるよ! ちょっと待って!」
そう言って、カバンを漁る店長。
せめて洗ったやつであれ……そう願うしかなかった。
「あった! あったぞ! ひかりくん。これ、これを彼に!」
そう言って、菅原にTシャツを渡す店長。
ひかりくんって、なんだよ……
菅原が、俺に無理やりTシャツを着せる。
「菅原、待て。自分でできる。おい、菅原……」
ふと、Tシャツを見る。
「月刊ムー」と書いてある。
「うん、似合ってる。君、似合ってるよ」
そう言って、俺の肩に手を置く店長。
ロックアイスにタオルを巻き、俺の胸当たりを冷やす菅原。
「店長、これあとでレジ通します。すみません」
「いい、いいよ。ひかりくん。お金のことは気にしないで。あ、警察、警察を呼ぼう。防犯カメラに映っているといいけど」
そう言って、電話を手に取る店長。
「いや、警察は。警察はやめてください。親父に、親父にバレたらヤバい」
ハッとした顔をする菅原。
「あの、店長。警察はやめてほしいです。私の、私のせいなんで」
「違うだろ。お前のせいじゃないだろ」
「わかった! わかったよ。落ち着こう。若人たちよ。うんうん。ところで君、誰だい?」
そう言って、キュルンとした瞳で俺を見る店長。なんなんだこいつは、マジで。
「前に話した、私がマネージャーをしている、陰陽師の……」
俺のこと話してんだ……なんかちょっと嬉しい。
「あぁっ! 君が! いやぁ、光栄だ。陰陽師に会えるなんて」
「いや、まぁ、はは……」
どう反応したらいいかわからなかった。
「び、病院に行きましょう。夜間救急。今調べます」
「いや、大丈夫だ。赤くなってないし」
「ひかりくん、今日はもう帰りなさい。陰陽師の彼と」
「いや、でも、店長だけになっちゃいますよ」
「大丈夫大丈夫! 僕ね、学生の頃、ファミレスのキッチン、一人で回してたんだよ。見せたかったよ。僕のフライパン捌き。フランス料理のシェフ顔負けだったよ」
そう言って、フライパンを振る動作をする店長。
「わかりました……紫門さん、帰りましょう」
「うん、帰りなさい。大丈夫、心配しないで」
そう言って、ウインクする店長。
「ありがとうございます……」
そう言って、リュックに荷物を詰め、俺に手を差し出す菅原。
その手をギュッと握り、俺は立ち上がった。




