第二十八話 知りたかった
その日は、仕事のあと友達と飲んでいた。親父の言う“碌でもない友人”だ。
「一人暮らしなら泊めろよ~」
「わかったわかった。でも騒ぐなよ。まじで。親父に怒られるから」
「坊ちゃんだな~お前」
「うるせぇな。ベランダで寝かせるぞ」
部屋の前に着いた時、ガチャっと音がして、菅原が出てきた。
「あ、菅原」
「なにぃ? 知り合い?」
友達が茶化すように俺に言う。
「知り合い」
俺がそう答えると、今度は菅原に絡みだす。
「なんで隣に住んでるの~? こいつの彼女さんですか~?」
「おい、やめろ。ちげぇよ。マネージャーだよ」
「すみません。ちょっと急いでいるので、また」
そう言って小走りでエレベーターに向かう菅原。
「あ~、行っちゃった~。バイバーイ、マネージャーちゃん」
「おい、静かにしろ! 部屋に入るぞ」
あいつ、そんなに急いでどこに行くんだ。こんな時間に。
「おじゃましま~す。お、散らかってな~。女呼んでねぇの?」
「呼んでねぇよ」
「つーか、なんでマネージャーが横に住んでんの? あー、親父さんに言われたとか? 監視されてんだ! ウケる。つーか、あの子? マネージャーちゃん。彼女なわけねぇよなぁ。紫門のタイプと真逆じゃん。ちょい地味? いや、結構地味?」
「おい、やめろ」
「なんで怒ってんだよ~。つーか、お前、女の子たちに全然会ってねぇだろ。超文句言われるんだけど~? 返信くらいはしろよ~。じゃないと俺が全部取っちまうぞ~」
「酔っ払いすぎだろ。風呂入ってこいよ。クセェままで俺の布団に入んなよ」
「オェエエエエ」
「おい! バカ! トイレで吐け!!!」
片付けを終え、シャワーを浴びる。床で眠るそいつに布団をかけ、ベッドに寝転がる。
菅原、マジでどこに行ってんだ? コンビニとか? いや、あいつも子どもじゃねぇんだから、飲みに行ったりするか……。友達とか、あいつにもいるだろうし。
早朝、まだ外が暗い。床で眠る友達を起こさないように起きて、ジムに行く準備をして、マンションのエントランスから出る。
はぁ、マジで眠い。二日酔いってほどじゃないけど、なんかダルい。
遠くから、自転車に乗った菅原が走ってくる。
朝帰りか……朝帰り!? あいつが!?
菅原は俺にまったく気づいていない。
「菅原?」
そう声をかけるが、通り過ぎる。
しかし、五メートルくらい先で、キーッと音を立てて止まる菅原。
「おはようございます。ジムですか? お疲れ様です」
こちらを振り返り、掠れた声でそう言った。なんかすごく疲れた顔をしている。
「朝帰り?」
「え? あー。いや、まぁ。ではまたあとで」
そう言って、また自転車を漕ぎ出す菅原。
なんであんなに疲れてんだあいつ。いや、朝まで遊んでたらさすがに疲れるか。いや、遊びに行く格好でもなかったぞ。もしかして、彼氏の家に行ってたとか?
次の日も、その次の日も、菅原は仕事のあと、出かけて行った。
いや、別に監視していたわけではない。たまたま、ドアの近くにいて、菅原が出て行く音が聞こえただけだ。
もしかして、夜は彼氏の家に行ってる? そうとしか思えない。
一つのベッドで、彼氏と眠る菅原の絵が浮かぶ。
あいつは、彼氏とどんなことを話すんだ? なんか話すことがあんのか? だって、ほぼ毎日俺といるんだぞ。朝から晩まで。俺のことしか話すことがねぇだろ。
愚痴とか言うのか? 俺がクソとか、ウザいとか。
そんなの聞いて、彼氏はどう思うんだ? つーか、あいつはどんな男を選ぶんだ?
きっと、優しい男なんだろうな。菅原が選ぶんだから。
あいつは多分、見た目とかでは選ばない。俺みたいに。
優しくて、芯があって、年寄りとかガキに手を差し伸べるような。
菅原が泣いたら、何も言わずに抱きしめるような。
俺みたいに、顔だけよくて、何もできねぇ男は、多分選ばねぇ。
何を考えてんだ、俺は。あいつは俺のマネージャーだ。あいつに彼氏がいるとか、いねぇとか、どうでもいいだろ。
「おはようございます」
車に乗り込むと、菅原があいさつする。
「あ? あぁ」
優しい彼氏と仲良くしていればいいだろ。毎日一緒に寝てんだろ。一つのベッドで。クソ。
菅原のカバンには、今日も俺があげたキーホルダーがジャラジャラ付いている。
なんなんだ、こいつは。つーか、俺は何に腹を立ててんだ。
夜、夜中。
あの友達から電話が来る。
「お疲れ~。こないだはマジでごめん」
「あ? マジでふざけんなよ。次は飲みすぎんなよ」
「悪い悪い。つーかさ、あの子。紫門の隣に住んでる、マネージャーちゃん? あの子に会った!」
「……は? 会ったってどういうことだよ」
「なんで怒ってんだよ。昨日? 夜中にコンビニ行ったんだよ。そしたら、いた」
「あいつが買い物してたってことか?」
「違う違う! いらっしゃいませって言われて見たら、あの子だったんだよ。俺、酔っぱらってたのに、記憶力良すぎだろ。マジで天才」
「は? 何を言ってんだお前は。あいつがなんでいらっしゃいませって言うんだよ」
「だーかーらー、バイトしてたんだよ。深夜のコンビニ。なんで?って感じだよな。よっぽど給料安いんだな、お前んとこ。いや、あんないいとこ住んで、家賃やべぇからか?」
「……それ、マジなんだよな?」
「マジマジ! 声かけたら、紫門さんには言わないでくださいって言われた。お前んとこ、副業禁止なわけ? 今どきそんなのブラックだぞ!」
「どこのコンビニか教えろ」
わけがわからない。なんで昼間働いて、夜中も働いてんだ、あいつは。
だからあの朝、疲れた顔をしていたんだ。声も枯れていた。
なんでだ? なんでそんなに働いている? 奨学金? いや、だからってそんなに働くか? 他に借金があるとか? いや、あいつはそんなヤツじゃない。なんなんだ?
わからない。マジで意味がわからない。
でも、あいつはきっと聞いたら怒る。あの時みたいに。
でも、聞きたい。知りたい。
あいつがそこまで頑張る理由が。




