第二十六話 茶碗が二個
「昨日はまじで助かった。あと、勝手に泊まって悪かった」
助手席に乗り込んですぐ、菅原にそう言った。
「いえ、お気になさらず」
こちらをチラリとも見ず、運転席で書類を確認する菅原。
「あのさ、途中で駅ビルに寄ってほしい。ちょっと見たいものがあって」
「駅ビル?」
そう言って、地図を見る菅原。
「最初の依頼のあと、少し時間があるので、そこで行きましょう」
「おっけー。頼んだ」
依頼をこなしたあと、菅原がコインパーキングに車を停める。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
「はい。私は報告書を書くので、車の中にいます。何かあったら連絡してください」
車を降りて、駅ビルに向かう。
着いたのは、ルームウェアを売っている店。昨日のお礼に、菅原にルームウェアを買って渡そうと思った。
目についたものを手に取る。こんなモコモコしたやつ、あいつは着るのか? 自分じゃ選ばないだろうし、貰ったものなら仕方なく着るか?
「彼女さんへのプレゼントですか?」
店員が話しかけてきた。
「いや、そういうわけでは。マネージャー? あー、仕事の? まぁ、お礼に」
「マネージャーさんにプレゼントですか? 仲良しなんですね」
仲良し……仲良しではない。むしろあいつは俺のことを嫌がっているような。いや、嫌がってたら部屋に入れないだろ。いや、でもあれはゴキ……あの黒いヤツのせいで、仕方なくか。いや、嫌がってたら朝飯を作らねぇだろ。俺のために。あー、美味かったな、味噌汁。また、食いてぇなぁ。
「お客様?」
「あー、とりあえず、シンプルなやつ? いや、可愛いやつ?」
「これとか、どうでしょう。シンプルですが、少し甘い感じ。サイズとか、おわかりですか?」
「サイズ……? あー、お姉さんとそんなに変わんないかな。身長はこんくらい?」
首元あたりに手をやる。抱きしめたら、多分このへんに頭があんのか?
あいつを抱きしめることなんか、ねぇけど。
「なるほど、なるほど。じゃあ、これですかね」
「じゃあ、それで」
「ラッピングはどうされますか?」
「ラッピング? あ、いや、いいです。紙袋だけ、お願いします」
プレゼントではない。お詫びの品だ。
車に戻ると、菅原がまたこちらも見ずに、「おかえりなさい」と言った。
「菅原、あのこれ」
そう言って、ルームウェアの入った紙袋を渡す。
「はい? なんですか?」
そう言って受け取り、中身を見る菅原。
「いや、お詫びの品……昨日のこととか。あと、朝飯とか」
いらないですとか言われたら、何て返せばいいんだ。“ありがたく貰っとけよ”とか言えばいいのか?
「……可愛い」
菅原が小さい声でそう呟いた。
可愛い……菅原も、可愛いとか思うんだ。
「ありがとうございます。大事に着ます」
大事に? 大事に……大事に……。
「いやぁ、あぁ、うん。大事にしろ」
何を言ってんだ俺は。
「なんで、茶碗とか箸が二個ある?」
な、何を聞いてんだ俺は!!!
「……何の話ですか?」
「いや、なんで一人暮らしなのに、なんで茶碗とか箸が二個あんのかなぁって」
「いや、新居のために買ったけど、古い方がまだ使えそうで、捨てるのがもったいなくて」
あぁ、やっぱり彼氏じゃねぇな。
「そうか」
「これ、サイズよくわかりましたね」
「は? あぁ、まぁな。女のサイズなんて朝飯前だ」
怪訝な顔で俺を見る菅原。
「女遊びも程々にしてください。新居に呼ぶ場合も、あまり騒がないようにしてくださいね。他の住民から苦情が入ったら、お父様に怒られますよ」
「呼ばねぇよ! つーか、最近遊んでねぇし」
いや、菅原が引っ越してきた日に遊んだけど。飯食っただけだし。つーか、付き合うか迫られて、断ったし!
「程々なら、大丈夫です」
なんだよ、それ。程々ならって。いや、なんで俺は腹が立ってんだよ。
「程々ってなんだよ。遊んでねぇって。まじで。部屋にも呼ばねぇよ。女は」
「そうですか」
そう言って、袋にルームウェアを入れて、手を伸ばし、後部座席に置く菅原。
「お前って、彼氏いたことあんの?」
なんか、腹が立って思わず聞いてしまった。しかも、“いたことあんの?”って変な聞き方をしてしまった。でも、“お前、彼氏いんの?”だと、俺がこいつを好きみたいだし。そんなわけないのに、そう思われるのは嫌だし。
「なんであなたにそんなこと教えないといけないんですか?」
困ったような、怒ったような顔で菅原がそう言った。
「いや、別に……ただ、聞いただけ」
「プライベートなことは、教えられません」
「プライベートってなんだよ。ただ、彼氏がいたことあんのか聞いただけだろ。よくある世間話だろ。“いた”か、“いない”かの、ただの二択だろ」
「だから、なんであなたにそんなことを教えないといけないんですか? 私に彼氏がいたら、なんだって言うんですか? いなかったら、“やっぱりな”とか言うんですか? 最初の頃、言ってましたもんね。愛想が悪いとか! そんなんじゃ、モテないとか!」
「いや、ちが、違くねぇけど。言ったけど。あの時は、いや……」
「紫門さんが、私のこと馬鹿にしてるのはわかってます。さっき、あれをくれたのだって、私の部屋着がボロボロだったから、同情して買ったんですよね。わかってます。だからって、そんなこと聞くのは、酷いと思います!」
「ば、馬鹿になんてしてない。してない。マジでしてない。部屋着は、違う」
違くない。そうだ。部屋着がダサくてヨレヨレだったから、新しいのをあげようと思った。でも、同情したわけじゃない。
顔を歪めて怒っていた菅原が、みるみるうちに項垂れていく。
「……菅原?」
「……すみません。取り乱しました。部屋着、せっかく買ってきてくれたのに、同情とか言って、すみません。本当に、ごめんなさい。ちゃんとします。ちゃんと。私は、あなたのマネージャーなので」
「いや、俺も変なこと聞いて悪かった。でも、俺はマジでお前のこと馬鹿になんてしてない。俺は何にもできねぇけど、菅原はそうじゃない。見えるし、祓える。マネージャーとして、ちゃんとやってる。俺は、俺の方が、ちゃんとしないとダメだと思う。俺さ、マジで女と遊んでない。いや、こないだ飯食ったけど……でも、曖昧な関係を切った。そういうの、もうやめようと思ってる――仕事のために」
仕事のためじゃなかった。多分。
「紫門さんも、頑張ってますね」
顔を上げて菅原を見る。
呆れたような、困ったみたいな、でも、笑ってるみたいな顔。
「俺、多分、頑張ってる……」
――お前のために。いや、仕事のために。




