第二十四話 変でもいい
俺が引っ越した一週間後。
菅原が隣の部屋に引っ越してきた。
俺は朝からずっとソワソワしていた。
引っ越し業者の声と作業する音が外から聞こえて、玄関のドアを少し開けて覗いてみる。
家電が次々に、部屋の中に運ばれていく。
菅原の声がして、ドアをもう少し開ける。
「あ、菅原」
「騒がしいですよね。すみません。もうすぐ終わるので、もう少々お待ちください」
「いや、別に。手伝うこととかあるか? 俺、今日暇だし、手伝ってやってもいい」
「結構です。プロに頼んでいるので。それに、荷物もそんなにないので。では」
そう言い残し、部屋に入っていく菅原。
何だよ、あいつ。
俺の引っ越しの日、親父に頼まれて、菅原は引っ越しを手伝った。
「どんだけ服があるんですか!?」
「どうしてタグがついたままなんですか!?」
「指は十本しかないのに、どうしてこんなに指輪があるんですか!?」
菅原は都度キレて、最後は一緒にリサイクルショップに服とかアクセサリーを売りに行った。売れた金で、二人で焼肉を食った。
最後にデカいアイスまで食って、機嫌は良くなってたけど。
「だから、俺も手伝ってやろうと思ったのに」
玄関のドアの前でそう呟くが、あいつには聞こえていない。
「ありがとうございました」
外から菅原の声が聞こえる。
は? もう引っ越し終わったのか? 早すぎだろ。
いい。もう遊びに行ってやる。今日はわざわざ予定を空けていた。頼まれてもいないのに。
スマホが鳴る。電話だ。
「あー、はい」
「あ、紫門くん? やっと出た~。何回もかけたんだよ?」
「ごめんね? ちょっと仕事が立て込んでてさ。引っ越しとかもあって」
「えー? 引っ越ししたの? 実家から? 一人暮らし?」
「あー、そうそう。一人暮らし」
「えー! 行きたい。行ってもいい?」
いいわけがない。菅原が隣にいんだぞ。見られたらどうする。いや、別に見られてもいいだろ。別に。
「いやー、まだ散らかっててさ。人が呼べる状況じゃないかな」
「そっかぁ。今日は、休み?」
「あー、そう。休み」
「えー、じゃあ、これからごはんとかどう? ほら、最近連絡もくれなくて寂しかったから……」
いや、知るかよ。俺はお前の彼氏じゃねぇぞ。
「あー、ごめんごめん。今からなら、少し時間取れるかな。夕方からちょっと用事があってさ」
ヤケクソだ。菅原のせいだ。まぁ、でも、夜に菅原が手伝ってくださいとか言ってきたら困るし、飯食うくらいなら短時間で済むだろ。
「え? いいの? あのね、いいお店があるの。お店のURL送るね」
電話を切ったあと、送られてきた店を見る。
「俺が食えるもんは、なさそうだな……」
そう呟いたあと、支度を始める。
♢ ♢ ♢
「かんぱ~い。お酒、久々かも。嘘だよ。昨日も飲んじゃった。紫門くんが全然連絡くれないからだよ?」
瞼に塗られたラメが反射して、キラキラと光っている。
菅原は化粧はしてるっぽいけど、こんな風に光ってたことはねぇな。
どうせ「瞼を光らせなくても生きていけます」とか言うんだろうな。
「ねぇ、聞いてる? そんなに仕事忙しいの? 陰陽師? すごいよねぇ。みんなに自慢してるんだよ」
「何て自慢してんの?」
「えー? 紫門くんって陰陽師なんだよーって。ヤバいのを祓ったりするんでしょ? すごいなぁ。私、霊感とかないしさ。そういうの視えるのって、すごいと思う」
「確かに、すごいよなぁ。見えるのも、祓えるのも」
「え? 自画自賛? あはは、本当、紫門くんって面白い。ふふ」
そう言って、俺の腕に触れる女。
「あれ、なんかアクセサリー減った?」
「え? あぁ、してくんの忘れてた」
「私があげたやつ、いつもつけてきてくれてたじゃん」
やべぇ! 売っちまった! しかも、その金で菅原と焼肉を食っちまった!
「あー、マジでごめん。本当、最近忙しくてさ。ちょっと疲れてたのかもしれない」
「ねぇ、紫門くん。もうハッキリしてほしい。私って、紫門くんにとって何なの? もう待つのは辛いよ……」
……は? 俺にとって何なのか? 何を言っている? 付き合えってことか?
『私は付き合いたいとか、そんなんじゃないよ。ただ、紫門くんと楽しく遊べたらいいかなって思ってる』
前にこの女がそう言っていたことを、ふと思い出す。いや、お前がそれでいいって言ったんじゃ……。
「ハッキリって何を?」
「私のこと、どう思ってるのかってこと」
どう……正直、どうも思っていない。
ただ、確認したかっただけだ。俺が周りにどう映っているのかを。こういう見た目が良い綺麗な女が寄ってくると、安心した。それでしか、自分の価値を見出せなかった。
見た目がいい女を、多分、鏡にしていたんだと思う。そこに反射した自分を、俺は見ていた。
「鏡……みたいに思っている」
気づいたら、そんな言葉を口にしていた。
「鏡? どういうこと?」
「わからない」
「紫門くん、どうしたの? ちょっと変だよ」
変。
前だったら、そんなことを言われたら腹を立てたかもしれない。いや、多分、不安になっていた。
でも今は、もっと変なやつがいつも隣にいる。隣に住んでいる。そのせいか、別に“変”でもいいんじゃないかと思う。
「あのさ、ごめん。俺、付き合うとかはできない。その、嫌いとかじゃなくてさ。マジで仕事が忙しくて。いや、仕事が楽しくて。今はそういう気持ちになれない」
「そっか……」
嘘ではない。だって、そうだ。俺は今、この仕事が楽しいと思える。
菅原が祓って、俺が祓うフリをする、この仕事が。
「紫門くん、また遊ぼうね?」
「え? あ、あぁ。じゃあ、また」
そう言って、足早に立ち去る。
菅原、あいつ、ちゃんと飯食ったか?
忙しくて食ってねぇかもな。何か買ってってやるか。
そんなことを考えながら、俺はコンビニまでの道を歩いた。




