第二十二話 強がんなよ
「紫門さん、お花だけ買ってもいいですか?」
「あ? いいけど。どっかあんの?」
「お花屋さんはなくて。でも、スーパーがあるから、そこでもいいかな……」
スーパーの駐車場に車を停める。
「田舎のスーパーって感じだな」
「田舎のスーパーですからね」
仏花を選ぶ菅原を、後ろから見守る。
ひまわりを手に取り、少し考え、戻す。
「ひまわり、好きなのか?」
「いえ。すごく綺麗だなって思って。でも、お墓にひまわりって」
「いいんじゃねーの? 別に。しきたりとか、そういうのはよくわかんねぇけど。菅原が綺麗だなって思ったんなら」
菅原がひまわりを手に取り、ジッと見る。
「じゃあ、これにします」
「こっちのこれ、ひまわりに合いそうだな」
白くて小さい花。ひまわりに合うというか、菅原っぽいと思った。
「カスミソウ?」
「へぇ、カスミソウって、これのことをいうんだ。名前は聞いたことあったけど」
「じゃあ、私が選んだひまわりと、紫門さんが選んだカスミソウにします」
俺がいいと思ったものを、菅原が選んだことが少し嬉しい。
「線香はあんのか?」
「あ、お線香……忘れてた」
「じゃあ、ライターもか?」
必要なものを買って、また車に乗り込む。
「紫門さんが気づいてくれなかったら、お線香なしで行くところでした」
墓の前、線香がなくて絶望する菅原の絵が浮かぶ。
「準備する暇もなかっただろ」
「はい」
墓までの少しの距離、なんとなく、また屋根を開ける。
菅原の髪が風になびいて、いつもの匂いがした。
ひまわりとカスミソウを抱え、海を眺める菅原を目に焼き付ける。
どうして焼き付けたかは、わからない。
デートとか、そんなんじゃない。
ただの、マネージャーで。
ただの墓参りで。
でも、今日のことを俺はずっと憶えているんじゃないか。そう思った。
墓場に着いて、菅原が桶に水を汲む。
「俺が持ってく」
「ありがとうございます」
しばらく歩くと、菅原が立ち止まった。
「ここです」
菅原はテキパキと墓の汚れを洗い流し、さっき買ったひまわりとカスミソウを供える。
黄色と白の花が、海風に吹かれ、小さく揺れていた。
「よし」と小さく言って立ち上がり、線香に火をつけ、墓に置いて手を合わせる。
俺はただ、後ろに立ってそれを見ていた。
菅原が手を合わせて少し経った頃、鼻をすする音が聞こえた。
は……? 泣いてる……?
菅原が泣いていた。菅原って泣くんだ。
なぜか、あいつは泣いたりしないと思っていた。
いつだって冷静で、あんまり笑わない。だから、あいつは泣くこともない。そう思い込んでいた。
もしかして、これまでもここで一人で泣いていたのか?
胸が痛む。でも、俺には何もできない。
声をかけることも。ましてや、抱きしめることなんてできるわけがない。
俺が頭に置いた手を払ったこいつが、そういうことを望んでいないとわかっていた。
というか、そういうことをする関係でもない。
女を抱きしめることなんか朝飯前だ。朝飯前だった。
好きでもない女だって、何も思わず抱きしめられる。それが俺だ。俺だった。
でも、身体は動かない。
育ててくれた人間と、育った場所を失い、墓の前で静かに泣く菅原を、俺は抱きしめることができなかった。
だって、あいつは望んでいない。
抱きしめられることも。俺に慰められることも。
しばらくして、菅原が涙を拭い、顔を上げる。目と鼻が少し赤い。
「お線香、あげないんですか?」
「え? 俺?」
「せっかくなので」
そう言って、線香に火をつけ、俺に渡す菅原。
線香を置き、手を合わせる。
あんたが誰だか、どんな人間だったか、俺は知らない。でも、あんたが育てた菅原は、俺が……。
そんなことを頭の中で言いかける。
俺がって、なんだよ。俺は今、何を言いかけた。
「ありがとうございます」
立ち上がった俺に、菅原がそう言った。
普段の俺なら、気まずさをごまかすために“泣いてた?”とか茶化していたかもしれない。
でも今は、そんなことをする気にもなれなかった。
「菅原、あのさ。お前が育ったところ、見てみたい」
「え?」
「寺のあたり。行ける?」
「地域一帯が閉鎖されているんです」
「それでもいい。見たい」
「わかりました」
車を走らせて、その場所に向かう。
菅原は何も言わず、また海を眺めていた。
到着すると、思っていたよりずっと閉じられていた。
一帯がフェンスで囲われている。
「他の家々は、もう壊されてないんですけど、お寺はこの奥に残っています。ここからは見えないけど」
「なんで寺だけ残ってる?」
「色々出るみたいで」
その言い方で、色々察する。
「つーか、この地域は何で閉鎖されてんの?」
「リゾート施設を作る計画があって」
「へぇ、リゾート施設」
周りを見渡す。海の前、高速のインターも近い。東京からのアクセスもいい。
立地的には、確かにアリだ。
「それで、いつからその工事は始まるわけ?」
「始まりません。あの寺が壊せないので。色々出るから」
「マジかよ」
「はい。ただ、こうやって閉鎖されている」
「辛いな」
「はい?」
「辛いだろ?」
「いや、別に辛くないですけど」
辛くないわけがねぇだろと思う。さっき泣いていたのを、俺は見ている。だから、これが菅原の強がりだとすぐにわかった。
「……強がんなよ」
「強がってませんよ。でも、来られてよかったです。いつもはここには来ないから。見るのが嫌で。でも、紫門さんがいたので来られました」
そんなことを言われて、少し喜んでいる自分がいる。
「よかったな。じゃあ、飯でも食うか」
「港が近くにあるので、海鮮丼がおすすめです。あ、でも、炭水化物か……」
「今日はいい。今日は食うって決めてんだよ。チートデイみたいなもんだ」
はははと菅原が笑った。その笑顔を見て、少しホッとする。
そうだ。こいつもちゃんと笑うし、泣く。
不愛想だし、舌打ちもする。マネージャーのくせに、態度も悪い。
「じゃあ、案内します。行きましょう」
菅原がそう言った時、俺に手を差し出さないか、ほんの少し期待した。
菅原が手を差し出したら、その手を――。
菅原はくるりと背を向け、歩き出した。
そうだ。これが多分、正しい。
だって、こいつはただのマネージャーだから。




