第二十一話 怖かった
墓参り前日の夜。
「明日、車貸してくんない? Z4だっけ、あの二人乗りのやつ」
疑うような目で俺を見る親父。
「どこに行く? また碌でもない友人か? それか、女か」
「違う。菅原。あいつ、墓参り行くから。連れて行くだけ」
「あぁ、ひかりちゃんか。へぇ、墓参り」
そう言って、車のキーを投げてよこす親父。
ひかりちゃんってなんだよ。馴れ馴れしい。キモい。キモすぎる。このジジィ。菅原、絶対に嫌がんだろ。あいつ。
「さんきゅー」
「おい、事故だけはするなよ。御影家の看板を背負っているつもりで行動しろ」
「わかったわかった」
「ひかりちゃんに、美味いものでも食わしてやれ」
キモい。キモすぎんだろ。まじで、ひかりちゃんじゃねーよ。
つーか、どんだけ信用されてんだよ。あいつ。
まぁ、仕事はできるからな。あいつがいないと、俺はただのポンコツだし。
「そういえば、菅原にボーナス出してやってほしい。結構、頑張ってるだろ? 俺ら」
「……俺ら? 頑張ってるのは、ひかりちゃんだろ。まぁ、考えてはおく」
“菅原は、俺のこと頑張ってるって言ってたぞ”
そう言おうとしたけど、バカみたいで、情けなくて、やめた。
「頑張ってねぇのかぁ、俺は」
部屋のドアの前、そう呟いた。
♢ ♢ ♢
早朝、菅原の住むアパートの前に車をつける。
アパートを見て唖然とする。
錆びた剥き出しの外階段。ボロい建物。『コーポ草加部』とデカデカと書いてある。
名前までダサい。
つーか、あいつ女だぞ? こんなセキュリティー皆無なところに住んで大丈夫なのか? 危なすぎんだろ。
カンカンと音を立てながら、菅原が階段を下りてくる。
助手席のドアを開け、車に乗り込む。
「すみません、お待たせして。なんか、すごい車ですね」
「いや、別に待ってねぇけど……あのさ、さすがに風呂はあるよな? このアパート? コーポ?」
ムッとした顔をする菅原。
「あります! 風呂トイレ別! 二口コンロです!」
「ならよかった……でも、危なくねぇか? その、女の一人暮らしには……」
「でも、家賃が安いので」
「そんなに金ねぇの? 俺、一人暮らしとかしたことねぇから、わかんねぇけど」
「……奨学金の返済とか、色々あって」
「そうか、悪い。変なこと聞いて」
「いえ、金持ちにはわからない悩みですよね」
「なんか俺、ディスられてる?」
「いえ」
車を走らせ、高速に乗る。
「俺も一人暮らししてみてぇな」
「え、やめたほうがいいと思います」
「マジなトーンで言うなよ。そんなにダメか? 俺」
「いや、だってほら、掃除とか、洗濯とか、料理とか、ごみ捨てとか自分でやるんですよ?」
「いや、そんくらいはできるだろ」
「そんくらいと言っている時点で、もう舐めていますね」
「舐めてねぇよ。でもさ。まじで、あそこにいると俺は頑張ってねぇなってなるんだよ」
「御影家にいると?」
「そう。どんなに頑張ったって、俺の頑張りは親父には見えないっぽい」
「頑張っているのに?」
そうだ。親父には見えてないけど、こいつには見えている。
「菅原がそう言うなら、俺、頑張ってんのかもな」
「頑張っていると思います。昨日だって、一昨日だって、頑張っていました」
昨日も、一昨日も。菅原は俺の頑張りを見ていた。
トンネルを抜けると海が見えてくる。目的地よりだいぶ手前で高速を降りる。
「降りるとこ、間違ってませんか?」
「間違ってない。ちょっと待ってろ」
不思議そうな顔をする菅原。海沿いの道に入る。
「菅原、いいもの見せてやる」
「なんですか?」
怪訝そうな顔で、俺を見る。
ボタンを押すと、ウィーンと音がし始め、天井が後ろに格納される。
一気に風が吹き込む。
「どうだ? ヤベェだろ?」
菅原が身を乗り出して、海の方を見る。
「おい、飛んでいっちまうぞ」
そう言うと、菅原が振り返った。
「紫門さん! すごいですね! めっちゃ、気持ちいい風!」
見たことがないくらいの、満面の笑みだった。
走馬灯に出てくるかもしれない。本気でそう思った。
死ぬ瞬間、俺はこの菅原の満面の笑みを思い出すんじゃないか。
菅原はまた、海のほうを見て「眩しい!」と言って、手をかざす。
「サングラスあるぞ」
そう言って、用意していた一つを菅原に渡す。もう一つ取り出し、自分にかける。
「二つ持ってきたんですか?」
「オープンカーだからな。カッコつけ用に。どうせ、持ってねぇだろ?」
頷いたあと、はははと笑う菅原。
サングラスをかける菅原。あんまり、似合っていない。
「なんか、ちょっと面白れぇな」
「そうですか?」
「せっかくだから、写真撮ろうっと」
そう言って、スマホを取り出す菅原。てっきり、海の写真を撮るのかと思っていた。
でも、菅原はインカメにして、サングラスをかけた自分と俺を画面に映した。
「紫門さんは、運転中なので、ちゃんと前を見ていてください。あ、でも笑ってください」
カシャと音がしたあと、菅原がスマホの画面を見つめる。
「よく撮れてますよ。あとで見せます」
「いや、送れよ。自分のスマホで見るから」
「はい」
今までも、こうやって写真を撮られることはあった。でも、俺はそいつらにとって、ちょっといいアクセサリーみたいなもんだった。俺も、わかっていて、そのアクセサリーをやっていた。だって、それが俺の価値だったから。そこにしか俺の価値はなかった。
でも、こいつの前では、その価値がバラバラになる。
それがどうしてなのかはわからない。わかるのも怖い。
怖かった。




