第二十話 連れてってやろうか?
「次の依頼の時間もあるので、さっさと祓いましょう」
菅原が口を開く。
「その、何にお困りですか?」
恐る恐るケンちゃんに聞く俺。
「俺もこいつも視えないんだけど、なんかいるんだよ。水が滴る音がして。絨毯が濡れていることもあってな。その濡れた跡が、人間の足みたいに見える時もある」
ケンちゃん、それはあんたが海に沈めた人間の霊なのでは? 親父、やっぱり、ケンちゃんは……。
「紫門さん、お願いします」
そう言って下がる菅原。
俺は見えない。祓えない。でも、今日はその霊が見える気がした。ケンちゃんに沈められた人間の魂よ。どうか、どうか静まりたまえ――そんなことを考えながら、手印を組む。
「破ァッ!」
しばしの沈黙のあと、菅原が咳払いをした。
祓えたのか。祓えたんだろう。ならよかった。ケンちゃんに沈められた人間の魂は、救われた。
「無事に、祓えました」
俺がそう言うと、菅原の母が目を輝かせる。
「すごいねぇ、ひぃちゃん。『破ァッ!』ってカッコよかったねぇ」
やめろ。恥ずかしくなるから、やめてくれ。
「では、失礼します」
菅原がそう言って、スタスタとドアに向かっていく。
「おい、菅原、待て」
「親父さんによろしく伝えてくれ」
菅原を追いかける俺に、ケンちゃんが声をかける。
「はい! わかりました!」
姿勢を正してそう答える。ケンちゃんに海に沈められないことを願って。いや、祈って。
スナックを出ると、菅原はスタスタ歩いて車に向かう。
「おい、待てよ。待てって。置いていくなよ」
車に乗り込むと、菅原は次の依頼先の住所をナビに打ち込む。
「菅原。ケンちゃん、あいつ、カタギの人間か? 水が滴る怨霊はどんなだった? やっぱり、ケンちゃんに海に沈められた人間だったか?」
早口にそう伝える。
菅原は俺をギロッと睨んで、カバンからスケッチブックを取り出す。
サラサラと何かを描いて、俺に差し出す。
「……河童?」
「はい、おそらく。昔、あの辺に川があったそうで。そこに住んでいたそうです。川が埋め立てられて、今はあのビルに住んでいるそうです。悪さはしないので、祓っていません」
「は、祓ってない!? じゃあ、また出るだろ! 河童がぁ。そしたら、ケンちゃんが、祓えてないって怒って、俺を殺し、海に……」
「何を言ってるんですか? 祓わないかわりに、スナックには来ないように交渉しましたよ」
「河童と交渉……?」
「はい」
「なるほど……すげぇな、菅原。お前、河童と交渉できんだ」
まじですごいと思った。尊敬すらある。
「それに、あのオーナーはカタギの人間ですよ」
「なんでわかるんだよ」
「そういうのをチェックするツールがあるんですよ」
そう言って菅原がパソコンを開き、画面をこちらに向ける。
「陰陽師みたいに、清廉潔白さを求められる商売は、そういう人間と関わりがあるという噂が立つだけでも面倒なんです。最悪、廃業になります」
「へぇ……」
「なので、こういった依頼は事前に調べています」
「ほぉ……俺、何も知らねぇんだな」
「はい」
「つーか、亡くなったって言ってたけど、誰が?」
「……私を育てた人です。前に言った、尼寺の……」
「そうだったのか……それで、寺も?」
「はい、無くなりました」
「最近、じゃねぇよな?」
「ちょうど、上京して大学に入学した頃です」
まだ十八とか、そんくらいの歳の時か。育ての親が亡くなって、育った場所まで失って。あの母親は、菅原を探すこともしなかったのか? じゃあ、こいつはそこからずっと一人で生きてきたのかよ。
「墓参りとかは行ってんの?」
「最近は、忙しくて行けていません」
「そうか。連れてってやろうか。車ねぇだろ。御影家の車使えばいいじゃん」
「一人で電車で行くので大丈夫です」
「結構遠いの?」
「車だったら、ここから一時間半くらいでしょうか?」
「思ったより近ぇな。次の休みとか、連れてってやるよ」
単純に、こいつが育った場所を見てみたかった。
「結構です。次の休みも夕方から予定があるので」
何の予定だよ。やっぱり彼氏か?
「だったらなおさら車の方がいいだろ。電車だと、駅から墓まで歩くことになるだろ? 俺が運転してやるよ」
「……結構です」
「頑固だな。いい。俺が決める。決めた。迎えに行くからな。出てこなかったら、インターホン連打するからな」
「はぁ……わかりました」
スマホを取り出し、スケジュールに予定を入れる。
菅原の夕方からの予定がなんなのかはわからない。でもその日、それまでの時間は、俺がこいつを連れ回す。菅原が、静かに、線香をあげられるように。




