第十八話 失格じゃねぇよ
「紫門さん、紫門さん!」
俺を呼びながら追いかけてくる菅原を無視して、マンションのエントランスに入る。
「部屋の番号は?」
「六〇五です」
番号を押す。しばらくすると依頼者が応答し、自動ドアが開く。
「本当に大丈夫ですか?」
エレベーターに乗り込むと、菅原が必死に俺の顔を覗き込み、そう声をかけてくる。それも無視する。
「あの、本当は痛いんですよね? おしりですか? 見せなくてもいいので、教えてください。地面についたのは右側ですか? 左側ですか? それとも、別のところが痛い? 手首とか……」
「別のところかもな」
「え!? どこですか? 手首? もしかして、首ですか? むちうちだったら、明日痛くなるかもしれません。湿布? あ、湿布! お父様に知られるのが嫌なら、私、湿布を買ってきます。それを貼りましょう。早めに貼っておけば、少しはマシかもしれません」
「おい、まじで黙れ。どこも痛くねぇよ」
不安そうな顔で、俺をジッと見る菅原。
その不安そうな顔はなんなんだよ。仕事用の顔か? マネージャーの顔か?
いや、どっちだっていいだろ。
「本当に大丈夫ですか?」
エレベーターが開いたので、そう尋ねる菅原を無視して外に出る。
依頼者の部屋のインターホンを鳴らすと、依頼者が出てきて二人で部屋に入る。
菅原が部屋を見渡し、俺の方を見て頷く。それを見て、俺は依頼者に尋ねる。
「この一週間、生き霊はどうでしたか?」
「出ませんでした」
「それはよかった。ストーカー本体の方も、恐らくもう来ることはないかと思います」
「その……あの人に何かしたんですか?」
「まぁ。あまり詳しくは言えませんが。今後また同じことがあったら、警察に相談してください」
俺がそう言うと、菅原が何か言おうと一歩踏み出す。何を言おうとしているか、わかっていた。菅原を制止して、口を開く。
「警察に行くときは、弁護士を連れて行くときちんと対応してくれるそうですよ」
菅原が俺を見て、口を閉じる。
依頼者に見送られ、部屋を出る。
エレベーターに乗り込むと、菅原が口を開く。
「あの、怒ってますか?」
「は? 怒ってねぇよ」
「じゃあ、やっぱり、おしりが痛い?」
「痛くねぇよ。じゃあ、見せるか? 俺のケツを。見たら納得すんのかよ。大丈夫だっつってんだろ!!!」
「すみません……」
そう言って、黙る菅原。
「お前、もうやめろよ。あぁいうの。やりすぎなんだよ。やる必要ねぇだろ。祓うだけでいいんだよ。あの依頼者を救ってどうすんだよ。依頼者が救われて、お前が怪我したら何の意味もねぇだろ」
「私は大丈夫です」
「おい、そういうこと言ってんじゃねぇんだよ、菅原。お前が怪我するのはよくて、俺が怪我するのはダメってことか? お前、マジでバカなのか? 仕事っつーのはな、もっと適当でいいんだよ。そんな怪我してまで、寿命削ってまでやってんじゃねぇよ!!!」
思ったより、大きい声が出た。菅原がわかったかどうかはわからない。
「申し訳ありません」
菅原は、そう呟いて目を伏せた。
何で自分がこんなに怒っているのかもわからない。というか、他人に対してこんなに声を荒げたのは初めてかもしれない。
俺はいつだって、ヘラヘラ笑って、適当に生きてきた。
車に乗り込み、ハンドルを握る菅原。
何も言わない。何かを考えているような顔。
ここで何も言わなかったら、こいつはもう話しかけてこない気がした。
「……デカい声出して悪かった」
「いえ、大丈夫です。私も、おしりを見せろとか言ってすみませんでした」
力が抜けた。背もたれにへなへなと寄りかかる。
「お前……まじで……」
「次からは気をつけます」
「本気で言ってんのか、それ」
「おしりの件でしょうか?」
「……はは、まじでお前どうなってんだよ」
「次からは、気をつけます。本当に」
「菅原、お前、マネージャーとして失格じゃねぇよ。でも、ちょっと頑張りすぎだな。もう少し、適当でもいいんじゃねぇの?」
俺をジッと見る菅原。
「親父にはちゃんと言っておいてやるよ。ボーナスのこと。でも、もうまじでああいうのはやめろ。今日はたまたま、めっちゃ速く走れたからお前が転ぶ前に助けられたけど。次はどうかわかんねぇだろ。まぁ、喧嘩は鬼弱いけど? 足は、特に逃げ足は速ぇからな。次は、一緒に走って逃げるか。いや、次なんてねぇけどな」
「紫門さん」
「ん?」
「助けてくれてありがとうございました」
そう言って、頭を下げる菅原。
菅原の頭のてっぺんが見える。
なんとなく、そこに手を置いた。
その瞬間、菅原がものすごい勢いで、頭に置いた俺の手を払う。
顔を上げ、怪訝な顔で俺を見る。
「なんですか?」
「いや、何でもねぇよ」
マジで、可愛くない。可愛くなさすぎる。




