第十七話 マネージャー失格ですね
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
「御影家まで送らなくて大丈夫ですか?」
「おい、ガキか。俺は。つーか、近くに住んでんの?」
「はい、一駅先の駅です」
「ふーん。じゃ」
「失礼します」
改札の前、菅原と別れる。
改札を出て振り返る。あいつは、振り返りもしなかった。俺のマネージャーのくせに。
♢ ♢ ♢
数日後、あのストーカー被害の依頼者の元に向かう。
いよいよ、ストーカー男との接触だ。いや、もう十分接触している気もするが。
依頼者に電話をかける菅原。
「もしもし、今、窓から覗けますか? ストーカーはいますか? はい。わかりました。後ほど伺いますので、少々お待ちください」
「いるって?」
「はい。我々の読み通り、依頼者の休みに合わせてストーカーしていますね」
「マジで行くのか?」
「はい」
「すぐに離れろよ。あぁいうヤツは、何をしてくるかわかんねぇからな。何度も言うけどな、俺は何もできねぇからな。喧嘩が……」
「喧嘩が鬼弱い、ですよね? わかっています。というか、マネージャーとして、あなたを危険な目に合わせるわけにはいきません。もし、何かあっても絶対に近づかないでください」
「そんなわけにはいかねぇだろ」
「ノーノー! ダメです」
「なんだよ。ノーノーって」
「ダメってことです」
「はぁ。なんなんだよ、まじで。わかった。わかったよ。じゃあ、せめて走って逃げろよ」
「はい」
二人で、ストーカー男の背後に回る。
菅原が歩き出す。俺は、電柱の影からそれを見守る。
緊張しているのか、またロボットみたいな歩き方をしている菅原。俺も、なぜか手汗をかいている。
菅原が男の真後ろにそっと立つ。
イヤホンから、菅原の声が聞こえる。
「すいませ〜ん」
「ヒッ」
男が息を呑む音が聞こえる。
「あの……ストーカー、楽しいですか?」
「ヒィィッ」
「私のこと、視えてます? 私は、あなたのこと見ていますよ」
「な、何なんだ!」
不穏な空気を感じる。
「ストーカー、やめましょうね。私、見てますから」
「ヒィイイイイ!」
錯乱する男。
「菅原、逃げろ! 走れ!」
そう言うが、あいつは逃げない。走らない。聞こえてねぇのか?
後退りする男に、ジリジリと近寄る菅原。
「おい、菅原!!! 聞こえねぇのか!!! それ以上近づくな!!! おい!!! 菅原……ひかり!!!」
菅原がビクッと反応するのが見えた。つい、名前を呼んでしまったが、それが逆に役に立ったみたいだ。
「おい、菅原。走ってこっちに来い。今すぐ。それ以上近づくな」
菅原が男から視線を逸らし、こちらを見る。
その瞬間、錯乱した男が菅原の肩をドンと押すのが見えた。菅原がバランスを崩す。
なんでか、すべてがスローに見えた。
多分、人生で一番速く走った。
昔から、足は速かった。まぁ、めちゃくちゃ速いわけではない。普通に速い。いや、そんなことは今はどうでもよかった。
ギリギリのところで菅原を受け止める。
多分こういう時は、軽いと言うべきなんだろう。でも、普通に重くて、地面に尻餅をついた。走って逃げる男の後ろ姿が見える。
「ギリギリセーフ!」
セーフだと思った。思ったから叫んだ。俺も菅原も怪我はしてないし。
「だ、大丈夫ですか? すみません、本当にごめんなさい。怪我は? 大丈夫ですか? び、病院、病院に行きましょう。おしり? おしりを打ちましたか? み、見ます。アザになっていないか。み、見せてください」
慌てて立ち上がり、俺を起き上がらせようと腕を引っ張る菅原。
「いや、こんくらいは大丈夫だ。つーか、こんなところで尻は出せねぇよ。落ち着け」
「いや、だ、ダメです」
「大丈夫だって。お前は、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。でも、紫門さんは……」
「ほら、立てるから。大丈夫だろ?」
取り乱す菅原を前に、少し嬉しさを感じている自分がいる。なぜかはわからなかった。
「申し訳ないです……私、マネージャー失格ですね。あなたを守るのが私の仕事なのに……」
頭の先から一気に冷える。ついさっきまであった嬉しさが、一瞬で凍って、氷みたいに溶けていく。
「……」
何も言えない。何も言いたくなかった。
黙る俺を見て、顔を上げる菅原。
「やっぱり、痛いですか? すみません、今病院を探します。整形外科? ちょっと、ちょっとだけ待ってください」
そう言って、慌てたようにカバンを漁り、スマホを探す菅原。
俺があげた小さいスケッチブックが、カバンから地面に落ちる。
菅原はそれにも気づかず、スマホを握りしめて必死に病院を調べている。
ふぅと息を吐いて、スケッチブックを拾い、菅原の手首を掴む。
「おい、平気って言ってんだろ。病院なんか行ったら、親父になんか問題を起こしたと思われる。そしたら、お前、ボーナス出ねぇぞ」
「い、いいです。大丈夫です。いらないです。いらないので、病院に……」
「おい、まじでキレるぞ。大丈夫って言ってんだろ。それより、依頼者が待ってる。行くぞ」
菅原のカバンを取り上げ、スケッチブックを突っ込んで歩き出す。
菅原が、「でも!」と言って追いかけてくる。それも無視して、俺は歩いた。歩くしかなかった。




