第十六話 知りたいとは、思う
カフェを出て、ストーカー男の会社の前に戻る。
「つーか、朝は通勤、昼は休憩でストーカー男に接触できたけど、この後は難しくねぇか? 菅原、お前夕方から用事あんだろ」
「はい。まぁ、賭けですね。ストーカー男は営業らしいので、もしかしたら外回りで出てくるかもしれません」
「はぁ、また待つのか? 来ない可能性だってあるだろ。つーかさ、どうやって調べたわけ? あの依頼者に聞いたのか?」
「いえ、御影家の力をお借りして」
「怖。お前なんか色々使いこなしてんな。俺でも知らないこと知ってそう」
「まぁ、そうですね」
バカにしたように鼻で笑う菅原。
「まぁ、俺は何にもわかんねぇけど」
「でしょうね」
「バカにしてんなぁ。まじで」
「バカにしてませんよ。まぁ、これから少しずつ学んでいけばいいんじゃないでしょうか。今、あなたがやるべきことは、日々の依頼をこなし、お父様の信頼を得ることです。まぁ、御影家を継ぐならの話ですけど」
「継ぐだろ。当たり前だろ。俺しかいねぇんだぞ」
「なるほど。じゃあ頑張りましょう」
「はぁ、なんかイラつくわ~。頑張ってんだろ、俺」
「はい、頑張っていますよ。最初の頃に比べて、遅刻も減っています。依頼者への態度も柔らかく、丁寧です。クチコミ評価も上々です。あとは……」
「え? 俺、頑張ってる?」
「はい、頑張っていますよ」
「前より?」
「はい。前よりずっと頑張っていますし、良くなっています。あとは……」
「菅原から見て?」
「……はい? はい。私から見て。あとは……」
「俺、あんまり褒められたことなかった」
「見た目はよく褒められてるじゃないですか。カッコいい~とか、背が高~いとか、鍛えてる~とか」
「なんか悪意があるな。言い方に。そんなのは遺伝でしかねぇだろ。顔だって母さんにそっくりだろ。身長だって親父からの遺伝だろうし。まぁ、鍛えてるように見えるのは、俺の努力かもしれない」
「そうですか」
どうでもいいという顔で、そう答える菅原。
「まぁ、なんか。そうやって褒められることってなかったんだよ」
「いえ、褒めていません。マネージャーとして評価しているだけです」
胸がズキッと痛む。
「マネージャーとしてか」
「はい、仕事なので」
「じゃあ、菅原としてはどうなんだ?」
「私として? どういうことですか?」
「いや、マネージャーじゃない、仕事じゃない、菅原として俺ってどう見えてんの?」
は? という顔で俺を見る菅原。
「ただのイケメンか?」
菅原の答えを聞くのが怖くて、ふざけるようにそんなことを言った。
「……普通の人間?」
「普通の人間……」
「はい。普通の人間に見えます」
「つまり、そのへんにいる人間と同じってこと?」
「はい? はい。まぁ、ざっくり言えば」
よくわからないが、めちゃくちゃ傷ついている自分がいる。
「そうか」
「はい」
「俺から見た菅原は……」
空を見上げ、ボーッとそんなことを呟く。
「マネージャーとしての私の評価でしたら、お父様に伝えてください。あ、悪いことなら伝えなくて結構です」
「俺から見た菅原は、よくわからない」
菅原を見ると、何言ってんだこいつという顔。
「……知りたいとは、思う」
口が勝手にそんなことを言った。菅原は、さらに何言ってんだこいつという顔をする。俺も自分が何を言っているのかわからない。
「私はあなたのことを知る必要があります。なぜなら、それがマネージャーの役目であり、私の仕事だから。でも、あなたが私のことを知る必要はありません」
また、胸がズキッと痛む。
「……そうだな」
「あ! 出てきた! あいつが出てきました! 行ってきます!」
そう言って、走り出す菅原。また、ロボットみたいなぎこちない歩き方で、ストーカー男とすれ違う。ストーカー男がヒィッと叫び、走って逃げていく。
ロボットみたいに歩く菅原の背中を見つめる。
『マネージャーなので。仕事なので』
菅原の言葉を頭の中で繰り返す。
俺はあいつにとって、あのストーカー男や、そのへんを歩いている人間と同じらしい。
やり切った顔で、俺のところに戻って来る女。
――菅原ひかり。俺の、可愛くないマネージャー。




