第十五話 フェアじゃない
しばらく歩き、カフェに到着する。
席に着き、メニューを眺める菅原。
「あ、サラダありますよ。サラダチキンはありませんが、グリルチキンならあります」
「じゃあ、それでいい」
「飲み物は?」
「アイスコーヒーで」
「はい」
店員を呼び、淡々と注文する菅原。
「つーかさ、お前どうやって俺のマネージャーになったんだっけ」
「御影家の事務職の求人を見つけて、それに応募しました。事務でも、私のこの力が何なのか知ることはできると思って」
「そんで? なんでお前が祓えるって、親父は気づいたわけ?」
「まぁ、力がある人間は、その力が視えるので、私に何か視たのでは?」
「へぇ……俺にはやっぱり何にもねぇの? その、力? 霊力とか。ほんの少しもねぇの?」
「はい。何にもないです」
「……だよなぁ」
「今でも、期待してしまうんですか? 明日、力が芽生えるかも、とか」
「お前、それ煽りじゃね?」
「いえ、そんなつもりはありません」
「まぁ、そうだな。ガキの頃からそうやって生きてきたからな。明日起きたら、そういう力があるんじゃないかって期待して、眠る」
「なるほど」
「まぁ、もう無理なんだろうな。親父も無理だってわかってるから、お前を雇ったんだろうし」
「何か夢とかあったんですか? やりたいこととか」
「いや、ない。ねぇな。陰陽師になるとばっかり思ってたから。他のことなんて、考えもしなかった」
「見つければいいじゃないですか」
「何言ってんだよ。無理だろ。俺は一人息子だぞ。それに、この家を出て行ってどうやって生きていくんだよ。俺は、何もない」
「何もない」
「そう。何もない。菅原みたいに、見えない。祓えない。絵も描けない」
「描けるかもしれませんよ。ほら、描いてみてください」
そう言って、カバンからスケッチブックとペンを取り出す菅原。
「笑うなよ」
「笑いませんよ」
仕方なくペンを手に取り、菅原の似顔絵を描く。
「思っていたより、下手くそではないです」
「褒めてんのかそれは」
「味がある。味があります」
「だから褒めてんのかそれは」
「褒めてます」
注文した料理が届き、「いただきます」と言って食べ始める菅原。
サラダを食っていると、ふとある疑問が頭に浮かぶ。
「逆に、お前が苦手なことってあんの?」
「ありますよ。英語とか。英語というか、英会話?」
「へぇ、意外。いや、意外でもねぇか。教えてやろうか?」
「結構です」
「出た出た、結構です。頑固だよな本当。つーか、苦手と思うほど使うか? 英会話。まぁ、英語も。日本にいたら使わなくね?」
「そうですね。これから必要になるというか。まぁ、学ぶ必要があるんですよ」
「へぇ、なんかすんの?」
「そうですねぇ……」
そう言って、ため息をつく菅原。
なんだ? まさか、留学でもすんのか? 周りでも結構聞く。新卒で入った会社を辞めて、一旦留学する流れ。いや、それは困る。こいつがいないと、どうにもならない。
「か、海外に行くとかー?」
それとなく聞いてみる。
「いえ、別にそういうんじゃないです」
よかった。セーフ。
「まぁ、教えてほしいことがあったら、いつだって聞けよ。七年も留学していた俺様に」
「日常会話程度と聞きましたが」
「クソ……でも、必要なのはその程度だろ? バカにすんなよ」
「どの程度なのかも、まだわからなくて」
「なんでわかんねぇんだよ。何をするつもりなんだよ」
少し疲れたような顔で考える菅原。
こいつは、俺のことをなんでも知っている。
俺に力がないことなんて、親しか知らない。俺が周りに隠し続けている一番の秘密。
それをこいつは知っている。それなのに、俺はこいつのことをほとんど知らない。
めちゃくちゃ腹が立つ。どうして腹が立つかもわからない。
「言ったところで、どうにもならないので」
菅原がそう呟く。
フェアじゃない。こいつは俺の一番の秘密を知っているのに、俺には何も明かしてこない。それに腹が立っているんだと思う。多分、そうだ。
――でも、こいつはただのマネージャーだ。マネージャーだから、俺を管理する。マネージャーだから、俺のことを知る必要がある。仕事だから。そんなのはわかっている。
「言ってみねぇとわかんねぇだろ。困るんだよ。辞められたりしたら。俺はお前がいないと、ただのポンコツだぞ」
「辞めることはないです。今のところ。まだ」
「今のところとか、まだとか、それすらも許さない」
「パワハラですよ」
「関係ねぇ。まじで困るんだよ。頼む。頼む、菅原。辞めないでくれ」
「辞めませんって。今はまだ」
「だから、その『今はまだ』をやめろ。まじで頼む。お前がいないと、俺はどうにもなんねぇんだよ」
「では、ボーナスを頂けるように、お父様を説得していただくことは可能ですか?」
「……は? お前、ボーナス貰ってねぇの?」
「はい」
「いや、親父、あいつ、結構ひでぇな」
「否定はしません」
「はは、否定しろよ」
「しません」
「まぁ、交渉してみるか」
「よろしくお願いします」
よくわかんねぇけど、こいつが辞めないなら、なんでもいい。
だって、こいつがいないと、俺は陰陽師ではなくなる。御影家にいる意味もない。何者でもなくなる。
それは、やっぱり怖い。




