第十四話 心臓
通勤ラッシュが過ぎた頃、また電車に乗り込み移動する。
ちょうど席が二つ空いていて、菅原とそこに座る。
「八つ先の駅で降ります」
「あぁ。わかった」
話すこともなく、スマホをいじる気にもなれず、ただ窓の外の景色を眺める。
ふと菅原を見ると、うとうとしては目をカッと見開いて、睡魔と戦っていた。
「眠いなら寝てろよ。俺起きてるし」
「いえ、大丈夫です」
「まじで頑固だな」
「……」
しばらくすると、睡魔に負けた菅原が眠り始める。絶対に俺に寄りかからないという強い意思があるのか、背筋をピンと伸ばしたまま眠っている。
「まじでウケる」
そう小さく呟いて、また窓の外を見る。
さっきこいつが言ってた、店長? 知り合いのおじさん? って誰なんだ。誕生日プレゼントをくれるくらいだから、親しい仲なんだろう。まぁ、わざわざ聞く必要もないけど。
つーか、夕方から予定があるって言ってたけど、彼氏とあれか? 誕生日を祝うとか。
いや、別にそんなのは俺には関係ないが。
こいつは、彼氏に欲しいものを聞かれたら、なんて答えるんだろうか。
眠る菅原をチラリと見る。
アクセサリーはつけていない。
あんまり身に着けるのは好きじゃなさそうだな。「邪魔なので」とか言いそう。
財布とか? いや、「まだ今のやつが使えるので」とか言いそう。
わかんねぇなぁ。こいつは何を欲しがるのか。でっけぇスケッチブックか?
どうせ、「これはデカすぎます」とか言うんだろう。
ふと気が付くと、次が降りる駅だった。
「おい、菅原。起きろ。次だぞ」
ハッとして起きた菅原が、持っていた荷物から手を離す。落ちかけた荷物を反射で掴む。
「っぶねー。ナイスキャッチ〜。いや、重」
「すみません。眠ってしまって、荷物も……」
「いい。つーか、重すぎだろ。俺が持ってく」
「いや、結構です。なんかそういうの、無理なので」
「は? いいっつってんだろ」
そう言って、荷物を取り返そうとする菅原を無視して立ち上がり、電車から降りて歩き出す。
「ちょ、返してください。自分で持ちます」
そう言って追いかけてくる菅原。
「じゃあ、パソコンだけでも寄越せよ。それが重いんだろ」
「結構です」
「いいから。ほら」
カバンを受け取った菅原が、渋々パソコンを出して俺に渡す。
「無くさないでくださいね。あ、じゃあここに入れてください」
そう言ってカバンをゴソゴソと漁り、エコバッグを取り出す菅原。
「いや、このままでいいだろ……」
俺を無視して、綺麗にたたまれたエコバッグを開く菅原。仕方なく、それにパソコンを入れて持つ。
「ありがとうございます。じゃあ、行きましょう」
そう言って、歩き出す菅原。
気づいたら、こいつのペースに引き込まれている。
腹が立つのに、なぜか心地がいい気もする。いや、絶対にない。腹が立つ。それだけだ。
「おい、昼飯食うところは決まったのかよ」
そう言いながら、エスカレーターを上がる菅原を追いかける。
「そんなにお腹が空いてるんですか?」
そう言って振り返る菅原。
少し困ったような顔で微笑んでいる。
その顔を見た瞬間、心臓が一回、ドクンと強く打った。
――なんだ?
「夕方からの予定って何? 遊びに行くわけ?」
口から勝手にそんな言葉が出た。
「え? 遊び? いや、えーっと、あー仕事です」
「仕事? 事務作業とかってことか?」
「あーはい。そんなところです」
やっぱり、彼氏じゃない。――いや、だからなんだよ。
改札を出てしばらく歩くと、ビルの前で立ち止まる菅原。
「ここが、ストーカー男の会社です」
「へぇ、どうすんの」
「おそらくここから出てくるので、待ちます」
「また待つのかよ」
「はい。これが終わったら、お昼にしましょう。紫門さん、お腹空いてるみたいなので」
「別にそこまで空いてねぇよ……」
しばらく待っていると、俺の腕を菅原が小突く。
「います! いや、来ます! あっちから自然な感じで歩いてきて、あいつとすれ違います。待っててください」
そう言って走り出す菅原。
あいつ、走るんだ……そんなことを思いながら、菅原を目で追う。
ストーカー男を確認し、歩き出す菅原。
自然な感じを意識しすぎて、ロボットみたいな歩き方になっている。
思わず吹き出す。笑いが止まらない。
ストーカー男が菅原に気づく。ビクッとして、顔が恐怖で歪んでいく。
怖いよな。枕元に立ってたヤツが、ロボットみたいに歩いてくるんだから。
すれ違ったあと、一瞬後ろを振り返り、小走りで立ち去る男。
菅原が走って戻って来る。
「菅原、お前やべぇぞ。ロボットみてぇな歩き方……はは、あははは」
笑いすぎて涙が出てくる。
「チッ……」
久しぶりの舌打ち。それすらも面白い。
パソコンを抱きしめ、道端に座り込んで笑う。
「あーまじでウケる。なんなんだよ。まじで」
「……」
「あー。悪い悪い。怒んなって。いや、まじで面白すぎる」
「はぁ。何が面白いんだか、さっぱりわかりません。ほら、お昼食べに行きますよ」
そう言って菅原が手を差し出す。その手を掴み、立ち上がる。
一瞬、手を離すか悩んだ。
でも先に、菅原が手を離した。
スマホを取り出し、地図アプリを開く菅原。
また、心臓が一回だけ、ドクンと大きく打った。




