39.次期国王
二人はしばらくの間抱き合っていたが、不意に視線を感じてそちらに目を向ける。
そこには困ったように立ち尽くしているベアトリクスがいた。
彼女だけではない。神官や、これまで怪物と戦っていた騎士たちも、いつの間にか集まっており、シルヴィアたちの様子を呆然と眺めている。
大神官だった怪物は、いつの間にか元の姿に戻って地面に伏したままで、他の怪物は消えていた。
「あ……」
シルヴィアは我に返ったが、今更どうすることもできない。
いや、これで自分たちの気持ちを周囲に知らしめることができたと思えば、むしろ好都合だろう。
「お、おめでとうございます!」
最初に反応したのはベアトリクスだった。彼女は顔を真っ赤にして祝福の言葉を叫ぶと、拍手を始めた。
それにつられて、他の者たちも次々と手を叩き始める。
やがてそれは大きな歓声となって響き渡っていく。
二人を祝福する言葉に交ざって、マテウスを称える声も聞こえてきた。
「あの馬は、天馬……神の使いだ」
「マテウスさまは、神の使いを従えているんだ!」
「英雄の誕生だ!」
口々に叫ばれる言葉を聞き、マテウスが眉間に皺を刻む。
「なんだか、変な方向に話が進んでないか?」
彼のぼやきに、シルヴィアはクスクスと笑った。
「いいではありませんか。マテウスさまは本当に英雄なのですから」
「いや、これはマジでヤバいぞ」
小さく呟く彼の声は真剣そのものだった。
最初は彼がただ照れているのかと思ったシルヴィアだが、何かがおかしいと気づく。
「聖女さまを娶った者が、次期国王になるんだよな?」
「ということは、次期国王はマテウスさまで決まり?」
「神の使いを従えているのだし……」
そんな会話が聞こえてきて、彼が危惧している理由がわかってしまった。
シルヴィアは焦り、どうするべきかと頭を悩ませる。
「……あ」
しかし、シルヴィアが口を開く前にマテウスは動いた。
彼はベアトリクスに歩み寄ると、彼女の前に膝をつく。
「ベアトリクス王女殿下。あなたのお召しに従い、馳せ参じました。我が主君となるにふさわしい方は、あなたをおいて他にいないでしょう」
マテウスは恭しく頭を垂れながら、ベアトリクスに告げる。
ベアトリクスは突然のことに驚きを隠せないようだったが、すぐに冷静さを取り戻す。マテウスの意図がわかったようで、大きく頷き返した。
「よくぞ、参りました。あなたのおかげで、この国は救われました。感謝します。これからも、あなたの妻となる聖女シルヴィアと共に、この国を守ってくれると信じております」
「ありがたきお言葉。この身命を賭して、必ずや果たしてみせます」
マテウスが力強く答えると、ベアトリクスは満足そうに微笑んだ。
誰もが、黙ってその様子を見ている。
シルヴィアも、ただ呆然と立ち尽くしながら、目の前の光景を眺めていた。
「ちょっ……ちょっと待て! 何故、貴様がベアトリクスに対して臣下の礼を取る!?」
沈黙を破ったのは、ディルクだった。彼は顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「それでは、まるでベアトリクスが次期国王ではないか!」
ディルクの言葉を聞いて、シルヴィアは今のマテウスの行動の意味を理解した。
彼はベアトリクスに、次期国王の座をなすりつけたのだ。
神の使いを従えて聖女を娶ろうとするマテウスを、さらに従えるベアトリクス王女という構図を作ったのだろう。
咄嗟に動いてこんな真似ができるあたり、普段は粗野な態度でも、やはり彼は王族なのだと思わずにはいられない。
「まるでも何も、そのつもりだが? 何か問題でもあるか?」
マテウスは立ち上がると、平然とした様子で答える。
「なっ……!」
ディルクの顔がさらに赤く染まっていくが、マテウスは気にする様子もなく続けた。
「俺は途中からしか知らねえが、この騒ぎの中でてめえは何をしていた? ただ震えて、逃げ回っていただけだろうが」
「そ、それは……」
ディルクは何も言い返せず、悔しそうに歯噛みする。
「同じように震えていただけのお前。お前は何か言いたいことがあるか?」
マテウスが視線をナイジェルに移すと、彼は小さく首を横に振った。
「いえ……指揮を執ったのはベアトリクスです……私は何も……」
ナイジェルは力なく答える。マテウスは満足そうに頷いた。
「だそうだ。てめえと違って、こっちはまだマシだな」
「き、貴様……言わせておけば……!」
ディルクは怒りに震え、マテウスを睨み付ける。そして、何かに気づいたように、ティアに視線を向けた。
「そうだ! 神の使いである天馬! 僕がお前を従えれば、神が僕を認めたということ! つまりは、僕こそが国王になる資格があるということだ!」
ディルクは自信満々といった様子で叫ぶと、ティアに駆け寄っていく。
しかし、ティアは激しく威嚇するように嘶き、その前足を大きく振り上げた。
「ひっ!?」
悲鳴を上げて、ディルクは後退る。
ティアは蹄を地面に叩きつけると、低い体勢で唸り声を上げた。
ディルクは完全に戦意を喪失したらしく、その場に尻餅をつく。そしてそのまま這うように後ずさりを始めた。
その様子を見て、マテウスがため息を漏らす。
「くだらねえ……お前なんかじゃ、ティアが従うわけねえよ」
マテウスは吐き捨てるように言うと、周囲を見回した。
「次期国王に相応しいのは、ベアトリクス王女殿下以外にありえない。異論のある者はいるか?」
マテウスの言葉に反論する者は誰もいない。皆、一様に俯いていた。
「決まりだな」
マテウスは満足そうに頷くと、シルヴィアの元へと歩み寄る。そして手を差し伸べてきた。
シルヴィアはその手を取り、彼に寄り添う。
「わたくし聖女シルヴィアも、マテウスさまと一緒にベアトリクス王女殿下を盛り立てていきたいと思います」
シルヴィアが宣言すると、歓声が上がった。
この場の人々が次期国王をベアトリクスと認め、拍手を送る。
いつの間にか、一般の参拝者たちも集まっていた。彼らの口から口へと伝わるうちに、その歓声はどんどん大きくなっていく。
そんな中、マテウスはシルヴィアの耳元で囁いた。
「よし、うまくいったな。まだ貴族たちの反発とかはあるかもしれねえが、とりあえず俺から矛先は逸れたはずだ。早く後処理を終わらせて、一緒に帰ろうぜ」
彼の言葉を聞き、シルヴィアは満面の笑みで頷く。
「はい! 一緒に帰りましょう!」
二人は微笑み合い、互いの手を強く握り合った。





