40.結婚の許し
その後、シルヴィアはマテウスと共に後始末に奔走した。
負傷した神官や騎士たちの手当て、そして神殿の立て直しなど、やるべきことは山積みだ。
怪物と化した大神官は、元の姿に戻った後も、廃人のようになってしまっていた。
シルヴィアが癒しの力を使っても治ることはなく、結局、神殿の地下牢に幽閉することとなった。
「……大神官さまは、どうしてあのようなことをしたのでしょうか?」
シルヴィアはマテウスに問いかける。
「さあな……だが、あの様子じゃもう正気には戻らねえだろうよ」
マテウスは大神官のいる地下牢に続く階段を見つめながら答えた。
「……そうですね」
シルヴィアはそっと目を伏せる。
「もしかしたら、神殿の教えを覆されそうになって、焦ったのかもしれねえな。あんたという、本当に神の声を聞くことができる人間が、神殿の教えとは違うことを言い出したんだ。それまでの全てを否定されたみたいで、許せなかったのかもしれねえ」
マテウスの言葉にシルヴィアは黙り込む。
「まあ、そんなことはどうでもいいんだ。とにかく俺たちは後始末を終わらせようぜ」
「はい……」
シルヴィアは小さく頷き、マテウスと一緒に歩き出した。
ベアトリクスを次期国王に、という声は国民のみならず貴族たちの間にも瞬く間に広まった。
これまで王位争いを繰り広げていた二人の王子の後ろには、側妃たちがいた。いわば、王子たちの争いは、その母である側妃たちの争いでもあったのだ。
しかし、その裏で正妃は着々と力を蓄え、ベアトリクスを次期国王にすべく、密かに動いていた。
今回の事件で、ベアトリクスは二人の王子たちよりも、上に立つ者としての資質を十分に見せつけた。
そこで、これまで正妃が行ってきた根回しや工作が、功を奏する。
予想された貴族たちの反発は、驚くほど少ないものとなり、ベアトリクスの次期国王としての地位は盤石となった。
そしてついに、ベアトリクスは国王から正式に王太女として認められたのだ。
神殿は大神官の暴走により権威が失墜したため、王家に対する影響力も弱まっている。
これから、この国は変わっていくことだろう。
それがより良い方向に進んでいくよう、シルヴィアはマテウスと共に尽力するつもりだ。
「マテウス、聖女シルヴィア。この度は大義であった。そなたらの働きによって、大神官の企みが暴かれ、この国は救われた」
玉座に座った国王が、二人に向かって労いの言葉をかける。
「ありがたきお言葉、感謝いたします」
マテウスは恭しく頭を下げた。シルヴィアもそれに続く。
「マテウス、そなたは幼い頃から苦労を重ねてきたな」
国王はしみじみとした口調で語りかけた。
「父に疎まれ、呪われていると蔑まれてきた。だが、そなたは腐ることなく、努力を重ねてきた。そしてついに神の使いである天馬を従え、この国を救ったのだ。私はそなたの兄として誇りに思う」
国王は優しい眼差しでマテウスを見つめる。その瞳には、深い慈愛の色が宿っていた。
「もったいないお言葉です」
マテウスは静かに答える。だが、その声には隠しきれない喜びが滲んでいた。
「……そして聖女シルヴィアよ。そなたには感謝の言葉もない。本当にありがとう。そなたがいなければ、この国はどうなっていたことか……」
国王の言葉に、シルヴィアは穏やかに答える。
「いえ、わたくしはただ、自分の信じた道を進んだだけですわ」
そう言って微笑むと、国王も安心したように微笑んだ。
「さて、二人の功績を讃え、褒美を取らそう。何か望みはあるか?」
国王が問いかけると、マテウスはすぐに答えた。
「では、シルヴィアを妻として娶るお許しをいただきたく存じます」
マテウスの宣言に、謁見の間が一瞬静まり返った。
「なんと……それは……」
国王は驚いたように目を見開く。そして、シルヴィアの方を見つめた。
「聖女シルヴィアよ。そなたはどうしたい?」
国王の問いかけに、シルヴィアは迷いなく答える。
「わたくしはマテウスさまの妻となれるなら、それ以上に望むものはございません」
きっぱりと言い切ると、国王は大きく頷いた。
「……よかろう。二人の婚姻を認めよう」
国王の言葉に、謁見の間にいた者たちが一斉にざわめいた。
「まさか……聖女さまが……」
「あの呪われ……いや、大公閣下と……?」
口々に囁き合う声が聞こえる。
「まあ、おめでとうございます! 英雄と聖女、とてもお似合いですわ!」
そのような声を無視して、国王の側に控えていたベアトリクスが嬉しそうに声を上げた。
「マテウスさま、シルヴィアさま。お二人のご結婚を心よりお祝い申し上げます」
ベアトリクスは満面の笑みを浮かべ、拍手をする。
すると、それに呼応するように拍手が広がり始めた。やがて謁見の間には割れんばかりの祝福の声が響く。
ディルクとナイジェルは、苦虫を噛み潰したような顔で俯いている。
「ありがとうございます、国王陛下」
マテウスは恭しく頭を下げた。シルヴィアもそれに倣う。
「うむ。これからもこの国を頼むぞ」
国王の言葉に、二人は力強く頷いた。
謁見が終わり、マテウスとシルヴィアは控えの間へと戻った。
するとそこに国王とベアトリクスが入ってくる。
「マテウス、聖女シルヴィア。改めて礼を言おう。本当によくやってくれた」
国王は二人に向かって深々と頭を下げた。
ベアトリクスもそれに倣い、深く頭を下げる。
「もったいないお言葉です」
マテウスが答えると、国王はゆっくりと頭を上げた。
「これはおそらく、そなたが思う以上に大きな意味を持っているのだ。神殿からの干渉を防ぎ、王家の権威を守ることができるのだからな。それに……」
そこで一旦言葉を切ると、国王は苦々しげに続ける。
「最後に残された呪石が、神殿にあったとはな。まったくもって、忌々しいことだ」
国王は吐き捨てるように言った。そしてそのまま立ち上がると、窓際へと歩み寄る。
「……もっとも、王家も呪石の力を利用していたのだから、あまり人のことは言えないがな。すでに跡形もなくなっているが……マテウス、そなたが幼い頃に幽閉されていた塔があったのを覚えているか?」
国王の問いかけに、マテウスは頷いた。
「あの塔は、もともと呪石を保管するために建てられたものだった。だが、時を重ねていくうちに忘れられ、呪石がどこにあるのかもわからなくなっていた。そなたが破壊したことによって、ようやく明るみに出たのだ」
「呪石を破壊……?」
マテウスは首を傾げる。
「ああ、そうだ。そなたが魔力暴走を起こして塔を破壊したことになっているが……実際のところ、呪石を破壊しようとしてそうなったのではないかと、私は思っている」
国王の言葉に、マテウスは目を見開いた。そして、考えを巡らせるように黙り込む。
「……まあよい、そなたが覚えておらぬのなら、無理に思い出す必要もあるまい」
国王は苦笑しながら言った。
「かつての王家と神殿の過ちを正してくれたこと、改めて礼を言う。そして、二人のこれからの幸せを願っている」
国王はマテウスとシルヴィアに向き直ると、再び頭を下げた。そして、ベアトリクスを伴って退出していく。
マテウスとシルヴィアはその後ろ姿を見送り、扉が閉まると同時に顔を見合わせた。
「なんか……前にロイドが言ってた、かつての英雄王は呪石を使って私欲を満たし、弟に罪を着せたクソ野郎だっていう仮説が、当たってる気がしてきたな」
マテウスが苦笑交じりに言うと、シルヴィアも頷く。
「そうですね……わたくしもそう思います」
「……まあ、でも過去のことだ」
二人はしばらく沈黙し、互いに見つめ合った。
そしてどちらからともなく顔を近づけると、口づけを交わした。
「……マテウスさま」
シルヴィアは熱っぽい声で囁く。
「なんだ?」
「先日の続きをいたしましょう」
シルヴィアの言葉に、マテウスは息をのんだ。
「続きって……あんた、こんなところで……」
マテウスは慌てて周囲を見回す。
ここは城の控えの間であり、いつ誰が入ってくるかわからない場所だ。
「でも、せっかく結婚のお許しが出たのです。今ここでしなくていつするのですか?」
「帰ってから寝室でするんだよ! こんな誰が来るかもわからないところで、そんなことできるか!」
マテウスは顔を真っ赤にして反論する。
「……マテウスさまって、意外と繊細ですわよね」
シルヴィアはため息をつきながら呟いた。
「あんたが図太すぎるんだよ!」
マテウスは呆れたような声を上げ、頭を抱える。そして、何かに気づいたようにハッと顔を上げた。
「そうだよ。そもそも、俺の魔力であんたを傷つけてしまう問題が解決してねえだろうが」
マテウスはシルヴィアの両肩を掴み、真剣な眼差しを向ける。
「まあ、それでしたら大丈夫ですわ。原因がわかりましたもの」
シルヴィアはあっけらかんとした口調で告げた。
その言葉にマテウスは目を丸くする。
「は? 原因がわかった!?」
「はい。あの時期、わたくしは無意識にティアに癒しの力を放出していたようなのです。本来、あの子たちは精霊から力をもらいながら成長していくのですが、わたくしは一人でそれを行ってしまったために負担がかかってしまったようですわ」
シルヴィアの説明を聞き、マテウスはぽかんと口を開けた。
「……俺の魔力は関係ないのか?」
「はい。疲れているところに興奮したから、気を失ってしまったようですわ」
シルヴィアはにっこりと微笑む。
マテウスはしばし唖然としていたが、ややあって大きくため息をつくと、力なく項垂れる。
「なんだそりゃ……あれだけ思い悩んだのは、なんだったんだよ……」
マテウスは心底疲れたように呟いた。しかし、これまでの思いを捨て去るかのように長い息を吐き出すと、顔を上げてシルヴィアに笑いかける。
「でもまあ、あんたの身体に支障がないなら良かったよ」
その言葉にシルヴィアも微笑み返す。
「はい! これで心置きなく、マテウスさまのお子を授かることができますね!」
シルヴィアは満面の笑みで言った。
「いや、だからそれは……まあ、いいか……」
マテウスは諦めたようにため息をつくと、シルヴィアの身体を優しく抱きしめた。
「とにかく、先に結婚式だからな。その後は、覚悟しとけよ」
マテウスは耳元で囁くと、シルヴィアの耳を軽く食んだ。
「きゃっ!」
シルヴィアは小さく悲鳴を上げると、耳を押さえて後ずさる。
マテウスは悪戯っぽい笑みを浮かべると、シルヴィアの手を掴み、引き寄せる。
そしてそのまま口づけをした。
「ん……っ」
シルヴィアは目を閉じ、マテウスの首に腕を回す。
二人はしばらく互いの唇を貪り合った後、ゆっくりと身体を離した。
「続きは結婚式が終わってからだ。まずは帰ろうぜ」
マテウスはそう言うと、シルヴィアの手を引き歩き出す。
「はい!」
シルヴィアは元気よく返事をし、マテウスの隣に並んだ。
明日の朝に完結予定です。





