38.解放
マテウスはシルヴィアの無事を確認すると、大神官だった怪物を見据える。
「おいおい、異端審問ってのは化け物を生み出す儀式のことなのかよ」
マテウスは呆れたように言い放つ。
その言葉に反応したのか、大神官だった怪物は怒り狂ったように咆哮を上げる。すると、切れたはずの手が再生を始めた。
「うへえ……何あれ。気持ち悪いんだけど」
マテウスは顔をしかめながら呟くが、視線は大神官だった怪物から離さない。
「マテウスさま! きっと呪石の力です! 先に呪石を破壊すれば、怪物は力を失うはずですわ!」
シルヴィアが叫ぶと、マテウスは納得したように頷く。
「なるほどな。じゃあ、さっさと壊しちまうか」
マテウスはそう言うと、白馬から飛び降りた。そして地面に着地するなり、大神官だった怪物に向かって駆け出す。
その速さは常人のものではなく、一瞬で距離を詰める。そして腰に下げた剣を抜くと、目にも留まらぬ速度で斬りかかった。
大神官だった怪物はそれを迎え撃つように、腕を振り上げる。
次の瞬間、剣と腕が交錯し、激しい火花が散った。金属同士がぶつかり合うような音が響き渡り、辺りに衝撃波が広がる。
「はあっ!」
マテウスは大きく息を吐き出すと、さらに力を込めて押し込む。そして一気に剣を振り下ろした。
すると、大神官だった怪物の腕が切り裂かれ、地面に落ちる。
その一瞬の隙を突いて、マテウスは呪石に向かって剣を突き立てた。
しかし、呪石はその攻撃を弾き返す。
「ちっ! かってえな!」
マテウスが舌打ちをすると同時に、大神官だった怪物が反撃に出た。
鋭い牙と爪で襲い掛かってくる。
しかし、マテウスはそれを難なくかわすと、距離を取った。そして再び剣を構える。
「やっぱり直接、魔力を叩きつけねえと無理か。まずは呪石を抉り出してやるぜ」
マテウスは不敵な笑みを浮かべると、再び走り出した。
大神官だった怪物もそれを迎え撃つように突進してくる。
そして、マテウスに向けて腕を振り上げた。
しかし、その攻撃は空を切ることになる。マテウスはすでに大神官だった怪物の懐に入り込んでおり、剣を振り上げていたからだ。
「はああっ!」
マテウスはそのまま剣を振り抜いた。刃は怪物の胸元を捉え、そのまま切り裂いていく。
そして、その勢いのまま呪石を抉り出した。
「おっと」
マテウスは地面に落ちる直前で呪石を掴むと、素早く距離を取る。
「よし、前と同じように……」
呟きながら、マテウスは呪石に力を込め始める。
すると、呪石が光を放ち始めた。
その輝きは徐々に強くなっていき、やがて目も開けていられないほどになる。
遺跡で呪石を壊したときと同じような現象だ。だが、あのときよりもさらに力を感じる。
「こいつは……いけそうだな」
マテウスは小さく呟くと、そのまま力を込め続けた。
光に包まれ、ぼやける後ろ姿を眺めながら、シルヴィアは記憶の奥底に眠っていた何かを思い出しそうになっていた。
そこに、銀翼の白馬がそっと寄り添ってくる。
「ティア……?」
シルヴィアはその白馬、ティアの頭を優しく撫でながら呟いた。
姿が変わっているが、間違いない。遺跡から連れ帰って育てた、あのティアだ。
ティアは応えるように、小さく嘶く。そして再びシルヴィアを気遣うようにすり寄ってきた。
「そうだわ……ずっと、ずっと前にも……わたくしは……」
シルヴィアの脳裏にぼんやりとした記憶が蘇ってくる。
毎日、楽しく遊び回り、今のティアのような姿をした白馬と過ごした日々のこと。
しかし、あるとき突然、その日々は終わりを告げた。
恐ろしい何かに捕らえられ、閉じ込められてしまったのだ。それからはずっと、暗闇の中に一人でいた。
寂しくて、つらくて、何度も叫び声を上げたが、その声はどこにも届かなかった。
ところがある日、突然目の前に光が差し込んだのだ。
それが何なのか分からず、手を伸ばすと誰かがその手を握り返してくれた。そして、そのまま外へ連れ出してくれたのだ。
「わたくしを救ってくれたのは……」
シルヴィアは呟くと、マテウスに視線を向けた。
彼は今もなお、必死に呪石に力を込めている。
「ああ……思い出したわ……マテウスさま……やはりあなたなのですね」
シルヴィアは涙を流しながら、愛する人を見つめた。
彼こそが、かつて呪石に囚われていた自分を救ってくれた人なのだ。
幼い頃から繰り返し見ていた夢は、シルヴィアの前世が体験したことだったのだろう。
彼が呪石を破壊して解放してくれたことにより、シルヴィアはシルヴィアとして生まれてきたのだ。
「あの子が……きっと、最後の子……わたくしの姉妹……囚われた最後の精霊……」
シルヴィアは呪石を見つめ、静かに涙を流す。
そして次の瞬間、呪石が一際強い光を放ったかと思うと、粉々に砕け散った。
大神官だった怪物も力を失ったのか、その場に倒れ伏す。
「ああ……」
しかし、シルヴィアは怪物よりも呪石から解放された精霊に視線が向いていた。
ぼんやりとした光がシルヴィアの前に降りてくる。
「やっと……やっと解放されましたのね」
シルヴィアはその光を抱きしめるように、両手を大きく広げた。
光は嬉しそうに、シルヴィアの周りをくるくると回る。そしてシルヴィアの顔にそっと触れると、空高く舞い上がっていった。
その輝きを見上げながら、シルヴィアは笑みを浮かべる。
「さようなら、わたくしの姉妹……どうか幸せに……」
シルヴィアが呟くと、精霊は応えるように一瞬だけ輝きを強めた。
「お、おい……今のは……何だったんだ?」
シルヴィアが空を見上げていると、マテウスの声が聞こえてきた。
振り向くと、彼は困惑した表情を浮かべている。
「マテウスさま……」
シルヴィアは涙を拭いながら、彼の元に歩み寄る。そして、そのまま彼の胸に飛び込んだ。
「うおっ!? ど、どうした?」
マテウスが驚きの声を上げるが、構わずに抱きつく。
彼は戸惑いつつも、シルヴィアを抱きとめてくれた。
「ありがとうございます……わたくしを救ってくださって……」
シルヴィアは涙声で感謝の言葉を口にする。
マテウスは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに優しい笑顔を浮かべた。
「当たり前だろ」
そう言って、シルヴィアの頭を撫でる。その感触に、安心感を覚えた。
きっと彼はシルヴィアの言葉を、この場に駆けつけて助けたことに対する感謝だと思っているのだろう。
だが、それだけではない。その遥か昔から続く、大きな恩義があるのだ。
「愛しております、マテウスさま……」
シルヴィアは呟くと、ゆっくりと顔を上げる。そしてそのまま目を閉じて、そっと唇を重ねた。
突然の行動に驚いたのか、彼は身を固くする。しかしすぐに状況を理解したようで、優しく応えてくれた。
お互いの体温を感じながら、二人は長い口づけを交わす。まるで時間が止まってしまったかのような感覚に陥るほどに幸せだった。
しばらくしてから唇を離し、お互いの顔を見つめ合う。
マテウスの頬は真っ赤に染まっていたが、決して目を逸らすことはなかった。
やがて、マテウスが口を開く。
「その……シルヴィア」
彼は照れ臭そうに頭を掻いた後、大きく深呼吸してから続けた。
「結婚しよう」
「……え?」
突然のプロポーズに、シルヴィアは一瞬何を言われたのか理解できなかった。しかしすぐにその意味を理解し、今度は頭が真っ白になる。
「遠ざけようとして悪かった。俺は、シルヴィアを愛してる。誰にも渡したくない。だから……」
マテウスはそこで言葉を切った。シルヴィアの目を真っ直ぐに見つめると、改めて告げる。
「俺と結婚してくれ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥底から熱いものが込み上げてきた。
シルヴィアは涙をポロポロと零しながら、何度も頷く。
「はい……喜んで……」
嗚咽交じりに答えると、シルヴィアはマテウスの胸に顔を埋めた。





