36.大神官の横暴
シルヴィアは拷問部屋を抜け出し、地上へと続く階段を上っていた。
後ろから大男が静かについてくる気配を感じたが、シルヴィアは振り返らなかった。
地上へと続く階段を上りきると、そこには神官や従者たちが行き交っていた。
彼らの多くはシルヴィアの姿を見ると、恭しく頭を下げて道を開けてくれる。しかし、中には驚いた顔をして駆け出していく者もいた。
シルヴィアは気にせず歩き続ける。
向かうのは中庭だ。
天空神スカイラーを祀る神殿では、空が見える場所に礼拝所が設けられている。
この神殿の中庭は身分の高い者しか立ち入ることを許されず、王族や貴族達が空を見上げながら祈りを捧げるための場所だ。
シルヴィアが中庭に近づいていくと、揉めているような声が響いてきた。
「聖女さまを異端審問にかけようとするなど、正気とは思えませんわ!」
「そのとおりです! いくら大神官さまと言えども、そのような横暴は許されません!」
声のする方へ向かうと、そこには大神官と向き合うように、神官たちが集まっている。
神官たちの先頭に立っているのは、王女ベアトリクスだ。
「何やら誤解があるようですね。聖女さまは、残念ながら洗脳され、穢れを受けてしまいました。それを祓うための儀式を行うのですよ」
大神官は穏やかな口調で説明するが、ベアトリクスは納得できないようだ。
なおも食い下がろうとする彼女を遮るように、大神官が口を開く。
「私は神の声を聞くことができます。聖女さまが悪魔に憑かれていることは明白です」
その言葉に、ベアトリクスは驚愕の表情を浮かべた。
「……それは、本当ですか? 本当に神の声なのですか?」
ベアトリクスが疑わし気な視線を向けると、大神官は不機嫌さを隠そうともせずに彼女を睨み返した。
「神を疑うなど、畏れ多いことですぞ。王女殿下も背徳者だったとは、失望しました」
大神官の物言いに、ベアトリクスは反論しようとする。
しかし、そこに二人の王子たちが駆けつけてきて、ベアトリクスは口をつぐむ。
「ベアトリクス、いい加減にしろ!」
「そうですよ、大神官さまに謝罪してください!」
第一王子ディルクと第二王子ナイジェルは、慌ててベアトリクスを宥めようとする。
だが、ベアトリクスは黙ったままだ。どうやら相当怒っているらしい。
「僕たちは実際に、あの女が頭のおかしなことを散々言っているのを聞いたんだ!」
「ええ、あれは洗脳されているとしか思えません!」
ディルクとナイジェルが口々に訴える。
「ふむ……ディルク殿下とナイジェル殿下は、正しい目をお持ちのようですな。さすがは次期国王候補、素晴らしい洞察力をお持ちだ」
大神官は感心したように頷き、ベアトリクスに視線を向ける。
「しかし、王女殿下は神を疑うなど……。どうやら、あなたも穢れを受けてしまったようだ」
哀れむように言うと、大神官はベアトリクスと共に集まった神官たちを見回す。
「そなたたちも嘆かわしいことだ。革新派などと自称し、王女殿下をたぶらかしおって」
大神官の言葉に、ベアトリクスは唇を嚙みしめた。
「そのような言いがかり……!」
反論しようとするベアトリクスを手で遮ると、大神官は続ける。
「言い訳など無用ですぞ。あなたにも浄化が必要のようだ」
そう言うと大神官は手を挙げ、何か合図を送ったようだった。
周囲から神官たちが現れ、ベアトリクスを拘束してしまう。
「何をするのです!? 離しなさい!」
抵抗するベアトリクスだったが、屈強な男性たちに押さえつけられては、どうすることもできなかった。
そんな様子を見て、ディルクとナイジェルが焦り始める。
「大神官さま! いくら何でもやりすぎです!」
「そうです! ベアトリクスは王女ですよ!?」
二人の抗議にも大神官は耳を貸そうとしない。それどころか、微笑みさえ浮かべてみせている。
「ご安心ください、殿下方。数日もすれば王女殿下の穢れは祓われ、敬虔な信徒として生まれ変わるでしょう。聖女さまも儀式を受けているところです。すぐに……」
大神官の言葉は、途中で途切れた。シルヴィアが中庭に姿を現したのだ。
シルヴィアは落ち着いた足取りで大神官の前まで進み出ると、静かに一礼した。
「ごきげんよう、大神官さま」
「……そんな……どうして……」
大神官は信じられないといった様子で、シルヴィアの姿を見つめている。
「あのような拷問器具で穢れを祓えるなど、わたくしは存じませんでしたわ。神殿の教えは随分と歪んでいるようですこと」
シルヴィアは冷たい口調で言い放つ。
その言葉を聞いた大神官の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
「う、嘘だ……。私は神の声に従って……」
うわ言のように呟く大神官に、シルヴィアはさらに追い打ちをかけるように続けた。
「神の声が聞こえるのであれば、どうしてわたくしを拷問にかけようとしたのですか?」
「そ、それは……」
口ごもる大神官に構わず、さらに続ける。
「最初は、指を潰されそうになりましたわ。でも、器具のほうが壊れましたのよ」
「そ、そんな……」
シルヴィアの言葉に大神官は言葉を失った。
だが、気にすることなくシルヴィアは続ける。
「次は火かき棒を振り下ろされましたわ。でも、わたくしには当たらずに折れてしまいましたの」
大神官の顔が青ざめる。彼はもはや、立っているのもやっとだった。
「それから鞭で打たれそうになりましたわ。でも、やっぱり当たりませんでしたの」
シルヴィアは淡々と語る。大神官はその場に崩れ落ち、呆然と地面を見つめていた。
そんな大神官を見下ろしながら、シルヴィアはさらに続ける。
「結局、どれもわたくしには傷一つつけられませんでしたわ。そして、最後には拷問しようとした方が、倒れてきた器具の下敷きになってしまいましたの」
シルヴィアの言葉を聞く大神官の表情は、恐怖に歪んでいく。
「嘘……だ……。そんなはずはない……! ど、どうせ、あいつが怖気づいただけだろう!? そうだ! そうに違いない!」
大神官は必死の形相で叫んだ。
「いいえ! 私はこの目で見ました! 聖女さまのおっしゃったことは、全て本当です! 聖女さまは神の加護により、守られていらっしゃるのです!」
そこに、シルヴィアの後ろからついてきた大男が声を張り上げる。
大神官は驚愕に目を見開き、大男を見つめる。そしてわなわなと唇を震わせながら、シルヴィアに目を向けた。
「あ……ああ……そんな……」
大神官の目には恐怖の色が浮かんでいた。しかし、それはすぐに憎悪へと変わる。
「違う! お前こそが魔女、悪魔なのだ!」
そう叫ぶなり、大神官は祭壇に向かって駆け出す。そして、そこに祀られた神像に向かって手を伸ばした。
「神よ! 我が祈りを聞き届けたまえ!」
大神官の手が神像に触れ、眩い光を放つ。
その途端、神像が激しく揺れたかと思うと、粉々に砕け散ってしまった。
そして、その中から大きな赤い石が現れる。禍々しい光を放つ、宝石のようなものだ。
「まさか……あれは……!」
シルヴィアは驚きに目を見開く。
それは間違いなく、人の魂を核にして作られるという、呪石だった。
以前シルヴィアが見たものよりも、遥かに大きい。
呪石は周囲の魔力や生命力を吸い取り、自分のものにできるという。それも、大きさによって力が強くなるらしい。
それならば、あの呪石はどれほどの力を持っているのだろうか。
シルヴィアは背筋に冷たいものが走るのを感じた。





