34.聖獣
「異端審問!? なんであいつが!? あいつは聖女だぞ!?」
予想外の報告に、マテウスは思わず立ち上がった。
「それが……大神官が、シルヴィアさまを聖女として失格だと断じ、異端者として排除しようとしているようなのです……」
ロイドはそう言いながら、手紙を差し出してくる。
「ベアトリクス王女殿下から預かって参りました。急ぎで知らせなければいけないことがあると……」
マテウスは手紙を受け取り、封を切る。そして、中に入っていた便箋に目を落とした。
そこには、大神官が聖女を手駒として不適切と判断したらしいこと、洗脳か排除するために異端審問にかけようとしていること、そしてシルヴィアを救い出すために力を貸してほしいと書かれていた。
「くそっ! ふざけた真似をしやがって……!」
手紙を握りしめた拳を震わせて、マテウスは叫ぶ。
「すぐに王都に向かうぞ! 準備しろ!」
「かしこまりました!」
マテウスの言葉に、ダンが即座に反応する。
「くそっ……猶予はあとどれくらいだ?」
「私も最大限急いで参りましたが……すでにシルヴィアさまは王都に着いているでしょう。マテウスさまが馬を乗り潰して向かったとしても……おそらくは……」
マテウスの問いかけに、ロイドが苦渋に満ちた表情で答える。
「それじゃあ……間に合わねえじゃねえか……!」
マテウスは歯噛みし、拳を握りしめる。
「……いえ、最初の数日間は予備拷問として、軽い拷問で済ませるはずです。ですから、無傷とは言えなくても、命に別状はないかと……」
「そういう問題じゃねえ! あいつが拷問を受けるだと!? そんなの許せるかよ!」
ロイドの言葉に、マテウスは激昂する。
シルヴィアが傷つけられると考えただけで、はらわたが煮えくり返りそうだった。
こんなことになるのなら、どう抗ってでも手放さなければ良かった。
彼女が傷つかないようにと思っての行動が、完全に裏目に出たのだ。
「落ち着いてください、マテウスさま」
マテウスを宥めるように、ダンが肩に手を置く。そして、諭すように言った。
「ここで感情的になってもシルヴィアさまを救うことはできません。冷静に対処いたしましょう」
ダンの言葉に、マテウスは深呼吸して心を落ち着ける。
「……そうだな。俺にできることは、一刻も早くあいつを救い出すことだ。急ごう」
マテウスの言葉に、ダンとロイドは深く頷いた。
「それでは、馬を手配して参ります」
そう言って、ダンが部屋を出ようとする。しかしその時──。
窓から何かが顔をのぞかせた。
「……ティア?」
マテウスは窓から顔を入れている白馬に呼びかける。
すると、ティアは窓の縁に前足をかけて、中に飛び込んできた。そして、何かを訴えかけるように嘶く。
「まさか……お前に乗っていけと言ってるんじゃねえだろうな?」
マテウスの言葉に、ティアは再び嘶いた。
「ははっ……マジかよ……」
冗談のつもりで言ったのだが、まさか本当に通じるとは思いもしなかった。
しかし、今は悩んでいる時間はない。迷っている暇があるなら、行動するべきだ。
「……わかった。お前に任せよう」
マテウスがそう言うと、ティアは嬉しそうに嘶いた。
そして次の瞬間、ティアの体が光に包まれ、その姿が変化していく。
光が収まると、そこには白銀の翼を持った美しい白馬が佇んでいた。
「これは……ティアなのか?」
マテウスが呟くと、白馬は頷くように頭を下げる。どうやら間違いないらしい。
「まさか……聖獣? でも、そんな……!?」
驚愕に目を見開き、ロイドが呟く。
「聖獣ってなんだ?」
マテウスが問いかけると、ロイドが答える。
「かつて神話の時代に存在していたと言われる伝説の獣ですよ。精霊と同じように、今では姿を消してしまいましたが……まさか実在していたとは……しかもこれはスカイラー教において、聖なる存在とされている天馬では……」
ロイドの説明を聞き、マテウスはティアを振り返る。
「お前……そんなすごい奴だったのか」
呟きながら、マテウスは改めてティアを見る。
もともと立派で美しい馬だったが、今の姿は神々しく、神秘的だった。神話の生き物だと言われても納得してしまうような美しさと力強さがうかがえる。
そんなティアに跨るのは少し恐れ多い気もするのだが、今は迷っている場合ではない。
「頼むぜ、ティア」
マテウスが声をかけると、ティアはマテウスが乗りやすいよう身を屈める。
「ありがとな」
自分の剣を腰に下げ、マテウスはティアの背に飛び乗った。
「それじゃあ、行ってくる」
マテウスが声をかけると、ダンとロイドは同時に頷いてみせた。
「どうかお気をつけて……」
「絶対にシルヴィアさまを救い出してください!」
二人の言葉を聞き届けると、ティアは翼を広げて羽ばたく。
次の瞬間には、マテウスの体は宙に浮き上がっていた。
「うおっ!? すげぇ!」
思わず感嘆の声を漏らすマテウスを尻目に、ティアは窓から飛び出すと空を駆けて行く。
「はははっ! こいつはすげえぜ!」
まるで自分が風になったかのような感覚に、マテウスは興奮を隠せない。
しかし、いつまでも感動しているわけにはいかなかった。
ティアの翼はとても速く、屋敷はすでに見えなくなっている。
この速度なら王都まで数時間もかからないだろう。
だが、その間シルヴィアが無事でいてくれる保証はない。一刻も早くたどり着かねばならないのだ。
「神殿ごとぶっ壊してでも、シルヴィアを救い出してやる!」
マテウスは決意を新たにし、ティアの首筋を優しくなでる。
すると、ティアが心なしか速度を上げた気がした。
「よし、行こう!」
マテウスの声に答えるように、ティアは小さく嘶いた。
そして、さらに加速していくのだった。





