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聖女は王子たちを完全スルーして、呪われ大公に強引求婚します!  作者: 葵 すみれ


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29.二人の未来のために

「まったく……せっかく猫被ってたのによ。全部台無しじゃねえか……」


 マテウスはそう言って頭を搔く。その口調は、いつもの彼のものだった。


「やっぱりマテウスさまは、ゴロツキのような言葉遣いの方が似合っていますわ」


「うるせぇよ。ゴロツキは余計だ」


 そう言ってマテウスは苦笑する。

 シルヴィアもつられて笑ってしまった。


「おい、貴様ら……僕を馬鹿にしているのか?」


 ディルクが苛ついた様子で声を上げる。

 そこでようやく、シルヴィアは自分が今いる場所を思い出した。


「あら、ごめんなさい。すっかり忘れていましたわ」


 シルヴィアは悪びれることなく答える。


「き、貴様!」


 ディルクは顔を真っ赤にして怒り出した。


「シルヴィアさま、あなたは騙されているのです。その男は、あなたの優しさにつけ込んで……」


 ナイジェルはシルヴィアを説得しようとする。

 しかし、その言葉を遮るようにシルヴィアは口を開く。


「少し黙っていてくださいませ。今は、わたくしがマテウスさまとお話ししているのです」


 シルヴィアがぴしゃりと言い放つと、ナイジェルは黙り込んでしまった。


「おい、シルヴィア……」


 困ったようにマテウスが声をかけてくるが、シルヴィアは彼の顔をキッと睨みつけた。


「マテウスさま……どうして昨日はお帰りになられなかったのですか? わたくし、マテウスさまにお話がありましたのに……」


 シルヴィアは問い詰めるように言う。

 すると、マテウスは観念したようにため息をついた。


「……悪かったよ」


 彼はそう言って頭を下げる。

 その素直な態度に、シルヴィアは少し驚いたが、すぐに気を取り直して言葉を続けた。


「謝ってほしいわけではありませんわ。わたくしは、なぜ帰ってこなかったのかを聞いているのです」


 シルヴィアが強い口調で言うと、マテウスはしばらく黙り込んだ後、静かに口を開いた。


「だってよ……あんた、あの状況だと夜這いを仕掛けてくると思ったんだよ。だから、俺はそれを防ごうとして……」


「なっ……!」


 予想外の理由にシルヴィアは絶句してしまう。

 しかし、すぐに我に返ると、深く頷いた。


「マテウスさまは、わたくしのことをよくわかっていらっしゃいますわね」


「やっぱりかよ! あんた、そういうとこだぞ!」


 マテウスは頭を抱えて叫ぶ。

 シルヴィアは思わず笑ってしまった。

 そんな二人の様子を見て、ディルクが苛ついたように舌打ちをする。そして、マテウスに向かって怒鳴りつけた。


「貴様! いい加減にしろよ! さっきから黙って聞いていれば調子に乗りやがって! 下賤の分際でその態度、不敬罪で死刑にしてやるぞ!」


 ディルクが大声で叫ぶ。

 しかし、マテウスは冷めた目で彼を見つめた。


「おいおい、不敬罪って誰に言ってんだ?」


「貴様に決まっているだろう!」


 ディルクが怒鳴ると、マテウスは呆れたようにため息をついた。


「あのなぁ……本気で忘れてるのか? 俺は先王の息子で、お前らの叔父さまだぜ。不敬罪なんて適用されねえよ」


「なっ……!?」


 ディルクは絶句して目を見開く。


「面倒だから下手に出てやってりゃ調子に乗りやがって。今、俺はシルヴィアと話してんだ。てめえは邪魔だからすっこんでろ」


 そう言ってマテウスが凄むと、ディルクは気圧されたように後ずさる。

 しかし、すぐに我に返ると顔を真っ赤にして怒り出した。


「ふ、ふざけるな! こうなったら、力ずくで……」


 ディルクが言いかけると、マテウスは鼻で笑う。


「はっ! 俺に勝てるとでも思ってんのか? てめえみたいな雑魚が、この俺に?」


「ぐっ……」


 挑発的な言葉にディルクは顔を怒りに染めて、歯ぎしりをする。

 しかし、マテウスの鍛え抜かれた体つきと、圧倒的な強者の風格に気圧され、動けずにいるようだ。


「お、おい! お前らも黙っていないでなんとかしろ!」


 ディルクは側に控えている護衛兵たちに呼びかけるが、彼らは戸惑った様子で顔を見合わせるばかりだ。

 そんな様子を見て、マテウスはニヤリと笑みを浮かべる。


「全員でかかってきても構わねえぜ? ほら、俺は丸腰だ。今なら、てめえらでも勝てるかもしれねえぞ?」


 マテウスは両手を広げて無防備さをアピールする。

 しかし、誰も動こうとしない。それどころか、彼らは恐怖に染まった表情を浮かべていた。


「どうした? 早く来いよ」


 マテウスは挑発するように手招きをする。

 しかし、誰も動かない。

 いや、動けないと言った方が正しいだろう。彼らにはわかっているのだ。自分たちでは、マテウスに勝てないということが。

 それはディルクも同じようで、悔しそうに歯噛みするだけだった。

 その様子を見たマテウスは肩をすくめる。


「ったく、腰抜けどもめ。まあいいさ。てめえらに用はねえ。黙ってそこで突っ立ってやがれ」


 マテウスは吐き捨てるように言うと、シルヴィアに向き直る。そして、真剣な眼差しで見つめてきた。


「なあ、シルヴィア……俺の魔力のせいであんたを傷つけたくないんだよ。わかってくれよ」


 マテウスは懇願するように言う。つい先ほどまでとは打って変わって、弱々しい態度だ。

 しかし、シルヴィアは首を横に振った。


「いいえ、乗り越える方法があるはずです。そのことを昨日ご相談したかったのに、マテウスさまったら帰ってこなかったではありませんか」


「だって、夜這いをかけられると思ったんだぞ!? 警戒するに決まってんだろ!」


 マテウスは必死になって反論する。その姿はいつもの彼だった。

 シルヴィアは思わず微笑んでしまう。


「ええ、そうですね……マテウスさまは、わたくしのことをよくわかっていらっしゃいますものね。でしたら、これからわたくしがどうするか、予想できますわよね?」


 シルヴィアが悪戯っぽく問いかけると、マテウスは目を見開く。

 すると、ディルクが苛ついた様子で声を上げる。


「おい! いつまでイチャイチャしているんだ! いい加減にしろ!」


「あら、ごめんなさい。もう終わりますので」


 シルヴィアはあっさりと謝罪すると、マテウスに向かって微笑む。


「魔力のことより先に、解決しなくてはならないことがありますわね。わたくし、王都に行って解決してきますわ」


「なっ……!?」


 マテウスは絶句する。


「マテウスさまがわたくしを守ってくださったように、今度はわたくしが二人の未来のために戦ってきます。ですから、待っていてくださいませ」


 そう言って、シルヴィアはマテウスの頬に口づけをした。


「お、おい……あんた……」


 戸惑うような声を上げるマテウスを無視して、シルヴィアは彼から離れてティアの頭を撫でる。


「ティア、マテウスさまのことをお願いね」


 シルヴィアの言葉に、ティアは任せろと言わんばかりに嘶いた。


「さあ、両殿下。さっさと行きますわよ」


 そう言って、シルヴィアは馬車に乗り込んでいく。

 呆然としていたディルクとナイジェルは、シルヴィアに急かされて慌てて馬車に乗り込んだ。


「それでは、行ってまいります」


 シルヴィアが笑顔で手を振ると、御者は鞭を打って馬を走らせた。

 唖然としたマテウスの姿が小さくなっていくのを、シルヴィアは微笑みながら見つめる。


「行ってまいります」


 もう一度、呟くように言ってからシルヴィアは前を向いた。

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