30.王都への道
「なんて女だ!」
馬車の中でディルクが苛ついたように声を上げ、ナイジェルは呆れたようにため息をつく。
「ふふ……マテウスさまにも、頭のおかしい女とか、イカれてやがるとか言われたものですわ」
シルヴィアは懐かしみながら微笑んだ。
「……それでよく、あの男の側に居続けようと思うものだな」
ディルクが呆れたように呟くと、シルヴィアはキョトンとして首を傾げる。
「あら? だってマテウスさまはとても素敵な方ですもの。それに、あの方はお優しいのですわ。わたくしのことも、それは大切にしてくださるのです」
シルヴィアが嬉しそうに語ると、二人は苦虫を噛み潰したような表情になった。
「あの粗暴な男が……ですか? 信じられませんね」
ナイジェルが信じられないといった様子で呟く。
「まあ! お二人とも、マテウスさまの魅力がわからないなんてもったいないですわよ。あんなに素敵な殿方はそうそういらっしゃいませんもの」
シルヴィアはそう言って胸を張る。その態度にますます苛立ちを募らせたのか、ディルクが声を荒らげた。
「さっきからなんなんだ! あの汚らしい男のどこがいい!? あんな粗野な男、今まで見たことがないぞ!」
ディルクの言葉に、シルヴィアは首を傾げる。
「汚らしい? どこがですの? あの整ったお顔立ちに、逞しい体躯。それに、とても優しい方ではありませんか。マテウスさまの魅力を語るには、一晩でも足りませんわ」
シルヴィアが嬉々として語ると、二人はますます顔を引きつらせた。
「な……なんだこの女は……」
「理解に苦しみますね……」
ディルクとナイジェルは困惑の表情を浮かべながら呟く。
「あ……もしかして汚らしいとは、戦い方のことでしょうか? 確かに、マテウスさまは一撃で多くの魔物を屠りますから、返り血が服や顔に跳ねてしまうこともありますわね」
シルヴィアは納得したようにポンと手を打った。そして、目を輝かせながら続ける。
「マテウスさまは戦っている姿も凛々しくて素敵で……ああ! 思い出すだけでも胸が高鳴りますわ!」
そう言って頰を赤らめながら身悶えするシルヴィアを見て、ディルクとナイジェルは絶句していた。
「おい、この女は頭がおかしいぞ」
「ええ……完全にあの男に洗脳されているようですね……」
ディルクとナイジェルは小声で話し合う。
そんな二人を無視して、シルヴィアはマテウスの魅力を語り続ける。
ここにマテウス本人がいれば、彼こそが止めていてただろう。
しかし、残念ながらここに彼はおらず、シルヴィアを止めるものは誰もいなかった。
やがて馬車が今日の宿にたどり着くまで、シルヴィアは延々とマテウスの素晴らしさについて語り続けたのだった。
翌日も、シルヴィア達は馬車に揺られながら王都へと向かっていた。
げっそりとしたディルクとナイジェルとは対照的に、シルヴィアは元気いっぱいだ。
「昨日はつい、わたくしばかりがお話ししてしまい、失礼いたしましたわ。今度はお二人のお話も聞かせてくださいませ」
シルヴィアは笑顔で語りかけるが、二人は沈黙している。
「そうですわね……どうしてお二人は、わざわざ辺境までいらしたのですか?」
シルヴィアはふと疑問に思って聞いてみる。
すると、ディルクが口を開いた。
「お前を迎えに来たに決まっているだろう」
「あら、どうしてですの?」
シルヴィアが首を傾げると、ディルクは苛ついた様子で答える。
「お前が聖女だからだ! 唯一の聖女があんな男に奪われるなどあってはならんのだ!」
ディルクは吐き捨てるように叫ぶ。そして、シルヴィアに指を突きつけた。
「シルヴィア、お前は聖女だ。だからあの男ではなく、僕と結婚するのだ」
ディルクの言葉に、ナイジェルが慌てたように口を挟む。
「お待ち下さい! 聖女さまは私と結婚するのです!」
「何を言うか! 聖女は僕のものだ!」
「違います、私のものです!」
二人は言い争いを始めてしまう。
そのやり取りを見ていたシルヴィアは、王家が聖女を王妃として迎え入れようとしているという話を思い出した。
そして、その目的は神殿と王家の結びつきのためだという。
しかし、シルヴィアはマテウスを愛している。マテウス以外の男性と結婚する気はない。
「お二人とも、落ち着いてくださいませ」
シルヴィアが呼びかけると、二人はハッとして言い争いをやめる。
そして、お互いに顔を逸らした。
そんな二人を見て、シルヴィアは微笑む。
「お二人の気持ちはよくわかりましたわ。ですが……わたくしはマテウスさまを愛しておりますの。ですから、お二人と結婚することはできませんわ」
シルヴィアがはっきりと告げると、ディルクとナイジェルは顔を引きつらせた。
「いい加減に目を覚ませ! 誠意を示すために、わざわざ迎えに行ってやったんだぞ! お前には、僕の妻になる以外の道はない!」
ディルクが怒鳴りつけると、ナイジェルも同調するように声を上げる。
「やはり抜け駆けを防ぐためにやって来て正解でした! 聖女さまは、私と結婚するんです!」
そう言って二人はシルヴィアに迫ってくる。
「ええと……つまり、お二人は次期国王の座がほしくて、わたくしと結婚したいということでしょうか。そのために、わざわざ王子殿下がお二人もそろって、やって来たと?」
シルヴィアが尋ねると、二人は苦虫を噛み潰したような表情になった。
「そんなこと、お前に教える必要はない! お前は黙って僕の妻になるんだ!」
ディルクはそう言って再び怒鳴りつける。
しかし、シルヴィアは怯まなかった。
むしろ、不敵な笑みを浮かべる。
「お断りいたしますわ」
シルヴィアの言葉に、二人は唖然とした表情になった。そして、すぐに怒りだす。
「貴様……自分が何を言っているのかわかっているのか!?」
「そうです! あなたは聖女なのですよ!? 王妃になるべきなのです!」
二人が詰め寄ると、シルヴィアは毅然とした態度で言い返す。
「わたくしはマテウスさまの妻になるのです。それ以外の道などありませんわ」
シルヴィアの迷いのない態度に、二人は気圧される。
しかし、すぐに気を取り直したように二人で囁き合う。
「おい、一時休戦だ」
「ええ、今は彼女を説得するのが先決です」
二人は頷き合うと、シルヴィアの方に向き直る。
「お前は、自分が王妃になるべき人間だということがわかっていないようだな」
ディルクが呆れたように言う。その態度には、どこか余裕を感じさせた。
「どういうことですの?」
シルヴィアが首を傾げると、ナイジェルが得意げに答える。
「いいですか? マテウス大公は、陛下の弟君なのですよ。王位に手が届く人物であり、聖女を娶るということは、王位簒奪の意思ありと受け取られるのです」
ナイジェルの言葉に、シルヴィアはハッとする。
「で……でも、マテウスさまは王位継承権を放棄していらっしゃると……」
シルヴィアが慌てて言うと、ディルクは小さく笑う。
「ふん、だからこれまでは聖女を手元に置くことを見逃されてきたんだ。だが、いつまでも手放そうとしないなら、話は変わってくる」
「そのとおりです。王位継承権を放棄したといっても、陛下の弟であることに変わりはありませんからね。王宮内でも、彼に反逆の芽があると考える者も出てきています」
二人の言葉に、シルヴィアは愕然とする。
「そ……そんな……」
シルヴィアは、自分の浅慮さを恥じた。
マテウスが忙しくしていたのは、もしやこういった事情があったからなのだろうか。
シルヴィアは何も知らず、ただマテウスに守られるだけだった。
そんなシルヴィアを見て、ディルクはニヤリと笑みを浮かべる。
「わかったか? このままでは、お前の大事な男が反逆者として処刑されてもおかしくないんだぞ」
「そ……そんな……」
シルヴィアは青ざめる。その様子を見て、ディルクは満足そうに笑った。
「ふん、ようやく事の重大さに気づいたようだな。今ならまだ間に合う。僕と結婚すれば、守ってやるぞ」
ディルクが言うと、ナイジェルも同意するように頷く。
「そのとおりです。あなたが大人しく私と結婚するのなら、マテウス大公のことは悪いようにはいたしません」
二人の提案に、シルヴィアはしばらく考え込む。
マテウスが反逆者にされる可能性で動揺してしまったが、彼らの言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。
この二人は信用できない。仮にシルヴィアが彼らの言うとおりにしても、約束を守るとは思えなかった。
今までにマテウスやロイドから聞いた話を思い出しながら、シルヴィアは口を開く。
「……そして王妃となった聖女を通じて、神殿が国王を操ろうとしているということですね。神殿の権威を高めるために、国王を傀儡にして操ろうとしている……」
「なっ!?」
シルヴィアの言葉に、二人は絶句する。
「な……何を言っているんだ! そんなことがあるわけないだろう!」
ディルクが動揺したように叫ぶと、ナイジェルも同意するように頷く。
「そのとおりですよ! 神殿がそんな卑劣なことをするはずがありません!」
シルヴィアは、二人をじっと見つめた。
「では、どうして神殿の力が強くなっているのですか? 王家は本当にそれでよいのですか?」
シルヴィアの問いに、二人は黙り込む。シルヴィアはさらに続けた。
「わたくしは辺境で、神官の横暴な振る舞いを目の当たりにしました。そして、そのせいで苦しむ人々を見てきました。わたくしはもう、黙って言いなりにはなりません」
シルヴィアはそう言って、二人の目を真っ直ぐに見据える。
その視線に気圧され、二人は黙り込んでしまった。
ディルクはしばらくシルヴィアを睨んでいたが、やがて諦めたようにため息をつく。
「ふん……どうやら完全に洗脳されているようだな」
ディルクの言葉に、ナイジェルも同意するように頷いた。
「そのようですね。王都に着いたら、神殿で洗脳を解いてもらいましょう」
二人がそう言うと、シルヴィアは首を横に振る。
「わたくしは洗脳などされておりません。ですが、神殿に連れて行ってくださるのでしたら喜んで参ります」
シルヴィアの言葉に、二人は訝しげな表情を浮かべた。
「神殿に行ってどうするつもりだ?」
ディルクが尋ねると、シルヴィアは微笑んで答える。
「わたくしからも、お話ししたいことがありますの」
シルヴィアはそれだけ言って、口を閉ざした。





