第六十六話 指切りをもう一度
翌日のまだ夜も明けきらない頃、ホークはファナを起こさないように、国を抜け出す用意をしていた。
(これだけは持っていかないとな)
ホークはそう思いながら、立てかけてある、クーガーからもらったワンドと竜神のワンドを掴み取った。
ファナはよく眠っているようだ。
(……ごめんな。ファナ)
ホークはそっと部屋を出た。
ホークは裏口から出ようとして、そこの番をしている、ドワーフに話しかけた。
「おはよう御座います」
「あれ? ホークさん? 随分おはやいですね?」
「ええ。それで起きたついでに、少し城の外の空気を吸おうと思いましてね。ちょっといいですか?」
「そうですか。そういうことならどうぞ。早朝の外もまたおつなもんですよ」
「有難う」
番兵のドワーフは裏口の扉を開いた。ホークはそこをくぐって外に出た。
(ここまでは上手くいったな。山道に急ぐか)
首尾よく城を抜け出れたホークは歩を急いだ。
暫くベルガに言われた山の方に歩くと、手引きに来たベルガが山道の入り口にいる。
「何とか抜け出せたようだな」
「後ろめたいがな……。そこが山道か?」
「そうだ。俺ら魔族が昔使っていた山道だ。まあ山道と言ってもほとんど獣道だが、通れないこともないはずだ。この道はエルフィンの連中は知らんだろう」
「そうか。有難う」
「俺に出来るのはここまでだ。後は上手くやりな」
そう言うとベルガはどこかに去って行った。ホークは深呼吸をした後、山道を歩き始める。
(なるほど……。確かに獣道だ。きついな)
城のファナの部屋から出た時は夜も明けきらない早朝だったのに、道の中ほどを歩いている頃には昼になっていた。
(あまり時間がかかるとまずいが、どうしようもないな。進むしかない)
ホークは獣道に足を取られながらも少しずつ、進んだ。
何とか山道を歩き終え、山から下りた頃にはもう夕方前だった。ただ、関所は越えることが出来た。
「時間がかかったが、後は森を抜ければリゾレッタだ」
ホークは森に向かって歩いた。しかし、歩いて森に近付いて行くと、森の前に誰かがいる様子が遠目で確認出来た。
「……やっぱり駄目だったかな」
半分ホークは観念していたが、森まで行ってみることにした。
その誰かはファナとレナール、衛兵のドワーフ達である。
「ホーク! いなくなったと思ったら、リゾレッタに戻ろうとしてたの!」
「ごめんファナ……。やっぱり気になるんだ、リゾレッタとオストガルドが」
「気になるのは分かるけど、じゃあ私やお母様のことはどうでもいいの?」
「いや、どうでもいいことはないけど、なんて言うか……。ごめん。とにかく」
レナールがホークに話し掛けてきた。
「ファナ様はホークさんが突然いなくなって、今まで何も喉を通さずにあなたを探していたのです。それだけホークさんはファナ様にとって大切な方なのです。それを分かってあげて下さい」
「……」
ホークは何も言えなかった。今度はファナがホークに言った。
「いくらオストガルドがあなたの母国でも、そこで死にに行けって言われたようなもんなんでしょ? 帰っちゃ駄目よ!」
「ごめん。それでも帰りたいんだ。時間も経っているし、状況も変わってるかも知れないから……」
「私が大切じゃないの?」
ファナにそう訊かれて、ホークはちょっと言葉に詰まったがこう答える。
「大切だけど、リゾレッタにも大切なものをいっぱい残して来ているんだ。比べられないよ。戻らなかったら後悔する」
「後悔……分かったわ。昔、私にその言葉を使って諭してくれたわね」
ファナはそう言うと、ホークが持っている竜神のワンドをホークの手の上から持った。
「ちょっとこのワンドを貸してくれる?」
ホークは言われるままにワンドを手渡した。
ファナはワンドの竜神のレリーフがある辺りに手をかざし、集中を始めた。すると、神々しい光がファナの手から発し、それがワンドに注入されていく。
ファナはワンドをホークに返した。
「何をしてくれたんだい?」
「私は一緒に行けないから、餞別にイレイサーの魔法をそのワンドに注入したの。ホークの魔力でイレイサーを念じたら、一回だけ使えるはずよ。何かがあった時に使って」
「すまない。有難うファナ」
「後、また会えるって約束して」
ファナは小指を差し出した。
「ああ、いいよ」
ホークも小指を差し出した。
「指きりげんまん嘘ついたら針千本のーます。絶対よ」
「分かった。約束だ」
ホークはそう言うと森に向かって走って行った。ファナはそれを悲しそうな目で見ている。
「ファナ様……。よかったのですか」
「……いいわけないじゃない」
ホークは森を出来る限り急いだ。しかし、既に夕方になっていたので、途中森で一夜を明かし、再びリゾレッタに急いだ。
そして、ようやくリゾレッタに戻ることができた。
「おお、リゾレッタだ! 懐かしいな!」
林の中から、開けてきた風景を見て懐かしさがこみ上げて来たが、林の切れ目の辺りを見てホークは立ち止まった。
「番兵がいるな……。僕を探しているんだろうか」
ホークは自分を捕らえようとしている番兵かそうでないのか判断しようとしたができなかった。
(もうここまで来てしまったんだ、捕まってもいいや)
そう考え林から出る。
「ん? あっ! あなたはもしや! ホーク様では?」
「ええ。ホークです」
「よかった! ご無事でしたか! カイト様があなたの身を案じて、ずっとこの辺りに番兵を立たせていたのです。あなたが、戦に敗れた時にはその報告を受けて、カイト様は血眼になってあなたを捜索なさっていました」
「それでは、僕を捕らえようというのではないのですね?」
「もちろんです。私もお供します。カイト様の所にお急ぎ下さい」
ホークはリゾレッタの城に向かった。
「ホーク様がお戻りになられました!」
林から供をして来た番兵は城に着くとそう報告した。その報告を聞いたカイトとラークは城門まで走った。
「ホーク! やっぱり帰って来たな! よかった……」
カイトはホークの顔を見ると泣いてしまった。
「ただいま。カイト、父さん」
「お帰り。お前なら無事に帰って来ると思っていたぞ」
「危なかったけどね」
涙を拭いたカイトがホークに言った。
「お前がエルフィンに攻め込んだことを本国に報告したんだ。それでお前の裏切りの嫌疑は晴れたよ。兄上は不服そうだったらしいが、父上が取り成したらしい」
カイトはホークの肩をポンと叩いた。
「俺の所はもういいから嫁さんの所に戻ってやれよ」
「そうだな。一番心配していたのはレンちゃんだからな。早く戻ってあげなさい」
「分かった。家に戻ってくるよ」
父のラークにも促され、ホークは実家に急いで戻った。
「ああ、家だ……。また戻って来れたんだなあ」
懐かしい実家を見てホークは感慨もひとしおだ。
「ただいま」
家の外には誰もいなかったので、ホークは玄関の扉を開けて普通に入った。中ではレンが沈んだ表情で座っていたが、ホークの姿を見てその表情が驚きと喜びがないまぜになったものに変わっていく。
「ホーク? 夢じゃないよね? 本当にホークだよね?」
「ああ、夢じゃないよ。心配かけたね。ただいま」
ホークは優しくレンに笑いかけて言った。
「おかえりなさい」
レンはかろうじてそう言ったが、後は涙があふれてきて何もしゃべれず、ホークに抱き付いた。
その様子を奥の部屋でファルコンをあやしながら、メイシャが見守っていた。やはり泣いていた。
「おばあちゃん? どうして泣いてるの?」
「パパが帰ってきたからだよ」
「えっ! パパが!」
ファルコンはホークに駆け寄ろうとしたが、立ち止まってまたメイシャに訊いた。
「パパが帰ってきたのに何で泣くの」
「それはね、嬉しいからだよ」




