第六十五話 揺らぐ心境
ホークは酒場からエルフィン城のファナの部屋に帰って来た。
「ただいま」
「お帰りなさい。疲れたでしょう?」
ファナは幸せそうな笑顔で迎えてくれた。そのファナを見て、ホークは暫く考えている。
「どうしたのホーク? 私、何かおかしい?」
「いいや。何もおかしくないよ」
「変なの……」
「ちょっと僕も疲れてるんだろう。だから、固まっちゃったんだ」
「大丈夫? 無理しないでいいんだからね……」
「大丈夫、大丈夫。それより腹が減ったよ」
「ふふっ。お腹が減ってただけかも知れないわね。今日、調理係のメイドさんと一緒に御飯を作ってみたの。いっぱい食べてね」
「へえ、それは楽しみだ。じゃあ食堂に行こう」
「うん!」
ホークとファナは食堂に向かった。
食堂ではアリサが既に席に着いて待っている。
「ホークさん。今日もお疲れ様でした。食事をして、ゆっくり休んで下さいね」
「お気遣い有難う御座います。アリサ様」
「ふふっ。中々その呼び方が直りませんね。お義母さんと呼んで下さい」
「申し訳ありません。それではお義母さん、頂きます」
「どうぞ、たくさん召し上がれ」
三人の食事は楽しそうで、ホークはよく食べた。ホークの食べっぷりをアリサとファナは微笑みながら見ている。
「おいしいなあ。よく作ったね、ファナ」
「そう? それならよかった。ホークはおいしそうにいっぱい食べてくれるから作り甲斐があるわ」
「前はファナと二人で食べていたんですが、ホークさんが来てくれてから食事が楽しくなりましたよ」
「そうなんですか。無作法なので邪魔になっていないかと気にしていたんですが」
「とんでもないです。気にせずどんどん召し上がって下さい」
「有難う御座います」
食事はつつがなく終わった。
「よく食べたわねホーク」
「ああ。有難うファナ」
「ずっと御飯作ってあげるからね」
「あらあら、お熱いこと」
「ずっと……か」
何気なく言ったファナの言葉にホークは少し表情を曇らせた。
「どうしたのホーク? 何か私、変なこと言った?」
「いや、何でもないんだ。そうだよな。ずっとだな」
ホークは少し慌てた様子で取り繕った。
(……何かおかしいわね)
(…………)
ファナとアリサはそれぞれ、ホークの様子に引っかかりを感じている。
それから数ヶ月、ホークはエルフィン国内の内政にいそしんだ。ホークの真面目で効率のよい仕事ぶりに、ホークが人間であるにもかかわらず打ち解けてくる者も多くなっている。
そんなある日……
「ホークの旦那」
「どうしました? トネルコさん?」
その日、ホークは農地の開拓の監督をしていた。ドワーフのトネルコはいつのまにか、エルフィンにおいてホークの片腕のような存在になっている。
「旦那の顔なじみの大男が来てますぜ」
ベルガのことだった。ホークは内心、それを待っていた。
「分かりました。会いに行きます。トネルコさんは作業の取りまとめをお願いします」
「分かりやした」
ホークはベルガに会いに行った。ベルガは人気のない所にいる。
「よお。待たせたな」
「いや、それで算段はついたのか?」
「ああ、国を抜けるのはもういつでもできるぜ。ただ、お前がエルフィンの連中に信用されるのを待っていたんだ」
「警戒が薄れるのを待っていたということか?」
「そういうことだ。で、結局リゾレッタに戻るのか、ここに留まるのかどっちだ?」
ホークは少し考えた。迷いはないはずだったが、やはり少し迷いがあったようだ。
「帰る」
「そうか。決まりだな。いつ出る?」
「早い方がいい。明日でもよければ、手引きしてくれ」
「分かった。明日の早朝にこの間言った山道に来い」
「有難う。あと、一つ不思議に思っていたんだが訊いていいか?」
「なんだ?」
「どうして僕に手を貸してくれる気になった? お前は僕を殺そうとしてただろう?」
「ああ、そのことか。大した理由じゃない。お前達と戦った後、ボロボロになった俺を助けてくれた職人をやってる人間の爺さんがいるんだ」
そう言って、ベルガは右手の義手をポンと叩いた。
「この義手もその爺さんがあつらえてくれた物だ。それで、人間に対する見方が変わっただけだ。まあ、理由としてはそんな所だな」
ベルガと別れ、その日の仕事を終えたホークは食事を済ませ、ファナの部屋に戻った。
(ファナと一緒にこの部屋にいるのも最後になるかも知れないな……)
ホークはそう考えていたが、ファナに悟られないように態度や表情に出さないようにしている。
「ねえねえホーク。こっちに来てよ。星空が綺麗よ~」
ファナは中庭から星を見ていた。ホークは呼ばれてそこに行った。
「確かに凄いなあ」
空を見上げると天の川が一面に広がっている。それをさえぎる雲も無かった。
「リゾレッタで見ていた星空も綺麗だったけど、ここから見える星空も私、大好き」
「リゾレッタか……。そうだな」
ホークの声が微妙に沈んでいたのを聞いて、ファナはホークの方を向いて訊いた。
「リゾレッタのことが気になっちゃう?」
「それはそうさ。僕の生まれ故郷だからね」
「そうよね……。私も忘れられないわ。皆がいて楽しかった。ホークならなおさらよね」
「……」
ホークは黙って星空を見ている。
「でも、私はエルフィンに戻って良かったと思っているの。お母様と一緒に暮らせるようになったし、ホークがあの時諭してくれたおかげよ」
「ああ、結構厳しく言ったなあ。そう言えば。ごめんな、あの時は」
「いいのよ。あの時、そう言ってくれなかったら私、エルフィンに戻らずに一生後悔していたと思うから」
「そうか……」
「そうよ。有難うホーク……」
そう言うとファナはホークの肩に寄り添って、手を握った。
二人で暫く星空を見ていた。




